雪日幽歌
@axel04
第1話 花発(ひら)けば風雨多く
「先生、レポート提出しに来ました」
「はいはい、そこのボックスに入れてね」
そう言われ、入口横のボックスにレポートを入れた。冬休みの時間をかなり喰ってくれたこの課題だが、提出する時は呆気ないものだ。それにしても、いつ来ても先生の部屋は書類が散らかりっぱなしだ。それに加えて趣味でやっているらしい植物栽培の鉢植えの数もどんどん増えてきている。年跨いでいるんだから大掃除すれば多少はマシになるだろうに、と思う。
「そういえば大野くんは明日の成人式どうするんだい?」
「う〜ん、行くかどうか迷っているんですよね。まあ俺のことですし最終的には多分行かないんじゃないかなって思ってますけど」
大学生になって一人暮らしを始めた俺は、家族仲もそこまで良くないため、正月も実家には帰っていない。とはいえ、地元にはそれなりの愛着はあり、成人式を理由に帰省するのも悪くは無いと考えている。ただ、それだけで帰られるほど俺の人生は素直じゃないのが悲しいところだ。
「私は成人式に絶対出るべきとは思ってないからね、出席しなくても別に咎めないけど…墓参りはしても損は無いと思うよ」
「…ええ、そうですね」
「君は1回も墓参りしてないんだろう?気持ちは察するけれど、一度してみると色々変わってくるんじゃないかな」
「考えておきますよ」
全く心のこもっていない言葉に先生は少し微笑んで返した。思えば、俺の境遇を大学で知っているのは先生だけだ。同級生より先に先生が知っているというのも不思議な話だが、ある程度以上は決して踏み込んでこないこの態度が俺を話す気にさせたんだろうな、と無駄な分析をする。
「それじゃ、課題は出したんで俺はこれで失礼します」
「うん。ああ大野くん、少し待って」
急に呼び止められ、振り向くと先生はその手に立派な花が咲いている鉢を抱えていた。
「大野くん、この花持っていってくれないかな」
「ええ、随分と急ですね」
「ごめんね、私上手く綺麗に出来た花は人にあげているんだ。そしてこの花は君にあげたくてね」
「それはありがたいですけど、俺の下宿には置き場が無いですよ」
「そう言わずにさ」
そう言いながら先生はその鉢植えを俺に押し付ける形で渡した。
「君の友人の墓に供える花にしてくれ」
「鉢植えの花をですか」
綺麗な赤色に染まったこの花は、情熱さを感じさせながらもどこか儚げな印象を感じさせる。先生も上手く育てたものだ。確かにこんな花を供えられたら嬉しいだろう。
「…わかりました、受け取りますよ。行く機会があったらこの花、供えさせてもらいます」
「おお、ありがとう。ちなみにその花はカランコエって言うんだ。友人さんも喜んでくれるといいな」
とりあえず先生に礼をして俺は研究室を去り、寄り道もせず真っ直ぐ下宿に戻った。友人のいない一人暮らしの大学生は、とても悲しいものである。
冷蔵庫の残り物でパパっと夕飯を済ませ、シャワーを浴び、座って壁にもたれかかる。先生から渡された花を目の前に、明日の成人式について考えていた。久しぶりにあの町に戻りたい。それは本当に思っていることだ。だが、今の俺があの場所に行ったら、多分、思い出に潰されてしまうだろう。先生は墓参りしたらどうだと言って花まで渡してきたが、そんなことをしたら、潰されるどころか、思い出に殺されることだろう。あれから未だに立ち直れていない俺は、墓参りに行く勇気なんて持ち合わせていない。それに───
「花なんて、お前には似合わないよな、大戸」
凛と咲く花の前で、俺は目を瞑ってあいつとの記憶を思い出していた。
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