第13話 貯古齢糖

ジンは、何処で 波木 ハキを拾って来たんだ。」

アンナさんのちんぷんかんぷんな質問が、飛ぶ。

「俺が拾って来たんじゃない。自分から身売りしてきたんだ。」

えーと、お兄さん、私…身売りした覚えはない。

「えー、波木ハキ、自分で身売りて、 ジンの妾なのか?」

アンナさんの質問に私は、大きく首を振る。

「いや、いや、 叔父 サンチョンとはぐれてしまって、一晩だけ、泊めてもらえないか交渉しただけです。」

ジン…」

アンナさんが、お兄さんを睨み付ける。

「はははは…そうだった。」

でも、お兄さんは、私が、話した叔父の話は、嘘だと思っていたのだろうか?

「それは、そうと今回の報酬だ。」

そう言うとお兄さんは、お姉さんの手を取り1円銀貨3枚を渡した。

そして、私の目の前のテーブルの上に1円銀貨1枚を置いた。

波木ハキは、泊めてもらう代わりに何でも手伝うと言う約束だったが、予想以上の働きをしてくれた報酬だ。」

「1円だと少なくない?」

お姉さんが、テーブルの上の1円玉を見て言う。

「俺も最初は、2円にしようと思っていたけど、1日半ずーと寝ていて、インナは、やっと傷口が塞がり始めたが、波木ハキは、あれだけの攻撃を受けていたのにこの家に戻って来た時には、ほとんどの傷口が治っていた。だから見舞金分を減らした。」


「本当なの?」

お姉さんは、そう言うと私の身体を調べ始めた。

腕を掴まれ右に左に、表裏と傷口を探している。

続いて脚もベットの上に上げられ、裸にされそうな勢いで調べられた。


「治ってる。」


「だろ。」

お兄さんがお姉さんの言葉に応対する。


"ガッタッ"

アンナさんが、突然、席を立ち身構える。

波木ハキ、お前、魔女か?」

えーーーーー!

なんでそうなるの?

「違う、違う。」

私は、慌てて大きく手を振って言った。

「魔女て、あの魔法を使う人の事でしょう?」


「魔法?」

「なにを言っている?」

波木ハキも見たんだろ。悪魔デーモンを。」

「魔女は、悪魔デーモンと契約を結んだ女の事だ。」

「契約により悪魔デーモンの力と悪魔デーモンが作った特別な薬が与えられる。」


悪魔デーモンとの契約…」

「じゃー、あの女の人も…」

悪魔デーモンの身体の中から助け出された女の人を思い出す。

「彼女は、魔女ではない。」

お兄さんが、話に参加してきた。

「違うの?」

私は、尋ねた。

「多分、彼女は、魔女になりたかったんだろ。」

「でも、なれなかった。そして、悪魔デーモンに取り込まれてしまった。」

「誰でも魔女になれる訳ではない。」

悪魔デーモンの与える力に自我を保てる者、そして、その力を使える者が、魔女になる。」

お兄さんの言葉に…絶句。

「昔、本当に魔女て、存在したんだ。」

私の思っている事が、言葉で出てしまった。

その言葉にアンナさんは、席に着いた。


「なんだ。波木ハキは、魔女じゃー、ないのか。つまらない。」

「てか、昔て、なんだ?昔て、」

苦笑いをする私…

なんて答えていいやら。

「そう言えば、このカバン、波木ハキのか?」

そう言って深紫色の肩掛けカバンを私に見せる。

「あ!私のカバンだ。」

そう言ってカバンをお兄さんから受け取る。

叔父 サンチョンを見送りに行った時に持っていたカバンだ。


「でも、確か、波木ハキが店に来たときは、リュックを背負ってたと思ったが…」

そうだ。

初めて叔父サンチョンと此所に来たときはリュックで来た。

でも、私は、1週間の間、令和に戻っていた。

てか、私、神殿に行った時、カバン持ってたけ?

記憶が曖昧だ。

視線を感じる。

お兄さんの視線が痛い。

いつリュックがカバンに化けたか聞きたいみたい。

…どうしよう。

肩掛けカバンを膝の上に抱える。


!!

なんか、カバンがゴツゴツしている。

カバンの中を見る。

これは…どんな傷にも効くおばあちゃんの秘密兵器、タイガーバーム軟膏だ。

それと、液バンと綿棒、キズパワーパッドが出てきた。

それらをテーブルの上に並べた。

そして、チョコレートのボトルと 叔父 サンチョンからの手紙が。

"波木ハキが、いつでも怪我をしていいように入れときます。傷口軟膏は、この前、使いきってしまったので、おばあちゃんの秘密兵器とキズパワーパッドをいれときます。"


お兄さんやお姉さんが、 叔父 サンチョンからの手紙を覗き込んでいる。


波木ハキ…その怪しげな薬は、なんだ。」

アンナさんがまた、立ち上がり構える。

「お前、それ、悪魔デーモンの薬品だろ?」


私は、うっすら笑みを浮かべる。


「これで、お姉さんの傷口も早く直せる。」

「お兄さん、手伝って。」


お姉さんの包帯を取り、軟膏を綿棒で傷口に合わせ塗っていく。

鋭い切傷なら軟膏プラス液バンだよね。

ギズパワーパッドは…

キズパワーパッドの取り扱い説明書を見る。

ふーん、見て良かった。

すでに、キズパワーパッドに薬品が着いているのね。

だから、傷口をきれいにして貼ればいいのね。

お姉さんの傷口を見ながらキズパワーパッドの方がよさそうなところはキズパワーパッドを貼っていく。


波木ハキ、それ本当に大丈夫なのか?」

「臭いがヤバいぞ。」

アンナさんが、お姉さんの顔を見ながら言う。

「それに 姉さん オンニが、何かに耐えてる顔になってるぞ。」

あたりに接着剤の臭いが漂う。

多分、液バンが滲みて傷口が痛いはず。

私は、大暴れしたもんね。

「お姉さん、ごめんなさい。」

「この液バン、滲みるでしょう。」

私の言葉にお姉さんが、私を睨む。

うぅ……そんなに睨まないで。

そうだ。

叔父 サンチョンが、チョコレートを入れてくれていた。

大正3年だとまだ、チョコレートは、高価品だよね。

大正7年に一貫製造設備が作られたはず。

チョコレートボトルから卵形のチョコレートを1粒取り出す。

「お姉さん、あーん、して。」

「あーん。」

私の言葉に素直にあーんをしてくれるお姉さん。

お姉さんの口の中にチョコレートを入れようとした瞬間、アンナさんに腕を掴まれる。

波木ハキ、なんだそれ。」

「見るからに焦げ茶色で不気味だぞ。」

「それにその形…なんの卵だ?」

アンナさんが、またまた邪魔をする。

「卵じゃなくて、これは、チョコレート。」

「カカオが原料でこんな色になってるの。」


波木貯古齢糖ちょこれいと?」

お兄さんが、聞き返す。

「そう、チョコレートです。」

再度言う。


波木貯古齢糖ちょこれいとて、牛の血が入ってる変な食物だろ?」

アンナさんが風評を唱え出す。

うぅ。

困り果てた顔をしているとお兄さんが、「本物の波木貯古齢糖ちょこれいとだろ。」と再度聞く。

私は、頷く。

頷いた私を見てお兄さんが、「インナ、食べてみろ。貯古齢糖(ちょこれいと)なら、その1粒で10銭だぞ。」と言ってくれた。

私の腕を掴んでいたアンナさんも唖然として私の腕を話した。

「一気に食べるなよ。味わって食え。」

お兄さんの言葉に頷くお姉さん。

私は、お姉さんの口の中にチョコレートを入れた。

お姉さんの口の動きを見る。

噛もうとして止めた。

舐めてる?

波木ハキちゃん!美味しい。」

お姉さんの顔に笑みがもれる。

お姉さんの機嫌が良くなった。

今のうちに残りの傷口も処理しちゃおう。

傷口を見ながらキズパワーパッドと軟膏を使い分ける。あともう少しだ。

波木ハキちゃん、なくなっちゃった。」

そう言って口を大きく開けるお姉さん。


「もう少しだから頑張って下さいね。」

私の言葉に口を開けたままのお姉さん。

ふーう。

はいはい。

チョコレートボトルからチョコレートを取り出す。

それを見て一旦、口を閉じるお姉さん。


「はい。あーん。」

私の言葉に再度、口を開けるお姉さん。

お姉さんの口の中にチョコレートを放り込む。

また、嬉しそうに微笑むお姉さん。

「幸せ。」

お姉さんが、笑顔で言う。

今のうちだ。

お姉さんが、チョコレートを食べ終わる前に終わらす。

波木ハキちゃん、波木ハキちゃん。」

また、お姉さんに呼ばれる。

「私の波木貯古齢糖ちょこれいと、どこか行っちゃった。」

お姉さん…それは、あなたが食べたからです。

前回より食べるスピードが早くない?

また、チョコレートボトルからチョコレートを1粒取り出しお姉さんに与える。


結局、お姉さんに4粒のチョコレートを与え傷口の処理を終えた。

お姉さんは、今、気持ちよさそうに寝ている。


波木ハキ、ありがとう。」


波木ハキも、そろそろ戻らないと叔父さんが心配するだろ?」

珈琲を飲みながらお兄さんが言う。


お姉さんが寝てから、私は、お兄さんに頼まれキッチンで珈琲を淹れた。

この前、私が淹れた珈琲が美味しかったらしい。

「今回、 叔父 サンチョンは、一緒じゃないから。」

私の言葉にお兄さんが、怪訝な顔をする。

「今回?」

「叔父さんと来たと言ったのは、波木ハキだぞ。」

あ…

物事、考えないで言ってしまった。

私は、一週間令和に戻っていたが、此方の時代にまた来た時は、一週間後ではなく、前回の時間の継続だった。

私には、此方の時代に来るのが2回目でも、お兄さんが、私と逢うのは、1回目のままだ。

波木ハキは、まだ姉さんオンニと一緒にいたいのね。」

なんと返答しようか迷っていたら。

アンナさんがニヤニヤしながら訳のわからない事を言い出した。

「そしたら、波木ハキは、私に、波木ハキの知っている舞を教えてよ。」

「その間は、私の寝台、半分貸してあげる。」


「本当ですか!」

ナイス。

アンナさん。

ちんぷんかんぷんな提案だけどありがたい。

今、気がついたけど…私…令和への帰り方がわからない。

そんな状況で大正時代の明治町に1人投げ出されても困る。

飢え死にしちゃうかも…


私は、アンナさんの両手を握り手を振りながら頷いた。

アンナさんがまた、ニヤニヤの顔になった。

「それと、波木ハキの食べ物は、その波木貯古齢糖ちょこれいとしかないようだけど1粒くれたら毎日ご飯を食べさせてあげる。」

なんと凄く有難い提案。

嬉しくて、隣にいるお兄さんの腕をバンバン手で叩く。

「アンナさんが、ご飯食べさせてくれるって。」

お兄さんに伝える。

早速チョコレートボトルからチョコレートを1粒取り出す。

「アンナさん。あーん。」

アンナは、嬉しそうに口を開けた。


アンナさんもチョコレートを口の中で舐めてるようだ。

アンナさんの顔に笑みがでる。

そして、お兄さんの腕を手でバンバン叩いた。

ジン、これなんだ。」

「すごい。甘くて苦くて美味しい。」

両側から腕をバンバン叩かれお兄さんの顔が怪訝な顔になった。

でも、何か考え込んでいる。

「アンナ、そんなに旨いか?それ。」

お兄さんの問に大きく頷くアンナさん。


お兄さんが、私に向き直る。


波木ハキ、俺にもその波木貯古齢糖ちょこれいとを1粒くれ。代わりに俺は、また仕事でお前を使ってやる。そうすれば、また報酬代を稼げるぞ。」

大正時代のお金が手に入る。

そうすれば、前回みたいにお腹が空いたり、喉が渇いたときには、大正時代のお金で物が買える。

私は、お兄さんの手を取り大きく何回も頷いた。


お兄さんの気が変わらないうちに。

「お兄さん、あーん。して。」

素直に、あーんをするお兄さん。

お兄さんの口にチョコレートを入れる。


お兄さんもチョコレートを味わっている。

「旨い!」

お兄さんが、大声をあげた。

アンナさんと私は、びっくりした。

「ごめん、ごめん。」

「いやー、前に1度、波木貯古齢糖ちょこれいとを食べた事があるから、インナやアンナが、なんで、そんなに美味しいと言うのか疑問に思ったが、波木ハキ波木貯古齢糖ちょこれいとを食べてみてわかった。」

「俺が食べた波木貯古齢糖ちょこれいととは、別物だ。すごく旨い。」

「もしかして、この波木貯古齢糖ちょこれいと波木ハキのカバンに入れた叔父さんて、大富豪か?」

その言葉にアンナさんも此方を見て何回も頷く。


「どうだろう?」

「大富豪じゃなと思う。でも、最近は、たまにしか逢えないから。」

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