第37話 Golden Drop

 僕はただ時を待っていた。

 現実には、物語と違って、感動のラストやハッピーエンドが必ずしも用意されていない、むしろそんなものはフィクションにしか存在しないからこそ、小説が面白いのだと分かっているというのに。


 ただ、「いつかは自由の身に」のような漠然とした楽観ではなく、いくつかの予想と行動策を練っているのだ。頭がよく働かないが、幸い、時間だけはたっぷりあるようで、ゆっくりと考えて何とか思いついたことがあったりする。

 一つは、契約更新。

 支払った分しか宿泊できないのは言うまでもないが、そうすると、深雪さんが何日分の代金を支払ったかのは分からないが、いつかは必ず、最終日もしくは更新日が来る、というのが現代での常識。

 廃ホテルではないので、期間があらかじめ設けられており、従業員が部屋まで来るのか、あるいは深雪さんがフロントまで行くのかは、その時まで分からないが、いずれにせよ、助かる見込みが無い訳ではない。


 もう一つは、背に腹は代えられぬといった気概でもって、医療機関へ運ばざるを得ない方法を取る、というもの。

 流石の深雪さんでも、僕の身に何かあれば、この拘束も外すだろう。

 手足の自由がきかない現状、僕にできるのは、舌を噛むか、食事を喉に詰まらせるか。

 どちらも命にかかわる最終手段。ここから出れたとて、助かるとは限らない非常にリスキーな賭け。


 ここまで追い詰められたかのような方法を思案した理由は、これまた曖昧なのだが、どうもやっぱり頭が鈍っている。

 言いたくはないが、深雪さんが良からぬ、それか服用量を超えた薬物を僕に摂取させているのかもしれない。

 ともかく今回は、僕の知恵を振り絞って、ここから出なければならないのだけは明白なのだ。


 半ば隠遁いんとんじみた生活を営んできた僕が、突如として危機的状況へと駆り出される。

 悪夢のようでもあり、未だに理解が追い付かないが、この世に奇跡なんて一つもない。すべてが僕の選択に委ねられている。

 事故死だろうが変死だろうが、少なくとも死人が出たなら、司法も深雪さんを調査するだろう。

 身内だから、かばう可能性は否定しきれないが、最後に僕が深雪さんに連れ出されたのはのを、智花さんは見ている。


 小説でも完全犯罪は存在しないのだ、一介の女子大生が歪んだ愛を理由に監禁したという事実が白日の下に晒されない訳がない。

 それとも、これすら楽観なのだろうか。ああ、カーテンが閉め切られているせいで、時間がよく分からない。

 何かしらの飲食物は、定期的に与えられているのもあってか、体内時計も判然としない。


「宗太君、これ飲んでみて。美味しそうな紅茶だよ」

 有無を言わさぬ彼女の支持で、やけどしないように配慮してくれたらしい温度の紅茶で喉を潤す。

 猿轡さるぐつわをしていると、口が半開きなのもあって、すぐに喉が渇くので実際、紅茶を淹れてくれたのは嬉しかったりする。

 これも彼女なりの愛なのかもしれない。


 紅茶に反射する彼女の微笑みはとても歪んでいた。それは本人に目を移しても変わらぬ印象を僕に与えた。

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