第29話 劇薬反応

「はい、5万円」

「智花さん?」

 どうも今朝から様子がおかしい。昨日のショッピングモールでの振る舞いが正常としての判断と言うと、急激に判断に対する信頼性が下落するのは言うまでもないが。

「パシリにしては高額では」

「違うよ~あげるんだよ~」

「……僕にですか?」

「うん」

「その理由は?」

「単純に渡したいから」

 人間が罪に手を染める動機には時として理解不能と思われるものが少なからずあったりする。人はそういった罪人をサイコパスと呼ぶが、心理学上、その名称が正しいのか僕は知らない。

 つまるところ、智花さんが意味もなく、言われもなく5万円という大学生、いや、大人にだって大きな金額に入ってもおかしくない資金をお小遣いとしてくれるのは、甚だ理解に苦しむ。


「お金の欲しくない日本人なんていないでしょ~だから貰ってよ」

 施しに精神的快楽を感じるタイプだったりするのだろうか。実に嫌な考えではあるが、怪しくないお金、例えばお年玉だったりするなら僕だって貰っていただろう。

「いや、いいですって」

 こういう時に限って深雪さんが居ない。いつもは離れてほしいと思うくらいに、傍に居座っているというのに。

 メイドごっこに飽きたのか?司書も飽きそうなら早めに言ってね?すぐ帰るから。

「ふ~ん、お金じゃ駄目かぁ~」

「やっぱり何か企んでるじゃないですか」

「あはは~いや、昨日の妹ちゃんへのぞっこんぶりに心打たれちゃってね」

「だから人をシスコン呼ばわりしないでもらえます?」

「だから、お姉さん、君に好きになってもらって、妹ちゃんの気分を味わってみたいな~ってね」


 What?SUKI?ナニイッテルノ?好き!?

「はい!??」

「いやぁ~産まれてすぐにお姉ちゃんになってしまったからさ、妹って肩書とか、お兄ちゃんに甘えるのとかに憧れがあったりするのかも~」

「かも~じゃないですよ!好きってどういう事なんですか!」

「宗太君…………?」

「み、深雪、さん」

「みーちゃん、お姉ちゃんね、宗太君の妹になる事にしたんだ~」

 ヤバい、修羅場の香りが鼻孔を伝って、脳髄に直接、危険信号を送っている。ミクロ単位での神経活動はやがて冷や汗となって再体感する。

「宗太君」

「はい」

「前から考えてたんだけどさ、一度二人っきりで話しよっか」

 恋人ではないよね?と念のため自問自答をすることわずか1秒。すかさず僕は「そうだね………」と頼りないか細い声で受諾していたのだった。

 本読みたいよ。彩香、お兄ちゃん今すぐ帰りたいかも…………

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