終わりだけ

 暗い部屋は二人のためにある。星間遊泳は遠い過去、閉じた部屋で二人は肩を寄せ合っている。ベッドから出た少年は、メガモドリトンよりも大きなスクリーンの前に立ち、かつて二人で訪れたナルベクカを映しだす。少年は目を細め、ガラス天井越しに空を見た。その空は、まるで汚れたことないように清廉で、少年は頬を緩めた。

「遠くからだと、何でも綺麗に見えるよね。でも、ナルベクカは、とにかく汚染が酷かったね。『涙』は回収できたからよかったけど、あと5分あの星にいたら、今頃二人で産業廃棄物と一緒にスペースデブリになっていただろうね」

 少年の独り言かあるいは語りかけか、判別のつかない言葉で部屋の中で響く。スクリーンが切り替わり、トッカッケが映される。それを見た少年は、その国の皇女(本人は弟に継承権を譲りたがっていたが国民、そして神々が許さなかった)のことを思い出した。

「タオキシさん元気かな。まあ、あの人だからなんやかんや上手くやってるだろうけれど。……クレメを一気飲みする悪癖は治って……ないだろうな」

 体に似合わぬジョッキを持って一息に中身を飲み干す姿はもはや国の名物となっていた。側近は品がないと顔を顰めていたが。

 そうして、スクリーンに出てくる星々について二人は語り合った。たとえ言葉を発するのが一人だけでも、少年からすればそれは確かに会話だった。会話を重ねていくうちに、少年の声に湿り気が混じり始めた。やがて少年は話せないほどに喉の奥を震わせていた。彼はベッドに戻ると、残酷なほどにあの日々と変わらぬ美貌を見せる彼女の、細かい傷の無数についた手を握った。

「こんな時に、気の利いたセリフの一つでも言えれば、かっこよかったんだけどな」

 すると彼女は、微かに口角をあげて、シーツの擦れるような音で囁いた。

「君らしくないよ。君はいつも真っ直ぐじゃなきゃ。『精神の柱』を建てなおしたのも、僕じゃなくて君だ」

 精神の柱、彼女の母星がねじ切れそうになった原因。彼女との出会いを思い出して少年は、また表情を崩した。

「あの時は、手ひどくやられたな。ほらここ、今でも跡になってる」

 そう言って上腕の銃創を見せると彼女は眉尻を下げた。

「あれは……しょうがないよ。君が人間なのが悪い」

「人種ばかりはどうしようもないからなあ」

「なに、テラフォーミングすればいいのさ」

「その起動式に間違いがあって文明がほぼ壊滅したのは、誰の星だっけ」

「わからないな。少なくともうちじゃないことだけは確かだ」

 そんな軽口を叩きあっている。やがて、彼女の返答が遅れ始める。少年は気が付かないふりをする。そうしているうち、彼女は不意に彼を手を強く握った。

「どうしたの?」

「最後のおまじない、させて?」

 少年の沈黙は、是を表していた。彼女は天の川のような煌めきを放つ髪の一本を、震える手で抜くと、口に入れた。数度噛み、吐き出し、ゆっくりとゆっくりと彼の手首に結んだ。それを見届けた彼は、同様に髪を抜き、食み、そして彼は彼女の口に入れた。

 そして、言う。

「いつまでも」

 どちらが言ったのかはわからない言葉が宙に溶けると同時に、彼女は逝った。彼女が人間だったら、遺体の一つも残ったのに、とぬくもりだけを残すベッドを見て、少年は思った。

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