第41話 渦中にいる意中の人
「ただいま」
「おかえりなさい」
やっぱり僕は今日も柳さんにお世話になっていた。
深雪さんとは違って、実際はこう連日連夜、泊っていいと言われた訳ではない。
「一日中ここに居たの?」
「いえ、図書館には行きました。でも、気づけばまた戻ってきてました。……ごめんなさい」
「ううん、別に、私も独り身だし、時にはこういうのもいいかなって感じだから」
そう、時にはね。
「ごめんなさい」
「そんなに謝るなって。出て行きたくなったら、気にせず行けばいいし、しばらく居るってなら、そうすればいいよ」
「助かります」
「良かったらさ……」
「はい?」
「お姉さん、いや、もうオバサンかな?ま、とにかく私に少しでも話してみれば?もしかしたら気が楽になるかもよ?知っての通り、私は孤独な女だから、誰かに君の話を言ったりなんかしないよ」
本当に不思議なことだが、僕は柳さんを信頼している。だから、彼女の今言った事を疑っている訳ではない。
それでも、深雪さんの事を話す最後の一押しに欠けているのか、僕の口から、柳さんに出会うこととなった経緯を語りだす素振りはないのであった。
「じゃあ、代わりに私の話を聞いてよ」
「柳さんのですか?」
「下の名前でいいよ」
「……京子さん」
「なあに?宗太君」
「…………」
「ふっ、困ってる。それでね……あれは私がまだ新入社員の頃の話なんだけどね。結構ドロドロというか、社会の闇、みたいな話だから簡潔に言うとね、私、上司にセクハラされてたんだ。
今の私なら即刻社会的に抹殺してやるんだけど、その頃はそこまで気が強かった訳じゃなくてさ、そこまで頭も良くない私が、役職を貰うためには、されるがままでご機嫌を取らなきゃならなかったの」
「そんな…………」
「それがきっかけでね、私、恋愛に冷めちゃって。だからこうして男の子を平気で家にあげたりしてるのかもね」
よく聞く話と言ってはあまりにも無神経だが、まさか本当にこんな事があるとは。
「そんなに怖い顔しないで。ふふっ、やっぱり君は優しいね」
「そんなことないですよ」
「そうかなぁ」
「そうですよ、僕はちっとも優しくなんかないんです」
「やけに否定するね?」
「しっかり僕もお話します、僕が経験した全てを」
「つい先日まで僕はある女の子から監禁されていました。本人に悪気は無いと思います。ただ、少し気に障った事があったようで、僕をビジネスホテルに連れてゆき、スタンガンで気絶させた後に、拘束されたんです。
それからかなりの時間が経って、ホテルマンがいきなり部屋へ押しかけてきたんです。僕らはそれぞれパニック状態でした。
僕は脱出計画から大きく逸脱した突然の出来事に驚き、彼女は僕がさらわれるとでも思ったのでしょう、包丁を背後に隠して、ドアへと近づいていきました」
「待って、それって…………」
京子さんと出会って以来、初めて僕は、彼女がこれほどまでにショックを受けた顔をしているのを目にした。
ただそれは僕とて分かりきった事だ。僕は今日、ここを出て行かざるを得ないだろう。家出青年は一瞬にして、妄想じみた事をベラベラと話し出したのだから。
「これ…………」
京子さんがニュース番組をつけると、そこには何度か見たことのあるニュースキャスターが、物々しい顔つきでとある事件を報道していた。
『警察の捜査は未だ難航しているようです。容疑者は二人。いずれも、現時点では行方を掴めてはおりません。
被害者の氷室智花さんは現在、治療中のようで、引き続き警察は容疑者の足取りと、関係者とみられる大学生を捜索していくとのことです』
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