鈍く清い彼ら
絶望と向き合う覚悟が出来たような気がした。以前は火鉢みたいに熱く弾けていた絶望は、経年劣化し、春先の陽気の姿を見せはじめていた。
こうなると、己が変化したのか、絶望が変化したのか、わからなくなる。ただ確かなのは、もう痛くない。晩年の小説家がペンに手を伸ばすように、絶望に触れる。少し心がざわつき、それだけだ。不思議と、幾何かの寂寥感が胸に溜まった。
「大人になったんだな」
気づくのはいつだって、終わった後。見える道を慌てて進んで、見えない足の裏は忘れ去られていく。こんなもの悲しい事実にも、胸は震えず、ただ淡々と、水車のように息を吸って吐く。
掌の上の絶望は、子犬のように顔をもたげ、こちらを見た。それは、何かを求める目であった。恐れていたものすら、姿を認めれば、私と同じく完全に不完全な存在だった。
「もしかしたら、絶望とは、汚染なのではないのでしょうか。無垢であるからこそ、恐ろしい。処女が何処までも夜を恐れるように、痛みを知らないからこそ痛むそれを忌避するように。
けれど、神は我々に祝福をくださいました。それは老い。望むとも望まざるとも、それは等しく与えられ、我々は等しく汚されます。老いること、それは神が我々を犯すこととも言えます。この上なく悪辣な祝福が、我々に、絶望に対する処女性を取り払うのです。
それを私たちは大人になるというのです。大人になった者よ、その肉体の絶望を認め、人生の絶望を慈しみなさい。
絶望は誤解されてきました。もう一度、見て、その手を伸ばして、掲げてみなさい。
それでも絶望を獅子と呼べますか?」
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