第42話 無機質なランデヴー

「それじゃあ、このってのは君の事なの?」

「どうもそうらしいですね」

「そうらしいって…………」

「僕もまさかニュースになっているとは」

「そう……」

 重々しい空気になったのは、ニュースキャスターの腕前もあるだろうが、やはり深雪さんの、いや、各々が皆、自分の感情だけに囚われて起こした凶行だったからに他ならないのだろう。


「警察が君を探してるって」

「…………」

 一生分の喧騒を体感したせいか、僕は素直に警察署へ行こうとは思えなかった。


 気づけば僕は抱きしめられていた。

 ただ呆然とソファーに座る僕を、京子さんはまたしても温めてくれた。

 僕はいつしか、自分で心を慰める術を忘れてしまったようだ。

 それは、野生の動物に、一度人間が餌をあげると、その動物は自ら餌を調達できなくなるのと類似している。

 僕はもう、一人でただ本を読み続ける生活に戻れないかもしれない。

 否が応でも、ずっとそばに深雪さんが居たからだろうか、京子さんが優しいからだろうか、そもそも、彩香に兄なのに頼っていたのもそういう傾向にあったのだろうか。


「明智君、私は君のことを詮索しないし、無理に警察に突き出したりしないよ。だって犯人じゃないんでしょ?」

 そうだ、僕が智花さんを

 僕はただ、混乱する状況から一人、逃げ出してきただけだ。

 僕が誰かを傷つけたりなんか………


「その代わりって言ってしまえばあれだけどさ、お姉さんと気晴らしにデートしようよ」

「…………デートですか?」

「そ、デート。気晴らしにもいいと思うな」

 首を縦に振る他、僕の選択肢はないのであった。世間一般の大学生なら「喜んで!」とウキウキハイテンションかもしれないが、今の僕は「それで面倒事に関わらずに済むのなら」といった消極的観点でもって、京子さんとのデートを受諾したのだ。

 京子さんとのデートに恋愛感情もとい性欲は一切ない。行雲流水こううんりゅうすいの心境とも言うべきスタンス、よこしまな思惑による悟り。

 今の僕にあるのは、そんな空っぽな惰性だけだった。

 思うに、今でもかつての僕の精神は、深雪さんによって、あのホテルにとりこにされているのだろう。

 ここに居る僕の肉体は抜け殻に過ぎない。


 深雪さんは逃亡。智花さんは病院。彩香は行方不明。

 そして僕は酔生夢死すいせいむし。僕はもう死んでいるに等しい。

 せめて彩香の無事を確認したいところだが、一向に音信不通のまま。

 突如として一切合切いっさいがっさいが、バラバラになってしまった。

 僕らは再びあいまみえることがあるのだろうか。

 迷宮なんて豪華なものではないけれど、果てしなく終わりの見えない真っ暗な現状。


 そんな非日常がいよいよ日常と化し始めた丁度その頃、僕はまた、彼女の恣意しいによって街へ足を踏み入れたのだった。

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