同郷
これが物語の冒頭。
本当に最初の部分ではあるけど、その内容はやっぱり気になる所がある。読み終えて、もう1度読み返した人なら誰だってそう思うはず。もしかしてそれを見越しての書き方だったのかな?
なんて事を思いながら、私はめくっていた本から視線を外した。そして何気なく先生の方へそれを移した瞬間、私を待ち受けていたのは、
っ?
私の顔を見ながら、微笑んでいる先生。
あれ、笑ってる? 私変な事言ったのかな。もしかして今更ながら服装変? いやちゃんとスーツだし、髪型……いやいや化粧……はっ! いつもみたいな薄化粧だから? ととっ、とにかく焦るな。冷静に……
「あの先生? 私何かおかしな事でも……」
何とか自分を誤魔化しつつ、平静を装い差し付けえない質問をする。すると先生は表情そのままに、優しく呟く。
「いやぁ、まさか読んでくれるとは思わなくてさ?」
読んで……はっ!
その言葉を理解するのに時間は掛からなかった。
ヤバイ。何が、こうなんですよ。だよっ! 作者を目の前に朗読してしまったぁ。しかも絶対プライベートモード全開。ドヤ顔で言ってたに違いない。恥ずかしい。そしてなんという醜態。
うぅ……とにかく謝ろう。うん、善は急げだ。
「すっ、すいません。嬉し過ぎてつい……」
「いや全然だよ」
あれ、思いがけない反応。こいつ変な奴だって思われたりは……してない?
「ほっ、本当ですか? 作者さんを目の前に朗読なんて……」
「誰かに自分の作品を朗読してもらえるなんて初めてだよ。それに目の前だしね?」
ぐっ! 言われる度に、さっきの状況を想像出来てしまう。目の前で生朗読をかます新人……キモくないか?
「だから、なんか嬉しかったよ」
「ふぇっ?」
嬉しい? いやいや、何ホッとしてんだ私。ただの社交辞令。
「そそそっ、そんな訳……」
「本当だよ?」
くぅ! だからその笑顔は反則じゃないですか? 何回心臓射抜かれなきゃいけないんですか!
……っ! でもあれよね。目上の方がそうおっしゃるなら、そう受け取らないとダメよね。
うん。お茶出されてどうぞって言われても、口にはしない。もう1度勧められたらいただきなさいって、先輩達にも言われたもん。2回言われたなら、その通りなんだ。そうだ。そうなんだ。
「そう……言ってもらえると嬉しいです」
「うん。ありがとう」
うわ……新人に優しいなぁ先生。って、バカ私。もう失敗は許されないんだって。ここは先生の優しさにお世話になるけど、自分は新人だけど編集者であり記者。その事を肝に銘じないと……
「とんでもないです。でもすいません。自分から始めておいてあれなんですが、このまま全部朗読してしまうと明らかに時間が足りなくなってしまいますので……飛ばし飛ばしでも構いませんか?」
よっし! 我ながら良い話の持って行き方。って、当たり前だよ。このまま全部読んで、先生にお話聞いたら、いくら早くても3時間は掛かる気がする。貴重な1時間、だからこそ焦点を絞らないと。
「ふふっ、そうだね。ちょっと惜しい気はするけど仕方ないよね」
「申し訳ありません。では、早速なんですが……」
「何かな?」
「物語の冒頭は先生の狙いがあっての文体である事は伺いました。そしてそれに続く、回想のような始まり。この部分、個人的に少し気になる事が有るんです」
「うんうん」
「最初は主人公の姿や内面、環境を表しているのは分かります。それに費やす文字数もそこまで多い訳ではありませんよね? 実際もう少し続きますけど」
「そうだね」
「でも、その文章の中でも主人公のクラスメイトや先生、サッカー部。そういった人達の雰囲気が、かなり良いって事が分かるんです。短い中に濃く描かれている」
「主人公にとって、学校という場がどれ程大切で、居心地が良いのかってのを印象付けたかったってのもあるよ」
「やはり! だって、ものの数行で一気に時間飛びましたもんね。ヒロインが出て来ないなら、無理に冒頭を入学の時にしなくても良いって普通は思いますもん。何かしらの意図がない限り。まぁ私はもちろん結末を知ってますから、見返すと尚の事……でも初見の時もなんか仙宗高野って良い所なんだろうなって想像できました。入学早々の様子を描く事で、より印象に残りますしね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「見事先生の術中にドハマりしました。あっ、先生。つかぬ事をお聞きしたいのですが……」
「なんだい?」
「あの……作品の舞台なんですけど、仙宗市って宮城県の仙宗市で間違いないですかね?」
「うん。そうだよ」
やっぱり! いや、何となくそんな気はしてたけど、作者直々に言われたら確定じゃん!
「なるほど! ちなみに……なぜ舞台を仙宗市に?」
「んー、地元だからかな」
「じっ、地元!?」
地元? 嘘、マジ? 先生も仙宗市出身なのはヤバイ! まさかの同郷だ。
「うおっ! どうかしたのかい?」
「すっ、すいません! 実は私も仙宗市出身で、嬉しくてつい!」
「そうなのかい? これは凄い偶然だ」
「ですよね!?」
くぅ! テンション上がるぅ! ……はっ! 待って。という事は高校も実在する高校がモデル? もしかしてもしかすると……
「あれ? 先生? という事は……仙宗高野高校も、実在の高校がモデルなんですか?」
「ははっ、正解。地元の人なら何となく分かるんじゃないかな」
分かる? 仙宗高野……仙宗……高野……仙宗高校? 仙宗商業? ……はっ! さっきから続く偶然、もしかして?
「まさか……
「凄いな坂城さん。エスパーか何かかい?」
やだぁ! 嘘でしょ。まさか母校がモデルだなんて……ん? 2度ある事は3度あるって言うよね。まさか……まさか……
「本当ですか? という事はまさか、桜熊先生の出身校って……」
「明進高野だよ」
「えぇ!」
あぁ、なんと言う事だ。先生と同郷ってだけでも嬉しいのに、まさかの高校まで一緒。
「ん? その感じだともしかして……」
「はいっ! 私も明進高野だったんです! 兄も私も揃って」
「本当かい? ホント凄い偶然だ。じゃあ坂城さんは後輩だね」
今日という日は何て最高な日なんだ。先生の取材、同郷の事実。さらに同じ高校の先輩後輩…………最高かよっ!
「嬉しい限りです! 先生が高校の先輩だなんて……」
「ただ先に入学してたってだけだよ」
「ちっ、違いますよ! その事実だけで滅茶苦茶嬉しいんです。先生はそんな気持ちにさせる位凄い人なんですよ?」
「そっ、そうかな。なんか実感は湧かないけど……」
もしかして一生分の運を使い果たした? けど、それでも全然構わないっ! それ位テンション上がってるよぉ! じゃあ、この勢いのまま……取材も張り切っちゃうぞぉ!
「周りの人は絶対そう思ってますよ。たくさんのファンがその証拠なんですから」
「ファン……か。うん、その存在がどんな事より力になるよ」
「その言葉こそ、私達にとっては何よりのご褒美です。それでは先生? そんなファン達や、私個人としても編集記者としても……もっとたくさんの事を聞きたいです。宜しいですか?」
「勿論ですよ。どうぞ?」
「ありがとうございます。それでは取材の方に戻りまして……えっと、そうですね。本の内容的に充実した高校生活が描かれて行きますよね? しかし、そんな中主人公にも徐々に変化が見えてきます」
「そうですね」
そう、ここからジワジワと何かを感じるようになる。それはどこか期待と不安が入り混じって……だからこそ、私は読む手が止まらなかった。
「そしてその細かな変化は、確実に後へと繋がるものでした。そんな描写の中、場面は夏休みへ。そこで物語は少しずつ…………」
動き出していく。
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