第4話 岩屋

波木 ハキ、 開けて。」

大きなリュックを背負った叔父サムチョンが、木格子の扉の前に立っている。


どうやら、テレビを見終わったようだ。

でもあの大きいリュックの中に何が入ってるのだろう?

叔父サムチョン その中、何が入ってるの?」

大きいリュックを指差す。


「これか、これは…」

そう言うと叔父サムチョンは、リュックを下ろし、床に座り込みリュックの中身を取り出し始めた。


「ロープ、ヘルメット、ライト、乾パン、飲料水等々。」

リュックの中からは、洞窟探検隊の様な品物が出てきた。

オレンジ色とカーキ色のヒモが織り込んであるロープ、ハンマーに楔もある。

叔父サムチョン、どこかの洞窟にでも行くつもり?」

一瞬、叔父サムチョンは、怪訝な顔をした。そして、「だろう?」と言った。


私は、思わず言った。

叔父サムチョン、蔵の探索だよ。」

自分の言葉に、蔵での出来事が、映像で再現された。

誰もいない、霧が立ち籠める街…

左右に並ぶ家々…

一軒だけ扉が開いていた…


「蔵は、入口にすぎない。」

叔父サムチョンは、私の思い出した映像を見たかの様に言った。


「確かに、でも、あそこは、街でしょ?」

叔父サムチョンに、私が見た場所を確認する。


「街…か…」

そう言うと叔父サムチョンは、少し考え込んだ。

そして、「 波木 ハキは、蔵から街に行ったのか?」と質問してきた。


私は、頷いた。


「すごいな。さすが、巫女の末裔。」

叔父サムチョンの言葉に当たり前のことを言い返す。

叔父サムチョンも、末裔じゃん。」


「ん?俺、男だよ。」

「巫女じゃないと入り込めない場所が在ったんだ。」


叔父サムチョンの言葉に戸惑いを覚える。

叔父サムチョンは、蔵から何処に行ったの?」

叔父サムチョンは、街を知らない…


「ん?多分、島の裏側の岩場。」


「島の裏側の岩場て、断崖絶壁にある洞窟の事?」


「そう。」


竜や天女伝説がある洞窟だ。

確か、天から舞い降りた女性に竜が、恋をする話だった様な。


私のいる神社は、絵に書いたような島にある。

海岸線から橋で渡ればすぐに着く距離にある島だ。

海岸線側からは、格好のスケッチ風景だ。


島の裏側の洞窟は、断崖絶壁の上の方に口を開いている。

島の中腹辺に入口が、ある。

富士五湖に繋がっていると言う噂もある洞窟だ。

あの洞窟に蔵から行けるのか?

どうやって?

て、じゃー、私の見た街は、何だろう?


波木 ハキ、とりあえず、蔵に行ってみよう。」

「だから、この牢獄の鍵を開けてくれ。」

叔父サムチョンの言葉に、私の思考を止められる。


手に持っている大きい鍵に視線を落とす。

叔父サムチョンを見る。

叔父サムチョンの視線も鍵を見ている。


木格子に付いている大きい錠前に鍵を通す。

閂が外れた。


叔父サムチョンを先頭に螺旋階段を上がる。

階段を上がりながら、叔父サムチョンに、中庭のことを聞こうか考える。

でも、もしも、叔父サムチョンが、中庭の存在を知らなかったら、中庭が消えてしまう…

何故か、そんな感情に襲われて、聞くのを躊躇う。


波木 ハキ、蔵の何処に、街に行ける扉がある?」

不意に叔父サムチョンの質問が飛ぶ。


「解らない。」

素直に本当の事を言う。

反対に質問を返す。

「岩場への扉は、何処にあるの?」


「ん?」

「2階の奥。」


すんなり回答が、帰って来た。

2階の奥?

2階の奥に扉なんかあったけ?


螺旋階段を上がり、地上に続く洞窟の通路を歩く。


足元がひんやりする。

視線を足元に向ける。

霧が足にまとわりつく。

廊下の板と洞窟の壁の隙間から冷気を帯びた霧が上がっている。


今まで、この廊下を歩いている時に、霧なんて見たことないよね。


霧…蔵での出来事が、一瞬、脳裡をかすめる。

不安になり、前を歩く叔父サムチョンのジャンパーの裾を掴む。

叔父サムチョンは、気にもせずに前に進む。


長い洞窟の廊下が終わり地上の渡り廊下に出た。


確か、叔父サムチョンを出しに牢獄に向かった時は、あんなに晴れていたのに、今は、靄がかかっている。

いつもと違う感じの神社に見える。

てか、今、夏だよね?

何か、肌寒い。

視界が悪いのに、叔父サムチョンは、スタスタ歩いて行く。

絶対に叔父サムチョンのジャンパーを離さない。

ジャンパーを掴む手に力が入る。


「着いたよ。」


どのぐらいの間、叔父サムチョンのジャンパーの裾を握り締め歩いていたのだろう?

気がつくと両手でジャンパーの裾を握ってるし。

いつの間に両手で握った?

最初は、右手だけだったよね。


て、何処を通って此処に来た…け…


てか、着いたよ。て…

ここ、蔵の1階だよね。

漆喰の壁、薄暗い室内。

平然と並んでいる書物。

積み上げられた書物もある。

何時の間に、蔵に入った?


目の前にいる叔父サムチョンを見つめる。


いつもの叔父サムチョンだ。


「さて、とりあえず、岩屋の入口に行ってみるか?」

叔父サムチョンの言葉に頷く。

叔父サムチョンは、楽だ。

言葉を出すのが面倒なとき、頷いたり、首を振ったりして、答えても、笑顔で返してくる。

今も、「じゃー、行こう。」と楽しそうな顔を見せた。

叔父サムチョンの後に続き、年代物の木製の階段を上がる。

蹴上は、高く、踏み面は、広い。

大男が使う様な大きさの階段だ。

年代物らしいが、軋む音などしない。

頑丈そのものの階段だ。

2階にも沢山の棚があり、書物や木箱が整然と並んでいる。

叔父サムチョンの後を追う。

建屋の北側かな?

この辺りは。


壁の目の前で叔父サムチョンが、止まった。


壁の左角2m位の高さのところを拳骨で、コンコン叩いている。

続いて壁の右下の角をやはり拳骨で、コンコン叩く。

今度は、左角2m位の高さのところを拳骨で、コンコン叩く。

そして、左下の角を拳骨でコンコン叩いた。


ギィィィィー


木の軋む音と共に壁が動いた。


「えーーー!」

思わず声が出た。


叔父サムチョンは、笑っている。


壁の一部が4分の1回転して、壁の裏側に入れる。

こんな造りが、存在してたんだ。

忍者屋敷みたい。

からくり部屋だ。


しかし、よく、叔父サムチョンは、こんな壁の仕掛けを探し出したな。

叔父サムチョンは、リュックから懐中電灯を取り出し、点灯して壁の裏側に入る。

続いて私も入る。

暗い。

懐中電灯で照らされたところだけしか視界がない。

懐中電灯は、私達の足元を照している。

足元から先に懐中電灯の光が進む。

「階段だ。」

此処は、踊場で、すぐ目の前に下に向かう階段がある。

木製の古い階段だ。

私の言葉に、私が状況を理解したことを感じ、叔父サムチョンは、階段を下り出した。

叔父サムチョンの後に続く。

階段を下りながら思う。

長い…

1階から上がってきた階段よりも、もっと下っている。

地下に続いているのかな?

考え事をしながら階段を下りていたら、突然止まった叔父サムチョンに激突した。

「痛い!」思わず声をあげる。

丁度、叔父サムチョンの肩甲骨に頭突きをしてしまった。

「ごめん。大丈夫か?」

叔父サムチョンが振り返り声をかける。


「うん。大丈夫。」


「此処?」

叔父サムチョンの背中越しに扉が見えた。


「そう。」

叔父サムチョンは、一言そう言うと扉に向きなおして、扉に手をかける…

叔父 サムチョンの動きが止まった。

次の瞬間、半回転して、私と体の位置を入れ替えた。


波木 ハキが、 開けて。」


「私が?」


「そう。」

「多分、俺が、開けたら100%岩屋行きだから。」


「でも、岩屋の探索でしょ?」


「ん?蔵の探索だよ。」

「俺が、開けたら岩屋だけど、 波木 ハキが、 開けたら街かもしれない?」


「まさかぁ」

思わず苦笑いする。

気軽に扉を開けようとしたら。

叔父 サムチョンが、止めに入る。

「待って、待って。」

「危ない、危ない。」


「どうしたの?」

焦る 叔父 サムチョンの顔を見る。

波木 ハキと繋がってないと。」


「ん?言ってる意味わからんよ。」


波木 ハキが、入ったあと俺が、入っても、同じ場所に行ける保証がない。」


「入口が1つでも、出口が複数あると言うこと?」


「そう。その人が行けるそれぞれの場所に飛ばされる可能性がある。」

波木 ハキと同じ場所に行けるよに体をロープで繋ぐか。」


「大袈裟だよ。」

叔父 サムチョンの手を取り扉を開けた。

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