第2話 征人容易に郷愁を惹く

大戸花凛は近所に住んでいた女の子で小学校、中学校、高校とずっと一緒に過ごしてきた俺の幼なじみだった。大戸はとても明るい奴で、いつも友達と笑いながら喋っていた。お淑やかなんて言葉は合わず、とにかく活発だった。運動して、たくさん食べて、たくさん話して、たくさん笑っていた。男にも女にも一定数の友達がいて、好かれる奴だった。人前で話すことが上手で、学級委員をしたりと、とにかく魅力的な女の子だった。俺はそんな大戸と男女の垣根を超えた友情を抱いていたが、そこに恋心が入っていったことは当然の道理だろう。もちろん、相手側にそんなことは思っていなかっただろうし、告白するような勇気もなかった俺は、親友の距離に甘んじていた。現状維持。それだけでも楽しかったし、幸せだった。

転機か来たのは、高三の冬だった。俺は、大戸が地元である東京を離れて関西の大学に行くと、合格してから聞いたのだ。彼女が常に近くにいるという日常が、もう一ヶ月程度で終わりを告げる。その現実に俺は強く衝撃を受けた。俺は東京の大学に進学することが既に決まっており、距離が離れれば関係も疎遠になってしまうことは想像に難くない。

俺はその時、分の悪い賭けをすると決心した。




俺は旅立つ大戸を見送るために、バスターミナルまで来ていた。

「駅まで送ってくれるなんて、おーちゃんもいい人だね。他の人たちは来てくれないし」

「今は夜だし、この前お別れ会やったからだろ、多分。それに、小中高と12年の付き合いだし、来るのは当然だよ」

「…12年かあ。長かったけどあっという間だった気がするね」

そうして俺たちは多くの思い出を語り合った。一緒に登校してた時のこと。二人で街に遊びに行ったこと。テストで点数を競い合ったこと。思春期特有のナーバスな状態になって、お互い遠ざかってた時のこと。毎日すごした学校のこと。学校の裏山に登ったこと。

喋っても喋り尽くせない思い出話が、お互い次から次へと湧いて出て、中々話が終わらない。色んなことが沢山あったけど、とにかく楽しかったと言える12年だった。

そうして長いとも短いともとれる時間は過ぎ、大戸が乗る長距離バスの乗車時間になった。

「あはは、これだけ喋ってもまだ喋り足りないや」

「そうだな、時間が足りないとここまで思ったのは初めてだ」

「…もうそろそろ、行かなきゃだ。おーちゃん、私がいなくなっても泣かないでね」

「そりゃ無理だ、三日三晩は泣いて過ごすつもりだからな。大戸こそ、泣くんじゃないぞ」

「私は一日しか泣かないよ」

拡声器で、大阪行バスの客へ乗車が促されている。いよいよ、大戸との別れの時間がやってきた。そしてそれは同時に、俺の勝負の時間でもあった。

「…じゃあ私行くよ。本当に名残惜しいけど」

バクバクと心臓が動いているのが分かる。人生でここまで緊張したことは無かった。だが、もう俺はやるしかないのだ、と自分に言い聞かせ、一か八かの博打に身を委ねた。

「ち、ちょっと待ってくれ!」

「ん、なに?どうしたの?」

「その…なんていうか…」

きょとんとした顔で大戸は俺の事を見ている。少しは察してくれたらやりやすいのにな、と思いながら俺は大戸の目を見て言った。

「…俺は大戸のことが好きだ。俺と付き合って欲しい」

あまりの恥ずかしさに体が燃えてしまいそうだった。だが、自分がきちんと告白をしたという達成感にも似た爽快感が俺を包んだ。後はもうなるようになれ。そう思いながら大戸の返事を待っていた。

「えっと、あの、なんだろう…。とりあえず、おーちゃんありがとう。すごく嬉しいよ」

「そうか」

「正直に言うとね、すごく驚いちゃってなんて答えればいいか分からないんだ。おーちゃんの真剣な気持ちに、今パッとちゃんとした言葉が浮かばなくて」

「それは…そうだろうな」

「だから…少し待ってて欲しいんだ」

「待つ?」

予想していなかった答えに少し驚きつつも、大戸の言葉を聞き続ける。

「うん。バスの中でしっかり考えて、あっちについたらおーちゃんに電話する。そこで私の返事を言うよ。…それでいいかな」

「もちろん。すぐに断られないだけいいってもんだ」

「あはは、ありがと」

笑ってそう言った大戸に、俺は微笑み返す。

「こちらこそ。出発前に突然悪かったな」

「ううん、全然。嬉しかったよ、本当に。…じゃあ、行ってくるね、おーちゃん」

「ああ、行ってらっしゃい。いつでも帰って来いよ、大戸」

大戸は俺に背を向けて、バスへと走っていった。俺は、その後ろ姿をずっと見ていた。

こういうのが青春っていうんだろうな、と二度と味わえないであろう甘酸っぱい味を噛み締めた。

バスが出発したのを見届けた俺は家に帰り、さっき起きた事を考えていた。大戸は、俺の事を拒絶しなかった。それだけでも嬉しかった。それに、俺も怖さに打ち勝って告白できたという嬉しさもあった。今は賭けの結果よりも、賭けをしたという事実が自分を喜ばせていた。

明日には大戸から返事がある。とはいえ、告白して、最後に笑ってさよならが出来た。それを思ったら、もしかしたらうまくいくんじゃないかと考えることが出来た。もし振られたとしても、後悔は無い。大戸の返事を心待ちにして、俺はその日眠りについた。

次の日、大戸からの返事は来なかった。


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