第4話 此の燈燭(とうしょく)の光を共にする

目の前の現象に、驚くよりほかなかった。どうして大戸がここに存在しているのか、幽霊なんてものが実在するのか。色々なことを思ったが、言葉は自然に口から出た。

「…墓石の上に座るのは良くないと思うぞ」

「あははは!死人に会って一言目がそれなの?もうちょっと情緒的な言葉でもいいんじゃない?」

ものすごく元気な死人のようだ、よく舌が回っている。

「悪かったな、風情がなくて。…いやその前に、お前は何者だ」

「おーちゃんのよく知っている、大戸花凜その人だよ。死人だけどね」

「死人が喋ることを当たり前のように進めないでくれ、頭が痛くなる。それじゃあなんだ、お前は幽霊なのか」

「まあそんなものだと思ってもらっていいよ。足もしっかりついてるけどね」

幽霊だったら無問題という訳でもない、と頭の中でツッコんだ。もはや、人は超常現象に相対すると思いのほか脆いんだな、と勝手に悟り始める程に、こんがらがってきた。

「…訳が分からん」

「うーん、私も正直なんでここにいるのかは分からないんだよね、いつのまにかいたというか。でもまあ、いいじゃない。ここに私がいるってだけでさ。それが全てだよ」

「そんな思考停止な考え方でいいのかね」

「いいと思うよ、きっと」

とりあえず、俺は考えることをやめ、大戸と共に下宿に戻ることにした。本人がここにいる以上、供えるのもバカバカしい話と思い花を持ち帰ろうとしたが、いつのまにか花は消えていた。

下宿に戻って、大戸を部屋に入れた。自分の家に人を入れたことはなかったため、とても新鮮な気分だった。とりあえず俺たちは向き合って座った。

「まあ…なんだ。改めて、久しぶりだな、大戸」

「うん、ただいま、おーちゃん」

「ただいま?」

「おーちゃん、私を見送るときに、行ってらっしゃいって言ったでしょ?行ってらっしゃいには、ただいまがないとダメなの。だから、ただいま」

大戸が、ただいまと言ってくれるだけで正直泣いてしまいそうになるが、一応体裁は保つために堪える。

「ああ、おかえり、大戸」

もっと喋りたいことがあるはずなのに、何故か上手く言葉にならず、俺は何も話せなかった。それは大戸も同じらしく、気まずい沈黙が少し続いた。

「そうだ、昼飯作らないと。大戸は…飯って食えるのか?」

「多分食べられるよ。物にも普通に触れられるし、他の人にも見えるっぽいしね」

「じゃあ適当に作るよ」

そう言って俺は昼飯を作り始めた。飯を作れない人間には欠かせない料理、伝家の宝刀チャーハンである。ネギや肉を切っていき、卵を溶いてご飯と一緒に混ぜていく。うん、美味そうだ。

「それにしても、おーちゃんも一人暮らしで、ご飯も作ってるなんてね。なんだか似合わないね」

「酷い言われようだと思うな、それは」

「あはは、ごめんごめん。でも、おーちゃんの作る料理か。楽しみだなあ」

完成したチャーハンは別に大したものでもなく、小学生でも作れる代物だったが、大戸は美味しい美味しいとバクバク食べていた。…死んでも食欲は失せないらしい。

その後は大戸とゲームをして遊んで時間を過ごした。一年間過ごしたことのなかった牧歌的時間に、俺は久しぶりに幸せな気分になっていた。ずっとこのままでいいのにな、と思った。

そうしている内に時間はあっという間に過ぎていき、時刻はもう六時になろうとしていた。既に日は落ちていて、部屋は段々寒くなっていった。夕飯をどうしようかと考えていた俺に、大戸が突然言い始めた。

「おーちゃん、小学校にいかない?」

「また随分と唐突だな、どうしたんだ」

「私たちが通っていた小学校は高校の時に廃校になっちゃったでしょ?だからこそ、今行っても入れるかなって思ったの」

「校舎の中にってことか」

「うん。私、おーちゃんとまた学校に行きたいの」

そう言われては俺も断ることが出来ない。惚れた弱みである。

「分かったよ、大戸。一緒に行こう。夕飯はコンビニのおにぎりでいいか?」

「うん、ありがと。それに、そっちの方が美味しいと思うしね」

「どういうことだコラ」

そんな冗談を交えつつ、俺たちは様変わりしてしまった故郷に再び出発した。二度と来ることは無いと思っていたが、思ったより早く帰ってきてしまった。とりあえず駅に着いた俺たちは、小学校に向けて歩いた。空は雲が立ち込めており、何か降りそうな気配だった。駅から小学校の距離的はそれなりに遠かったが、大戸と喋りながらだったからか、あっという間についた。

廃校となった小学校だったが、外観は思いのほか変わっていなかった。とりあえず学校の中に入って、暗い校舎内を、スマホのライトを頼りにして散策した。まさしく学校探検である。そうして、かつて俺と大戸が一緒にいた六年生の教室にたどり着いた。教室の電気を付けると、あの頃の教室が蘇ってきた。黒板やロッカーなど、全然変わっていなかった。教室の隅のシミも、いつからあるか分からない壁の落書きも、そのままだった。

「わぁ〜、懐かしいねおーちゃん」

「…ああ」

大戸は無邪気に教室内を歩き回っていた。昔と同じところを見つけては、俺に報告していた。だが俺は、過去の思い出そのままのこの教室で、ただ呆然と立っているだけだった。思い出に、潰されていた。

「おーちゃん、どうしたの?ボーッとして」

「ああ…まあ色々とな」

そう言って俺は壁にもたれて座った。楽しい思い出は、時に人の心を殺す凶器にさえなりうるものだな、と実感していた。

「ここにいた時とかは、やっぱりすげえ楽しかったんだよな。大戸もいて、友達も沢山いて…。とにかく満たされていたんだ。それは素晴らしいことだけどさ、今の立場から見るとあまりに眩しくて立ちくらんでしまうんだよ」

「おーちゃん…」

「もちろん、俺だって分かってるさ、過去にどれだけ焦がれたところで戻ることは出来ない、思い出は何も語ってくれないって…。でも、俺には過去にしがみつくしかないんだ」

大戸の前だからだろうか、墓の前の時よりより一層素直に自分の気持ちを吐いていた。そうしていたら、涙がとめどなく溢れてきた。

「俺は…どうすれば良かったんだ」

俺は墓の前と同じ言葉を呟いた。

そこまで聞いた大戸は、俺に優しく微笑んで言った。

「おーちゃん、屋上にいかない?」

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