よく澄んだだけの祈り
彼女の土下座。
それだけが記された紙がある。安っぽいパルプ紙で、粗雑に置かれていたのだろう、端はよれたり破れたりしていた。
私は、何か酷く傷ついたような気がした。それは、信仰する神が踏みにじられたときのものによく似ている。もはや怒りや絶望すらなく、その傷そのものが自己と化してしまうほどの、強烈な欠乏。
私は、ゆっくりと微笑んだ。胸の奥は、風に吹かれた麦畑のように、わずかに動揺していたが、苦痛はなく、むしろ在るべき姿に戻った気さえしていた。氷が溶けるようだった。
私は腰をあげた。ここから出なくてはいけない。いや、逆か。そこに入らねばいけないのか。私の後悔を、手放したが故の後悔が漸く報われるときが来たのだ。ここを一歩出て、そこに半歩入る。そうして、彼女に合わせる顔ができる。あの日背けた顔は、ぐしゃぐしゃになって、これではないと叫んだけれど、違うのだ。それしかなかったのだ。どれほど泥にまみれようとも、彼女の血が拭えずとも、それしかないのだ。
私は、最後にもう一度パルプ紙を見た。そこにはもうただの文字列はなく、映像が写されはじめていた。まだ砂絵のようだが、直に確かなものとなる。
私は一つ息を吐き、扉を開いた。そして、ここから一歩、そこへ半歩。
「あれ?」
私は落ちた。ああ、そうか、足の裏は見えないのだった。
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