ナイフと傷

 ある老婆は言う。


 胸に刺さったナイフを抜けずにいます。

 けれど抜いた瞬間、血が吹き出して私は死ぬでしょう。

 水分を失った肌に赤黒い蚯蚓が這い、足は三日月のように尖っていました。


 それでも、私は十全です。


 あなた方のような、若い、乾いていない方々にはわからないでしょう。ナイフがない方がいいでしょう。あなた方はぜひともそうしてください。


 けれど、私たちのナイフまで触れないでください。


 あなた方の身体のためにナイフを内包させられた私たち。

 引き抜けば死ぬというのに、あなた方は嬉々として……いや、逼迫したような顔をしてグリップに手をかけるのです。


 もう塞がらない傷を晒すことが、加害者の罰のため被害者が死ぬことが、正義だというのなら、私は小さな庭で独り死んでいきます。痛みも孤独も、胸のナイフも抱き抱えて。

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