私から手放そう
始まりなんてものはわからない。ただ、今確かに血を流しているのだ。胸に抱いて鋭く熱いそれが、私を貫き、血を流させる。そして空中へ放り出された血は瞬く間に凝固し、鋭利な棘となった。血の氷柱が私を刺す。そして、血を流す。
何度このループを繰り返しただろうか。私は一生、この拷問のような日々を続けなければいけないのだろうか。私は、それが恐ろしくなった。たった一度の人生が、痛みと血に占有されてしまうなんて。
だから、私は手放すことをした。もう、痛みを生む血を止められないのなら、体内に迸る熱い血潮を、全て手放すことにした。私は、熱に体を震わせながらも、深く深呼吸をして、深い海に飛び込んだ。冷たい海だ。そこでは、何かもがソリッドにならず、曖昧に解けていってしまう。私は、久々の冷気に安堵する。そして、この血潮を駆け巡らせる心臓を体内から抜き去った。心臓がなければ、血流もない。すなわち、もう血に怯えることはないのだ。血液循環がないから、体内の血を全て捨て去ることは難しくなったが、傷口から漏れ出した時に拭えば良い。その程度なら、少し甘いものを食べればどうとでもなる。
そうして、私は血と別れを告げた。周囲の人は、私を不気味に見たり、反対に好ましく思ったりした。けれど、そんなことは少しも重要ではない。重要なことは、私はもうあのループに陥らないということだ。
そのことによって、何か大切なものを失ったのかもしれない。ある人々は、血がない人間など人間の形をした何かだと言う。
だが、私の中には、冷たい海水が流れている。血を吐き出したら、同じだけ、水を入れるのだ。うんと冷えた水を。
今、世界はホットだ。皆、血の槍で刺したり刺されたりしている。でも、そんなことして、ほんの少しでも優しい日々は近づいたかい? 心通わせられる友人と、木漏れ日に肩を寄せ合うような、優しい日々は。
もう、始まってしまったのだ。でも、お互いに作用し合うなら、もう始まりなんてどうでもいい。私から、私たちから手放すのだ。私たちから許すのだ。私たちから、怒りと距離を置くのだ。
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