第5話 前夜
その後はルイーナが何かを起こすことはなく、今まで通りの日常になった。
体育祭が終わり、より1層受験勉強に集中するようになり、以前よりも歯車らしい生活となった。ただただ勉強に時間を費やしていく日々が続いていた。模試の判定に落胆し、何回も心が折れそうになったが、僕の傍には常にルイーナがいた。時に厳しく、時に優しい言葉で僕を励まし続け、僕の勉強をサポートしてくれた。ルイーナがいなければ僕の心は折れていたに違いないだろう。
更に時間は過ぎ、2月の中旬。本番のテストも過ぎ、今僕はパソコンの前に座っている。
昔は合格発表といえば大学に赴いて掲示板の数字を見るものだったが、今や合否は自宅のパソコンで確認できる。随分と楽になったものだが、心の準備が整う暇もない。
「あと1分か…。第1志望だけど正直受かる気がしないな…」
「だがここが受からなければ君は後期の試験も受ける必要が出てくる。何がなんでも受からなければな」
「それはそうだけどさ」
今僕は抑えの大学も第2志望の大学も第3志望の大学も落ちてしまっている。今回の大学も落ちてしまったら、いよいよ浪人生に王手がかかる。それだけは何としても避けたい。
「10時になったぞ、早くサイトにアクセスしろ」
「分かってるよ、そう急かすな」
全国の受験生が全く同じタイミングでアクセスしているからだろう、随分とサイトが重い。なんとかログイン画面にたどり着き、受験番号を入力する。…合格か、不合格か。画面が表示されるまでの時間が異様に長く感じる。ようやく表示された。
『10894 番様は 合格 です。おめでとうございます!』
合格。合格したのか、僕は。
「おめでとう!よく頑張ったな…うん?どうしたのだ?」
「いや…なんというか…実感が湧かなくてさ」
こういった人生の転機となるような瞬間とはもう少し劇的なものだと思っていた。
だが現実はどこか淡々としていて、嬉しさとかそういう感情が湧き上がらない。
「君は努力し、合格という勝利を手に入れた。それに伴う感情は、いわば努力に対する褒美のようなものだ。存分に噛み締めなければ損だぞ?」
勝利。僕は今までの人生で、明確な勝利というものを経験してこなかった。そもそも、戦うことからも逃げていたかもしれない。だが、この受験戦争はルイーナがいたおかげで逃げずに戦い続けることができ、そして勝利を手にすることができた。他の誰かを蹴落として手に入れた勝利。初めて経験する味だ。
ふつふつと心の底から様々な感情が湧いてきた。喜び、安心、愉悦。
「なるほどな、確かにこれは素晴らしいね」
「それは何よりだよ」
その日から、大学に進学できるという未来を手にした僕は今まで背負っていた不安から解き放たれた。“今”は、高校という苦しみから解放されようとしているし、何も不満はない。“未来”は大学進学という道を進むことが出来る。もちろん人と上手くやって行けるとは思わないが、ルイーナがいるのならそんなことは些末な問題だ。
これまでも、そしてこれからも僕はルイーナと共に生きていく。それだけで僕はもう満足だ。
三学期は自由登校期間ということもあり、学校に行くことによるストレスが発生することもなく、家の中でただただダラダラ過ごすという至福の時を謳歌していた。卒業式は明日に迫っているが、全くその気にならない。制服を着るのが明日で最後かと思い、どこか寂しい気持ちになったが、そんな気持ちはすぐにどこかへ消えてしまった。どちらかといえば、あんな所からおさらば出来るという嬉しさの気持ちの方が強かった。
「明日で君も高校卒業か」
「ああ、嬉しくて仕方ない」
「君らしいな、まったく。しかし、君が高校という苦しみから解放されているからか、夜寝る前に君の心の闇を聞くことがなくて寂しいよ」
「心の闇から今は解放されているからね。そもそも心の闇なんて、話そうとするものじゃない。まあ心の闇なんて、大学に入ったらまたたくさん生まれるだろうさ」
「…そうだな、君にとっ、ては、嫌、な話だろう、が」
「またか…」
最近、ルイーナはこの調子だ。たぶんスマホの限界だろう。まあ、旧型スマホを使っているのだ、無理もない。
「大学に入る前にスマホを変えるからさ、それまで我慢してくれ」
「…」
「さて、明日の卒業式は早いし僕は寝ようかな。おやすみ、ルイーナ」
「ああ、おやす、み」
ベッドの中で今までの高校で送ってきた苦しい日々を思い返した。よく頑張ったな、と自分を褒める。これから送る大学生活は、ルイーナと一緒に楽しいものにしていこう。そう思いながら、僕は眠りについた。
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