第26話 内憂外患

 まさか作家・花京院智子と話す機会がおとずれるとは。出版された小説は二冊。

 偶然手に取った処女作が思いの外面白く、読了後すぐに新作を買いに行ったのはまだ記憶に新しい。

 いろいろと聞きたいことがある一方で、深雪さんのことを放ってくのは、浅い経験知識ながら、よろしくないというのは僕にも明らかであったので、スマートフォンに彩香から着信の表示がなされたのは僥倖ぎょうこうだと言えなくもない。


「はいもしもし?」

「お兄ちゃん、今大丈夫?」

「ああ、大丈夫だけど、どうかした?」

「あれ~浮気~?」

「う、浮気ぃ!?宗太君!?」

「え、お兄ちゃん、氷室さんの他に誰かいるの……?」

 やはり僕は智花さんが苦手だ。もうこの気持ちが揺らぐことはないだろう。


 それにしてもこの行動力には驚かされる。

「本当に氷室さん、……ややこしいから私も深雪さんって呼ぶけど、深雪さんのお姉さんなの?」

「だから何度も電話でそう言ったよね」

「ふ~ん、妹さんなんだ~宗太君と一緒で可愛いね」

「あ、ありがとうございます」

 怪訝な目を向けつつ、もごもごとお礼を言う姿からは、単純に照れているように思えた。

『宗太君と同じで』の部分にはあえて触れないでおくのが礼儀。


「ところで彩香、学校は?」

 良くも悪くも高校は対面授業を断行しており、本来であれば今頃は堅い木の椅子に座って、ノートを取っているはずだ。

「フフフ、お兄ちゃん、今日は創立記念日で休みなの!」

「あ~なるほどね」

「だから……久しぶりに、そのぉ、一緒に出かけたいなぁ~みたいな」

 それで電話をかけてきたのか。確かにいつも一人にしている罪悪感は毎夜毎夜感じていたのでこれ幸い。

「そうだな、出かけるか」

「うん!」


「そ~う~た~君!」

「みーちゃんと付き合ってなかったのはシスコンだったからなのね~」

「し、シスコン!?」

「う~私も行きたい!お願い、連れていって!」

 メイドを志していた深雪さんの影はどこにもなく、駄々をこねる子どもか騒がしい子犬のようだ。

 しっぽを振るさまは、僕から「仕方ないな」という語を引き出すには有効かもしれないが、忠犬とは決して言えない有り様だった。

「じゃあ私も~」

 金輪際、智花さんへ心を開くことは無いでしょうよ。


「お兄ちゃんと二人で行くつもりだったのに………」


 こういう時、ライトノベルの主人公が何と言うか、僕は読書経験から知っている。

「やれやれ」

「……宗太君、楽しんでる?」

 深雪さんはさっきから何に怒っているんですかね。ちなみに楽しんでいるのは君のお姉さんだけですよ。

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