第11話 その名は、神将丸。

ん?

何かが、顔に触れている。

モフモフで柔らかい。


手で払い退ける。

…なくなった。


心地よい睡魔が訪れる。


しばらくするとまた、モフモフの柔らかいモノが顔の前に現れる。


ん?

夢心地を邪魔するな。

こんなことをやらかす者は、1人しかいない。

叔父サンチョンの仕業か…

布団に寝たまま声をかける。

叔父サンチョン、やめて。」

「まだ、眠い。」

顔の前のモフモフは、まだ、ある。

叔父サンチョン…」

モフモフをつかむ。

デカイ?

丸い?

モフモフ?

なんだ?

小さい手が私の指を掴む。

何?何?何?

重たい瞼を開け私の指を掴んでいるモノを見る。

茶色…

犬?

犬にしては、小さい?

後ろ足で器用に立っている。

前足は、小さい。

小さい手で私の指を掴んでいる。

手には黒く長い爪が…

Devil Clawだ…


「えーーーー!」

「可愛い!」

私は、ベットの上で跳ね起きた。

そのまん丸の生き物を抱きかかえた。

「プレディードックだ。」

プレディードックは、大人しくされるがままだ。

「君の名前は?」

「どのから来たの?」

叔父サンチョンが、買ってきたのかな?

子供の時、叔父サンチョンと行ったペットショップで見たプレディードックを思い出した。


「ウィーー…キィ!」

わっ!

プレディードックが鳴いた。

プレディードックも鳴くんだね。

初めて聴いた。

「君の鳴き声は、面白いね。」


「ウィーー…キィ!」

また、鳴いた。

仲間でも、呼んでいるのかな?

叔父サンチョン。」を呼んでみる。


ドアが開いて入ってきた。

てっきり、叔父サンチョンだと思っていたが、意外にも入ってきたのは、お姉さんだ。

あれ?

お姉さんて…

私…独りっ子だよね。

姉は、いないじゃん。

じゃーなんで、あのひとの事、お姉さんと認識した?


お姉さんの顔を見る。

知ってる顔だ。

プレディードックの顔を見る。

君は、初めて見る顔だ。

プレディードックの可愛らしい手が、また私の指を掴んだ。

黒く長い爪…鋭い…

目の前の女の人の脇腹に鋭い爪が突き刺さる映像が、頭の中でフラッシュバックする。

今のは…

頭が痛い。

またフラッシュバックが起きる。

お兄さんが、お姉さんの身体に晒を巻いている。

…頭が痛い…

お姉さんの真っ白いミイラみたいな身体が一瞬で深紅に染まる。

「嫌ーーーーーーー!」

私は、頭を抱え叫んだ。

誰かが、私の隣に腰を降ろした。

そして私を抱き締めた。


自分の手が見えた。

プレディードックは、私の叫び声にびっくりして、何処かに行ってしまったようだ。

さっきまで私の指を掴んでいたのに姿、形がない。


上目遣いに私を抱き締めてる人物を確認する。


切れ長の綺麗なお目目。

お姉さんだ。

確か…お兄さんは、インナと呼んでいた。

ん?

最初にお姉さんに逢ったときのお兄さんとの会話を思い出す。

「アシュ、ヴィンは、まだ戻って来ないのか?」

と言っていた。

あの会話だと、アシュがお姉さんの名前に聞こえる。

あれ?

てか、そんな場合じゃない。

私は、抱き締められてる事をいいことに、お姉さんの身体をチェックする。

お姉さんの両脇を優しく触る。

あれ?

包帯がない。

洋服の上から触っているからわからないのかな?

腰の方まで手を回す。

やっぱり、包帯が巻かれている感覚がない。

そう言えば、肩口辺りも切られていた様な…

顔を上に這わせていく。

ムム…

この弾力のある柔らかいものは…

お姉さん、スレンダーに見えて意外と胸が大きいのね。

胸の谷間に顔を埋めながらシャツの隙間から肩口辺りを見る。

お姉さんの白色肌に一瞬、目を奪われる。

綺麗な肌だ。

触りたい。

そう思いながら傷痕を探す。

…ない。

…………

下からお姉さんの顔を見上げる。

お姉さんに間違いない。

再度、手をお姉さんの背中やお腹に這わせて傷痕を探す。


「何をしている?」


気付かれた。

お姉さんが私を見下ろしている。


「お前は、元気なのか?」

お前は、元気なのかと聴かれ、自分の身体に気を廻す。

痛いところは、ないようだ。

自分の腕が視界に入る。

うっすら、悪魔デーモンに攻撃された傷痕がある。

でも、叔父サンチョンの手当てのおかげで傷痕は、消えようとしている。

「あ…」

お姉さんから身体を離し自分の身体を確認する。

私の腕には、傷がない。

傷がないと言うか、傷口は、全て完治していて傷痕が残ってないのだ。

叔父サンチョンとの1週間が蘇る。

叔父サンチョンは、私が目覚めると直ぐに傷口の手当てを行った。

爪跡だらけの私の身体を1つ、1つ丁寧に治療してくれたおかげだ。

今でも、あの1週間は、夢の様に思える。

私は、悪魔デーモンの頭が炸裂した勢いで壁に背中を打ち付け頭から床に落ちた。

そして、気絶して、しばらくして、気が付いたと思っていた。

ついさっきまでは…

でも、私の身体に傷痕がないと言う現実を見て、あれは、夢では、なかったと思う。

向こうの世界で1週間過ごしたのに此方の世界では、数分?数十秒?

それとも継続だったのかな…

此方の世界に私の存在する時間が流れている…


自分が今、導き出した推論に衝撃を受けた。


「お前、大丈夫か?」

お姉さんが私の両肩を掴み、そう言った。

私は、頷いた。

「そうか、それなら始めよう。」

そう言って私を抱き起こし、そのまま抱っこした。

部屋の出入口とは別にある扉を器用に開け、中庭の中央に向かった。

此所、何処なんだ?

自分の記憶を辿る…


お兄さんを先導して泣きながら扉を開け進む女の子がいる。

私だ。

泣きながらお姉さんを膝枕している女の子がいる。

私だ。

「お前は、巫女タンゴルか?」

お兄さんが、女の子に向かって、そう問いかけた。

「タンゴル…」て、なんだろう?


「やはり、お前は、巫女タンゴルか。」

不意にお姉さんの声が飛ぶ。

無意識にタンゴルと言ってしまっていた。

「あ、違うの。」


「違う?」

怪訝な顔を見せるお姉さん。


私を降ろした。

「まぁいい。」

「早く、舞ってみろ。」

舞ってみろ?

なんか、今日のお姉さんは、ぞんざいな言葉遣いだ。

自分で自分の足を見る。

裸足だ。

顔を上げるとお姉さんと目が合った。

お姉さんは、私の顔と足を交互に見て、自分が履いているサンダルを脱いで、揃えて私の足の前に置いた。


私は、お姉さんが脱いでくれたサンダルを脇に置き直し、その場に正座して二礼四拍手一礼を行う。


そして、立ち上がりサンダルを履く。


マイる。」

頭の中に鼓の音が響く。

私は、 舞楽 ブガクの右舞。

高麗楽を舞始めた。


パンッ! パンッ!

「違う。それでは、ない。」

お姉さんが手を叩き、舞を中断させる。


ん?

違うマイなの?

お姉さんに見せたのは…

剣の舞か…

その場で、瞑想する。

頭の中に鼓の音が響く。

目を見開き舞始める。


手元に視線を感じる。

「待て。」

また、お姉さんが舞を中断させた。

お姉さんは、辺りをキョロキョロ見渡している。

私と反対側にある大きな木で視線が止まった。

お姉さんは、その木に向かい歩いて行く。

木の近くに行ったところで駆け出した。

一瞬だった。

駆け出したお姉さんは、木の下で大きくジャンプして二段蹴りで3メート位の高さにある木の枝を折り空中でその枝をキャッチした。


お姉さんは、何事も無かったように木の枝についてる小枝をむしり取りながら此方に向かってくる。

「これなら、丁度いいだろう?」

そう言って枝を手渡してきた。

1メートル位の長さの枝は、真っ直ぐで握った感じは、刀ぽい。

剣の代用品なのね。

ちょっと振り回してみる。

重さも丁度いい感じだ。

お姉さんが、此方を見つめている。


その場で瞑想する。

剣の舞は、舞っている最中は、剣筋と連続攻撃を繰り出す事だけ集中して舞う。

そう教わった。


目に見えない邪気を斬撃で無に還す様に舞えと。


不意に巨大な邪気が襲う。


お姉さんだ。

お姉さんが、襲って来た。

お姉さんが、襲ってきても私は、舞を続ける。

お姉さんの斬撃を横目で見ながら教わった舞を舞う。


お姉さんが斬撃を繰り出す。

私は、舞ながら交わし斬撃を繰り出す。

お姉さんの顔が不機嫌になっていく。

私も経験した。

剣の舞は、連続攻撃の舞…

相手は。その連続攻撃を交わしながら一瞬の隙を見て攻撃を放つ。

当たり前の戦略の様だが、実は、それは、全て誘導されていると気がつかない。

相手が、一瞬の隙を狙って斬撃を放つ。

でも、それは、相手に隙を見つけさせそこに斬撃を向かわせる為の舞。

剣の舞は、相手をリードして舞っているのだ。


ゆえに、傍から観ると2人が、剣の舞を舞っているように見える。


お姉さんの顔が不機嫌な顔から無の顔に変わった。

来る。

多分、お姉さんは、剣の舞の全容がなんとなく解ってきている様だ。


お姉さんは、今までより更に速い斬撃を繰り出してくる。

此方の舞のリズムを壊そうとしている。

剣の舞も第二節に入る。

頭の中で鈴の音が小刻みに響く。

ビートが走る。

私は、お姉さんの高速の斬撃を回転しながら払い避けていく。

これが本当の厄払いだ。


お姉さんは、気が付くはず。

剣の舞のリズムを壊そうとしているが、これもまた誘導された結果の行動だと。

そして、気付き、一旦、退いて間を取る。

お姉さんが、退いた。

今だ。

逆に私は、詰め寄り悪魔デーモンに食らわせた大舞に入る。


「ウッー…キィ!」


側方からプレディードックの鳴き声が響く。

思わず、剣を止め視線を向けてしまった。

私が、出てきた隣の部屋の窓に二本足で立っているプレディードックが見える。

此方を見ている。


「ウッー…キィ!」

また、プレディードックが鳴いた。


確か、私が目覚めた時も鳴いた。

誰かに知らせる様に鳴いた。


誰かが目覚めた?


プレディードックの後方で何かが起き上がった。


蒼白顔に包帯だらけの上半身が見えた。

ベットの上に上半身を起こした人物を見て走り出していた。

持っていた枝は、何処かに行ってしまった。

扉を開け部屋に入る。

「お!波木ハキ…ちゃん。」

「おはよう。」

お姉さんだ。

包帯だらけのお姉さんだ。

私は、駆け寄りベットにダイブしてお姉さん腰に抱きつく。

「あぅ、お姉さんだ…お姉さんがいた。」

私は、泣きながらお姉さんにくっつく。

「良かったよ-、お姉さん死んじゃうと思った。」

お姉さんのお腹に涙声で語りかける。

「ㅋㅋㅋㅋㅋ.」

「大袈裟だな。」

お姉さんが笑っている。

私は、お姉さんの笑い声が嬉しく、また、泣いた。


背後に気配を感じる。

顔をあげて確認する。

もう1人のお姉さんが邪魔だと言わんばかりの仁王立ちをしている。

ニセお姉さん?

私は、またお姉さんのお腹に顔を埋め抱きつく。

「離れろ。」

「お前は、こいつの相手をしてろ。」

頭の上に何かを乗せられた。

頭の上のその何かは、落ちないように私の頭にしがみつく。

私は、飛び起きる。

「え?なに?なに?なに?」

ベットの上にしゃがみこみ頭の上を手で触る。

小さい手で指を掴まれた。


ん?

"カリカリ"

爪を齧っている?

私…食べられてる?

掴まれてる指を動かす。


放した。


今だ。


両手で頭の上のモノを捕まえた。

そのまま、目の前に移動する。

「やっぱり、君か!」

「私を食べてどうする?」

黒色まん丸お目目に小さい耳、小さい手には黒色鋭い爪が。


「そいつか、そいつは、神将丸ジンショウマルだ。」

偽お姉さんが言う。

神将丸ジンショウマル?格好いい名前だね。」


「格好いか?」

また、偽お姉さんが言う。

「そいつは、神将ジンショウが連れて来た丸いモノだ。だから、神将丸ジンショウマルだぞ。」


「君は、まぁるいモノだって。」

プレディードックを両手で"高い高い"してみる。

大人しいな、このコ。


神将丸ジンショウマルは、 波木 ハキちゃんを気に入ったようだな。」


お姉さんが、言った。


「本当?本当!」

お姉さんに声をかけられ、なぜか、嬉しい。


不意に部屋の扉が開いた。


「お、ここにいたのか?」

お盆を持ちながら足で扉を開けてお兄さんが入って来た。

「隣の部屋、見たら居なかったから、何処に行ったかと思っていた。」


「見てないてテーブルの準備をしろ。」


お盆の上には、土鍋とおわん、小鉢にキムチが入っている。

最初に偽お姉さんが動いた。

部屋の隅にあるテーブルをベットの脇に持って来た。

私は、それに習いテーブルがあった場所にある2つの椅子を運ぶ。

お兄さんが、テーブルにお盆を置く。

「腹減っただろ。お粥作ってきたぞ。」

そう言って土鍋からおわんにお粥をよそりはじめた。


最初にテーブルのお姉さんの近い位置にお粥をよそったおわんを置く。

もう1つを私が、運んだ椅子の前に。

波木ハキ、立ってないで、座って。」

お兄さんにそう言われ座る。

マルは、既に波木ハキを気に入ったか。」

お兄さんが、私の背中を見て言った。

「そうみたい。」

お姉さんがそう言って、私の背中を撫でる。

撫でる?

撫でられてる感触がない。

お姉さんが撫でるいる辺りに手を伸ばす。

モフモフしたモノがいる。

「やはり、君か。」

居なくなったと思っていたら背中にしがみついていた。


「私の分は?」

偽お姉さんが、お兄さんに言う。

「アンナも食べるのか?」

偽お姉さんは、頷く。

そして、言った。

「昼御飯、まだ食べてない。」


お兄さんは、おわんを取りお粥をよそる。

そして、私の隣に置いた。

私の隣に偽お姉さんが座る。

今、お兄さんは、偽お姉さんのことをアンナと呼んだ。

お姉さんのことは、インナと呼んでいた。

アンナとインナ…2人は、別人。

アンナさんは、偽お姉さんでは、ない。

偽物でなく、瓜二つで名前も似ている。

閃いた!

「あ-、双子だ。」

そういいながら右側のお姉さんと左側のアンナさんを交互に見た。と言うことは。


アンナ、インナ、あいうえお順で考えるならあ行のアンナさんがお姉さんで、い行のインナさんが妹かなぁ?

「アンナは、波木ハキちゃんとは、初対面だね。」

お姉さんが言った。

アンナさんは、手を差し出して「アンナだ。よろしく。」と私に言った。

私は、左手を右手に添えてアンナの差し出した手を握った。

「「波木ハキです。よろしくお願いいたします。」

叔父サンチョンに教えてもらった韓国の挨拶の時の礼儀作法だ。

年下の者は、年上の人に手を差し出されたら左手を添えて握手すると。

てか、今、お姉さん…アンナと呼び捨てしたよね。

じゃー、お姉さんが、お姉さんなんだ。


波木ハキは、大丈夫なのか?」

アンナさんが意味深な言葉をかけてきた。

なんだろう?

「何がですか?」

素直に聞いてみる。


「そいつだ。」

「そいつは、この前、カブトムシを両手で持って喰ってた化物ケムルだぞ。」

そう言って背中のプレディードックを指差した。


「わぁーー、思い出しただけでも、キショい。」

アンナさんは、その場で身震いした。


"確かにプレディードックは、雑食だ。

食べる物がなければ、カブトムシも食べてしまう。

でも、カブトムシて、甘くて美味しいのかな?"

叔父サンチョンの言葉が頭の中で再生された。


私の指を両手で握って爪を齧っていた可愛らしいプレディードック…私の指がカブトムシに変わる。

私は、身震いした。

「確かに、カブトムシは、キツいです。」

私の言葉にアンナさんが一言。

「だろ。」


「おしゃべりは、そのぐらで、早く食べないと俺が作ったお粥が冷めるぞ。」


お姉さんたちと3人で顔を見合せる。

3人揃って「いただきます。」を言った。

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