第5話 アレックスの過去

翌日──


チュンチュンチュン……


この世界の住民は目覚ましの代わりに小鳥たちの囀りで目を覚ます。しかし泥酔した者はそんな事では起きるはずもなく……アレックスは1人ベッドに突っ伏し夢の中にいた。


「……ママン……」


アレックスが乳に…いや女に執着するのには理由があった。彼は生まれて間もない頃……実の母親に捨てられていたのだ。


寒空の下─蔦で編まれた籠の中に質素な布に包まれ無機質な建物の影にそっと置かれた赤子。それは見つけて欲しいのかそのまま死んで欲しいのか悩んでいるような場所。そんな場所に捨てられたアレックス。


赤子だったアレックスは既に去った母親を引き止めるかの様に声を張り必死に泣き続ける。──捨てないでくれ。──助けてくれ。と言わんばかりに。


そんなおりアレックスは運良く孤児院の院長の目に留まり拾われた。だが手を差し伸べてくれた孤児院の院長は髭面ムキムキのマッチョでツルッツルの頭が特徴的な脳筋でとても母性とはかけ離れた存在。


彼の名はダンケル。その昔ダンケルは冒険者としてBランクで中堅まで上りつめた男。しかしその強面の顔からは想像もつかない様な優しく繊細な心の持ち主で冒険者として精神が耐えられなくなった為に孤児院の恩師の元へ戻る事にした。


孤児院では甲斐甲斐しく子供達の世話をする保父の様な存在だった。そして恩師亡き後は自らが孤児を養う事に尽力する様になる。


したがってアレックスは乳児の段階から女性の……母親の愛情を受けずに育ってきた。それがあたかも当たり前かのように。


だがそれも1人の同世代の子供との接触により普通とは違うんだという認識を持つようになる。


「お前母ちゃんいないんだって?それって捨てられたって事だろ?ゴミみたいにさ?あはははは!」


近所に住む平民の子─。ジャイケルだ。茶髪つんつん頭で素行の悪さの目立つ同じ年代のガキ大将的存在。


そんなただの子供のストレートな言動だったがアレックスの繊細なハートを打ち砕くには充分だった。


「そんな事ない!僕には大好きな父ちゃんがいるんだ!お前なんかに分かってたまるか!」


「へへ。言ってろよ。父ちゃんって呼んでるけどあのムキムキの変態マッチョだろ?気持ち悪い。しかもさ血も繋がってねぇのに父ちゃんっておかしいんじゃねぇの?あははははは」


「ぐぬぬぬ、、、」


学もなく力も乏しかったアレックス少年はグッと堪え我慢するしか無かった。この時である。彼の中にあった善意の心が粉々に砕け散り代わりに悪意に満ちた刺々しいハートが出来上がったのは。


──見返してやる!俺を捨てた母……そして俺をバカにする大人たち!許さない!許さないからなぁァァァ!


若干6歳のアレックスが闇に心を支配されるには十分な出来事だった。それからは努力を続け鍛錬に励む。院長に教えを乞うたり、冒険者ギルドに足を運び冒険者から手ほどきを受けた事もあった。何度も騙されたり殺されかけたりしたが何とか彼がAランクの冒険者となったのは努力なしではなかった。寧ろその逆で無知で弱かった彼は死にものぐるいで剣術を学んだのだ。


そして──18歳になり体も大きくなる頃にはAランクになる為の登竜門……ワイバーンの討伐を成功させたのだ。無論1人での討伐ではなく8人の魔術師を引き連れての討伐だったがその功績は認められ晴れてAランクとなった。


それまでアレックスの事を蔑んでいた者たちも手のひらを返したように言い寄ってくるようになり、ギルド職員にも1目置かれるようになった。


女達にも手に余るほどモテた。しかし幼い頃より受けていなかった母性と愛情の飢え渇くばかりだった。


──もっと愛情を─。俺を潤せ……。


それからのアレックスはどんどん狂っていく事になる。目に入る女を片っ端らから触り愛撫した。無防備な女や非力な娘は強引に。なまじ力の強い女戦士などは武力でねじ伏せた。


しかし飢えは癒えない。渇きは潤せなかった。


そんな中見つけたのだ。いや……見つけてしまったのだ。たまたま訪れた一人きりのダンジョンの中で。


目の前では牛の魔物──ミノタウロスに襲われ全滅寸前の女性や若い青年のパーティがいた。


「レイ!大丈夫?くっそ!これならどうだーーー!キャーーーー」


両手で大剣を振り上げて切り上げ攻撃をする金髪ベリーショートのビキニアーマーを着た少女。しかしミノタウロスの硬い皮膚に阻まれてほぼノーダメージ。レベルが違いすぎることは明らかだった。総合的に判断すると……ダンジョンの上層部に稀に現れる高レベルの魔物に運悪く遭遇してしまった駆け出し冒険者達だと感じた。


その後もレイと呼ばれる瀕死の青髪の青年やとんがり帽を被った魔法使いが斧を持ったミノタウロスに蹂躙されていく。


俺は助けようと思えば助けることが出来た。ミノタウロスくらいならば単身でもギリギリ倒せる相手。余裕ではないが死の危険は無かった。


しかし──俺は手を貸さなかった。


目の前で起こる蹂躙に嬉々として見入ってしまったのだ。


俺を蔑んだ人間達が……忌みべき魔物達に蹂躙される様を。


そして俺は気づいたのだ。胸の中に引っかかっていた何かがスーッと消え去ることに。


あぁ……これか。俺が求めていたのはこれなのか。愛情や母性を欲す一方で人間に……こんな世界に失望し全てを破壊したい衝動。


破壊欲だった。


「あはは!美しい!なんと美しいんだ!人は死ぬ瞬間が1番尊く愛おしいのだな!………がははははは!」


アレックスの笑い方が下品な笑い方に変わった瞬間でもある。


暫くすると蹂躙し尽くされたパーティを傍観していた俺にミノタウロスが気づくと吼えた。


ゴァァアアアアアアアアアアアアア!


「フン!今の俺は負ける気がしない!かかってこい!牛野郎!!!」


──来いよ。今度は俺様がお前を蹂躙する番だ。

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