第6話 斫·鬼堂

波木 ハキは、足を止めた。

さっき曲がり角を曲がって戻ってきたが、私は、どちらの方向から来たのだろう?

女の人を追いかけるのに意識が集中していたので、あまり周りの外観を見ていなかった。

でも、女の人を追っていた時間は、そう長くは、ない。

叔父 サムチョンは、私を探すためにあちら、こちら移動しているだろうか?

叔父 サムチョンが、地図の看板とにらめっこしていた姿が思い浮かぶ。

叔父 サムチョンが、地図を覚えようとしていたのなら。

あの地図の案内板を中心に行動しているはず。

そして、あの地図の案内板を目印と考えるはずだ。

地図の案内板なら、商店街の人なら位置を覚えているかも。

辺りのお店の店先を見回す。

店先で、作業しているおばさんがいた。

躊躇わず、おばさんに近寄り声をかける。

「すいません。この辺に地図の案内板ありませんでしたか?」

おばさんは、作業している手を止め、私を一瞥して、「どこ見てるんだい。目の前にあるじゃないか。」と言い作業を再開する。

おばさんの意外な言葉に辺りを見回す。

おばさんのお店の前の道を挟んで向かい側に案内板が見えた。

目の前にあった…

「あっ!ありがとう御座います。」

お辞儀をして向かい側に走る。


案内板が、 叔父 サムチョンが見ていた案内板じゃないのは、向かい側から見た時にわかっていたが、地図を見れば、今の自分の場所がわかる。


地図を見る。

自分がいる目の前のお店の名前を見て、地図上からそのお店を探す。

あった。

てか、地図を見て驚く。

少しだけ移動した感じだったが、ここは、本町一丁目だ。

隣町まで来ている。

明治町は、地図の端の方の少しだけ載っている。

今、自分のいる位置と目の前の道の行き先を確認する。

どうやら真っ直ぐ行けば、明治町には、戻れる。

明治町に戻って、そこでまた地図の案内板を探せばいいかな?

よき、そうしよう。


向かい側に、見覚えのある扉がある。

離れて見て、気が付いたが、お店の看板があった。

斫·鬼堂…

石辺に オノで、しゃくでいいのかな?

石を斤で砕く事の例え文字?

鬼堂 キドウて、名字かな?


すでに何分位、そのお店の看板を見ているのだろう?


明治町には、辿り着けた。

叔父 サムチョンと別れた案内板も探し出した。

でも、案内板の前で、いくら待っても 叔父 サムチョンは、現れなかった。

気が付いたら辺りは、真っ暗になっていた。

突然、寂しくなり、続いて不安が押し寄せてきた。


お腹が空いた。


喉が渇いた。


叔父 サムチョンのリュックサックの中には、ミネラルウォーターも乾パンもあったのに。


涙が出てきた。

どうしよう。

これから。


何故だか、不意に此処には、居てはいけない衝動駈られた。


夕暮れを通り過ぎ、もう夜になろとしている。

何か、気配を感じる。

足元を見ながら歩き出す。


1歩、2歩、3歩、足元を見ながら歩数を数えて進む。

顔を上げられない。

上げたらヤバそうな何かを感じる。


107歩、108歩、ここで右折だ。

足元の先には、右に入る道もある。

合っている。

歩数を数えてながら足元を見て、ひたすら進んだ。


覚えてる歩数が終わったところで顔を上げたら昼間のイケメンのお兄さんがいたお店の前に戻って来ていた。


私が、この世界で唯一、知っている建物。


頭の中で、言葉を整理して、覚悟を決める。


向かい側に駆け寄り、扉に手をかけ開けて中に入る。


「いらっしゃいませ。」


大きい木の机で書き物をしている昼間見たイケメンのお兄さんが、そう言って顔を上げた。


暖かい。


今まで、ずっと外にいたので、寒いのが当たり前だったが、ここに入ってすごく暖かく感じる。

昼間入った時は、思わなかったが、夜になって気温がだいぶ落ちていたのだと気が付いた。


「昼間のお嬢さんだよね。」

「また来たと言うことは、今回は仕事の依頼かな?」

私を見ながら、そう言って立ち上がった。


「お願いします。今晩ここに泊めてください。」

「お金がないので、何でも、お仕事手伝います。」

「お願いします。」

頭を深々と下げて、お願いする。

お金は、持っていたが、令和の通貨はこの時代では、使えない。

「……」

「ここは、宿屋じゃないんだが…」

如何にも不機嫌な声で返答がきた。


ガッチャ。


背後で扉の開く音がした。


白地に鮮やかな紫陽花が織られている着物を着た綺麗な婦人が、現れた。

髪は、アップに纏めている。

切れ長の目が、こちらを一瞥した。

その後ろに、使用人と言った感じの男性がいる。


「いらっしゃいませ。」

イケメンのお兄さんの言葉に、私は、壁際まで下がり婦人に対して道を開け、深々とお辞儀をした。


婦人が、ソファーに腰を下ろした気配がして、頭をあげる。

使用人と思われる男性は、ソファーに座らないでソファーの後ろに仁王立ちしている。

婦人だけがソファーに腰掛けている。


イケメンのお兄さんは、テーブルを挟んで婦人の正面に座った。


「本日は、どのようなご用件でしょうか。」

イケメンのお兄さんの問いに「娘を助け出して欲しい。」と婦人が答えた。


「誘拐ですか?」

婦人の答えに直ぐに質問を返すお兄さん。


「いえ、違います。」

怪物 ケムルの仕業だと考えています。」


ん?

ケムルて、何だろう?


「これは、これは、 怪物 ケムルとは、物騒な話ですね。」


お兄さんの返答に、怪訝な顔を見せる婦人。


「取り敢えず、手付金で五円。」

そう言うと持っていた綺麗な革の鞄から財布を取り出し、1円銀貨を5枚、テーブルの上に置いた。

「娘を連れ帰ったら時には、さらに十円を差し上げます。」

婦人の話を聞いていたイケメンのお兄さんは、私を手招きして、小声で指図した。

私は、言われた通り部屋の左後ろにあるドアを開けて台所に向かった。

イケメンのお兄さんの指示は、「大至急、台所に行って、珈琲を淹れて持ってこい。」との事だ。

私に、指示をしたと言うことは、今日は、ここに泊めてくれると言うことだろうか?


珈琲の粉を探す?

あれ?インスタントコーヒーじゃないのかな?

どこにあるのだろうか?

目の前にある珈琲豆の入った瓶を退かして、その後ろにないか確認する。

ないな。

急がないと。

視界の端に見覚えのある機械が入った。

あの手動の機械は、コーヒーミルだ。

あ、珈琲豆の入った瓶が、あった。

どこだっけ?

辺りを見回す。

あれ?

今さっき、そこにあったよね?

あれ?

あ…

手に、持ってた。

本当にこんな間抜けな事あるんだね。

「はははぁ…」


計量機で豆を計り、コーヒーミルで計量した豆を挽く。

コーヒーの薫りがが辺りに漂う。


でも、さっき婦人が、出したお金は、1円銀貨だ。

ピカピカしていて綺麗な硬貨だった。

確か、大正時代の大卒の初任給は、50円~60円だったよね。

近代歴史で習ったような。

事務職が、30円だっけ、手付金と成功報酬で15円、大金だよね。

だから、私に珈琲を淹れてこいと言ったんだね。

これが、ドリッパーかな?

フィルターは…

辺りを見回す。

布巾と一緒に干してあるものに目が止まる。

お!この布かな?布フィルターだ。

あ!

お湯を沸かさないと。

ガスコンロは?

大正時代には、ガスコンロあったよね?

んーーーー。

人の家の台所は、わからない。

銀色の水筒らしきものがある。

手に取り蓋を開ける。

Nice!

これ、魔法瓶じゃん。

魔法瓶からお湯をドリップポットに移す。

準備OK。

珈琲を淹れる。

喫茶店でバイトしてて良かった。

マスターが、教えてくれた珈琲の淹れ方が、役に立ちましたよ。


「どうぞ。」

テーブルに珈琲を置く。

イケメンのお兄さんに言われた通り小さいミルクポットにミルクと角砂糖を3個添えてある。


お盆を後ろ手に持ちながらまた、壁際に立つ。

ケムリて、何だろう?

話の続きが聞きたかった。


「お話通りなら、人の仕業だとは、思えませんね。」

「では、何時から捜査しますか?」


かなり話は、進んでいるようだ。

婦人が、珈琲を飲みながら考えている。


「今から。」

今から?

「わかりました。」

わかったの?

イケメンのお兄さんは、そう言うと立ち上がり上着を着た。

そして、大きな木の机の置くにある扉をノックした。


「仕事ですか?」

ノックした扉から背の高い女性が現れ、お兄さんにそう尋ねた。

「そうだ。仕事だ。」

「ちょっと今回は、厄介そうだ。」

「アシュ、ヴィンは、まだ戻って来ないのか?」


「戻るのは、明日の予定です。」

こちらのお姉さんも目鼻立ちがハッキリしていて端整な顔立ちだ。

お兄さんは、眉目秀麗で、お姉さんは、容姿端麗。

正に美男、美女だ。

類は類を呼ぶのなか?


「俺は、車を表にまわす。」

「準備をしてくれ。」

「荷物持ちに彼女を使うといい。」

そう言ってお兄さんは、私を見た。


「よろしいですか?」


お兄さんは、婦人に近寄り声をかけた。

婦人は、ちょうど珈琲を飲み終えた。


「美味しい珈琲だったわ。」

誰に言うでもなく婦人は、言った。


「行きましょう。」

婦人は、ハンカチで口元を拭き、立ち上がった。

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