人と膿
腐った精液のような臭いがした。私は少し目を背けて、しかしやらざるを得ず、手を差し込んだ。人が皮膚というオブラートに包んでいる生そのものが、確かな感覚となって感じられた。
しかし、それは余りにも不愉快だった。入ってこないよう口を閉じようかと思ったが、臭いと感触とに何度かえずてしまった。濁った唾を吐く。口内では腐敗臭と先ほど食べたパンケーキとが混じりあって、口蓋を千切りとって投げたくなるような思いだった。
仕事とは言えあんまりだ。
その後赤黒く蠢くそれを処理した私は、全身を炎で焼き、滅菌室を通ってエリアから出た。今日の作業日記を書きながら上司に愚痴る。
「後どのくらいでこの仕事を終えられるんだか」
上司は困ったように笑い、私を励ました。
「残りほんの五百年だ。もう六千年やってるのだから、それに比べたら本当に少しだろう?」
「わかってますけどー」
私は隣の施術室を思い浮かべて、ため息をつく。
「人間の固定を何で私たちが……」
「そりゃ、彼らは生にも死にも勝手に動いてしまうからね。その上その二つの状態しか知らない。だから私たちが固定してあげないと」
私は口を尖らせる。
「わかってますけどー」
子供みたいに文句ばかりいう私の肩を上司がたたく。
「気持ちはわかるけど、世界を滅ぼす訳にもいかないだろう?」
私はしぶしぶ頷く。しょうがない。人間が産まれる以上はしょうがないのだ。どうにもならないことを嘆くより、さっさと仕事を終わらせて一杯呑みに行こう。そう決めた私は翌日分の人間の下処理を始めた。
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