第10話 タンゴル

ドン!

ドスン!

背中を壁に強打して、その勢いで前方に倒れ込み顔面を床に打ち付ける。


口の中に血の味が広がった。

痛い…

息ができない。

噎せて、嘔吐する。

赤い液体が、口から垂れている。


視線に何かが映った。

薄暗く視界がハッキリしない。


徐々に暗闇に目が慣れてきた。

あれは…

「何故、我を排除する…」

「我の力を欲したのは、この女だぞ。」

肩口から頭部がない 怪物 ケムルが、言い放つ。

そして、両腕を振り上げ自分の身体に鋭い爪を突き刺す。


「キャーーーーッ!」

思わず悲鳴を上げてしまった。


怪物 ケムルが自分の身体に鋭い爪を突き刺す瞬間に誰かが飛び込んだ。


「ウォーーーーーーーー!」

お姉さんだ。

お姉さんは、剣を 怪物 ケムルの首に突き立てている。

お姉さんの雄叫びとともに剣が 怪物 ケムルの身体に入っていく。

でも…でも…

お姉さんの両脇に 怪物 ケムルの爪が突き刺さっている。

「ウォーーーーッ」

お姉さんは、自分の身体に突き刺さる爪など介せず剣を突き刺す力を増していく。


お姉さんの顔をよく見ると口から血が流れている。


このままだとお姉さんが死んじゃう…

自分の手を見る。

私の手には、剣が握られている。

でも、腕が動かない。

恐怖からか、腕が動かない。


動け、動け、動け、、


悪魔 デーモンの爪がお姉さんの身体の中に食い込んでいく。

「ウッ」

お姉さんの顔が歪む…

そして血反吐を吐いた。


「嫌ーーーーー!」

私は、両手で顔を覆い悲鳴をあげた。


ザッ! 


ザッ!


私の悲鳴に共鳴したかのように何かが動いた。

速い、ブレイドだけが鈍く2回光った。

そして、 怪物 ケムルの両腕を切り落とした。


誰?

…お兄さんだ。

私が手放した剣を拾い斬撃を繰り出していた。


ピチャッ、ピチャッ、ボタッ!

お姉さんの左脇腹に突き刺さっていた手が抜け落ちた。

ボタッ!

右脇腹に突き刺さっていた手も抜け落ちた。


お姉さんは、それを待っていたかの様に両腕に力を込めて剣を手前に引いた。

悪魔 デーモンの身体は、首元からおへそまで綺麗に切り裂かれた。

その裂目からヌルヌルの液体に包まれた女性が滑り堕ちてきた。

お姉さんは、剣を捨て、女性の身体を受け止めた。

やった!お姉さん、すごい。

え…

受け止めたお姉さんの身体が崩れる。


お兄さんは、寸前で、ヌルヌルの液体に包まれた女性を抱きすくい、崩れ堕ちるお姉さんを受け止め、優しく床に寝かせた。

そして、ヌルヌルの液体に包まれた女性を抱きかかえ部屋から出て行った。


え…え…えーーーー!


私は、四つん這いで、お姉さんに近寄る。

お姉さんの胸が上下している。

生きてる。

良かった…

あっ、あっ、あっ、、

お姉さんの両脇の傷口から呼吸に合わせて血が流れでる。

「ダメ、ダメ、ダメ、」

私は、辺りを見回す。

止血できそうなモノが目に映らない。

お姉さんの上半身を抱き起こし、抱きつき傷口を押さえて塞ぐ。

「お姉さんが死んじゃう。」

「お姉さんが死んじゃう。」

「お姉さんが死んじゃうよー」

目から大粒の涙が溢れでる。

「お姉さんが死んじゃうよー、誰か、誰か、」

「お姉さんが死んじゃうよー」


誰も助けに来てくれない。

どうしよう…

「お姉さんが死んじゃう。」


「わ………から…はな………」

何か聞こえた感じがした。

でも、私は、泣き続け叫ぶ。

「お姉さんが死んじゃうよー」


「わかったから、放せ!」

背後から強い力で身体を捕まれ振り返る。

お兄さんだ。

「わかったから、放せ。」

お兄さんの言葉に手を放す。

放した手が震えている。

お兄さんは、手に持っている晒でお姉さんの身体をグルグル巻きにした。

まるでミイラの様な姿になっていく。

「手伝え!」

お兄さんの声に身体がビックと動いた。

お兄さんは、お姉さんをおんぶしようとしている。

お姉さんの身体に巻かれた白い晒が赤く赤く染まっていく。

お姉さんの身体を支える。

お兄さんは、お姉さんをおんぶした。

「扉。」

お兄さんの言葉に私は、走り出し部屋の扉を開けた。

そのまま、廊下を走り、目の前に現れた扉を次から次へと開けていく。

目の前が、涙でぼやけてる。

後方から駆け寄る気迫を感じる。

私は、涙を拭いながら走る。


この硝子戸は、玄関だ。

扉を開け玄関を飛び出す。


ヘッドライトの灯りが道標になっている。

私が、乗って来た車のヘッドライトだ。

エンジンもかかっている。

車の後部扉を開ける。

「先に乗れ。」

後方でお兄さんの声がした。

私は、後部座席に飛び込んだ。

すぐに、お兄さんが、扉の前で身体の向きを変えおぶっているお姉さんを座席に降ろす。

「インナの頭を膝枕してくれ。」

言われた通り、お姉さんの上半身を起こして膝枕をする。

お兄さんは、お姉さんの脚を曲げ車に納める。

赤ちゃんの様の丸まって膝枕で寝ているお姉さん。

でも、お姉さんのミイラみたいな姿が赤く染まっていく。

「早く、早く、お姉さんが死んじゃうよー」

また、私は、泣き出した。

お兄さんは、運転席に座るとギアを入れ換えスピンターンをして車を急発進させた。

お姉さんの顔を見る。

意識があるのか、ないのかわからない。


「早く、早く、お姉さんが死んじゃうよー」


「わかったから、泣くな!」

お兄さんが、運転しながら怒鳴る。


「だって、だって、、怒鳴らなくてもいいじゃん。」


泣きながら反抗する。


「ギャーギャー、騒いでいるなら夜道に捨てるぞ。」

お兄さんの言葉にさらに泣き出す。


「うえーん、うえーん、うぅぅぅ」


お兄さんは、諦めた様に運転に集中する。

先ほどよりさらに車のスピードが上がった気がした。


窓の外を見ながら位置を確認する。

視界に断片的に見覚えのある建物や風景が流れる。

あと少しだ。


徐々に私は泣き止んでいく。

それを感じてか、不意にお兄さんが、質問を投げかけてきた。

「お前、 巫女 タンゴルか?」


お兄さんの質問に、目がまん丸になる。

タンゴル?

この言葉の意味は?

叔父サンチョンなら、すぐに教えてくれるのに。

お兄さんは、お前、タンゴルか?と言った。

私は、タンゴル?

わからない。

「わからない。」

素直に答える。

「そうか。」


お兄さんは、あっさり話を終わらせた。

えーーー、次の質問は、ないの?

タンゴルが何だか聞けないじゃん。

タンゴルて、本当になんだろう?


そんな事を考えていたら車が止まった。

お兄さんが、車から降り後部扉を開けて、お姉さんを抱え出した。

私は、直ぐに車から飛び出し、店の扉を開けに行った。


店の扉を開け中に入る。

電気が点いていなくて暗い。

確か、お姉さんは、奥の部屋から出てきた。

奥の部屋の扉を開けに行こうとしたらお兄さんが、「そっちじゃない。」

「こっちだ。」と顎で指図した。


お兄さんの指示した方向を見る。

こんなところに扉なんてあっけ?

なかった様な気がする。


扉に近寄りドアノブを握り回す。

デジャヴ?


この扉…開けた記憶がある。

部屋の中に入る。

部屋の中央にある大きなテーブル…

このテーブルは…


直ぐに、お兄さんが、入ってきて大きなテーブルにお姉さんを寝かせた。

この大きなテーブルは、診療台…もしくは、手術台…

私が、霧の中の町で見た部屋は、此所だ。

この上に女性が寝かされていた。

今のお姉さんと同じ様に。

そこまで考えたとき意識が遠退くを感じた。


私は、その場に崩れ堕ちた。

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