おしゃべり

 あまり明け透けな物言いは好きじゃないんだ。怖いからさ。だからいつも遠回しな、鶴の説明するために折り紙を引き合いに出すような、そんな言い方をしてる。

 というのも、感情はグロテスクだから。

 私はね、感情が恐ろしいんだよ。

 いつだったかな、酔いがまわったオジサンが電車でくだをまいていたんだ。そりゃ、皆、距離をとるよね。そこには、嫌悪とか、恐怖とか、あとオジサンの怒気が充満していた。


 そこで、私は何をしたと思う?


 違う違う、泣き出しちゃったんだよ。とにかく怖くて、喉の奥がぎゅうとなって、目からポロボロ涙をこぼしちゃったんだ。


 ううん、オジサンじゃない。いや、正確にいえばオジサンだけじゃない。空間を満たしていた感情が恐ろしかったんだ。もちろん、オジサンのたがの外れた怒気もあるさ。けれど、それ以上に乗客がなんの躊躇いもなく発する嫌悪感が怖かったんだ。

 キミは随分前に、嫌いな人はいないのかと聞いてきたね。

 教えてあげよう、答えは「いない」なんだ。

 まてまて、私は聖人君子じゃない。そりのあわない人も当然いるよ。私の兄とか。……ごめん話がずれた。

 いや、本当に気にしないで。本当に。うん、話を戻そう。

 そりがあわない人は苦手な人なんだ。そう。苦手。苦手と嫌いには雲泥の差があるでしょ? 違い? 攻撃性の有無かな。まあ、あくまで私の区分だけど。知らないよ、広辞苑でも持ってくればいいだろう。

 それで、私の心には攻撃性はないんだ。ないよ。ないってば。この、後輩のくせに! ほら、ないだろう? わかればいい。

 それで、感情、とりわけ怒りや嫌悪には常に攻撃性が含まれる。これが怖いんだ。だから泣いてしまった。説明されれば単純な話だろう?。そこにある攻撃の兆候が怖いから泣いた。

 そりゃ、純粋に感情のダイナミズムが怖い人もいるだろうけれど、私は人々が容易に攻撃性を提示できることのほうが怖い。

 うるさいな、私のはキミだけに向けられたものさ。よかったな、私のオンリーワンだ! 喜べ!

 ……喜べよ。よろしい。

 それで、人々がそれに気がつかないことも恐ろしい。自らの嫌悪感が攻撃と同じレールを走っていることに、彼らは気がつかないんだ。私からすれば、そういった感情の発露は、銃に手を掛けるのと同じ行為だよ。大事なんかじゃないさ。怒りは闘争への助走さ。

 だから、私は常に、綿の上のビー玉のように心を穏やかに美しく保っているのさ。


 わかったかい? そう、残念だ。じゃあ……わかった、文句は明日聞くよ。どうせ来るんだから。

 ん? 未来? 当然見えるよ? 冗談。それじゃあね。また明日、ここで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る