第36話 道場破り

 近辺にあるこのビジネスホテルは、時間帯もあってか、異様に寂れたような嫌な雰囲気が漂っていた。

「みーちゃん、わざわざこんな所を選んだんだ~」

 私の忌まわしくも、再出発の場所。


 ――――――あれはまだ私・氷室智花が女子高生であり、作家・花京院かきょういん智子さとこが誕生していない時分のお話。

 とは言え、お話だなんて立派なものじゃない。

 地方都市レベルならそれなりによくある話だったりする。


 私は年配の男に。何でそんな事になったのかよく分からない。今では、自分で生みだしたキャラクター全員に心を吹き込み、全員の心理分析までしているっていうのにね。

 一つ分かっているのは、私の成績と容姿をひがんだクラスの女子の誰かが、イタズラ感覚でいわゆる出会い系サイトに、私のことを登録したらしい。


 私は愛を知らないままに男を知り、汚されたのちに乙女を知った。


 私はあれ以来、人と深く関わるのをやめ、妹に対しても、大学生の今の姿を見るのではなく、いつまでも幼い頃の「みーちゃん」として接している。

 対人関係から離れた私は、自分の思うがままに人を紙の上で動かし、時には殺したりもした。

 小説投稿サイト時代の私はまさに、復讐という墨汁のような熱量で群雄割拠ぐんゆうかっきょする世界で名をはせてきたのだった。

 眼鏡をかけたひょろ長いイメージのある私を直接的に穢した男やそう仕向けた女。世界にはまるでその二種類の人間しかいないかのように、ついこの間まで生きてきた。

 気づけば妹は大学生になり、私は26歳。もおそらく平気な顔をして結婚していてもおかしくは無い。

 きっとわが子がそんな目に遭えば、血相を変えて相手方を告訴、いや仇討ちが起きてもおかしくない。

 私たちの両親は仕事人間だからそんな事には首を突っ込まないどころか、気づくそぶりもない。

 私の方もこれ以上、他人に近寄りたくないから親になんか話さなかった。


 だから、私みたいに空っぽで反響音がするのに、なぜだかその音は温かい気持ちになる音がする宗太君には目が離せなかった。

 あの子となら溝が埋まるかもしれない……!

 境遇も何だか私に似ている。彼は両親を亡くして、妹と二人で過ごしてきた。そんな彼には読書だけが心の慰め。

 私は書いて、彼は読む。

 そう、私にようやく救いが訪れたの。

 作家としてそれなりに注目されだしてからは、それまでとは反対に美辞麗句がここぞとばかりに並べ立てられる日々。

 現実から離れてフィクションを生み出した私を待っていたのは虚構の世界なのだった。


 だから、私から幸せ―宗太君―を奪おうとする悪魔はまたしても、この場所を選んだ。

 どうせこの時間帯、かつての私みたいな報われない娘しかいないはず。

 だから、たとえひと悶着もんちゃくあったとしても、さしたる問題ではない。

 すべては宗太君の為だもの。

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