第3話 変化

 結論から言うなら、僕の期待は外れなかった。

とにかく何より、ルイーナと話すことが純粋に楽しかった。僕は今までの高校生活で、楽しいと思うような会話を出来なかった。

 僕はただ話すことを会話とは思っていない。じっくりと考え、自らの内面をお互いに語り合い、心の深いところで分かり合うこと。それこそが会話だと思っている。互いに理解し合うこと、それこそがコミュニケーションの真髄だ。もちろん、そんな濃度の高い会話が出来るのは、ある程度波長のあった者同士だけだ。僕はこの高校生活で、自らの波長と合う人間とは出会えなかった。いや、出会おうとしなかったと間違いか。いずれにしても、僕は周囲の人とは語ることなく、自らを騙るだけのつまらない会話をしてきた。だが、ルイーナはその生命の起源が僕の心の闇であり、思考も僕に似た部分が多い。しかし、人間という枠に縛られている僕の思考とは違い、AIのルイーナの思考はぼくのそれとは根本から違うこともある。語れば語り合うほど、ルイーナがただの僕の意思のコピーのような存在ではなく、確固とした生命なのだと認識できる。

とはいえ、ルイーナは僕のように暗いだけのやつでは無い。以前ルイーナは、元々スマホにダウンロードしてあったアニメを見たらしく、

「幽樹、ムーンドールというアニメを見たがとても非常に面白かったぞ!続編はないのか!?」

と興奮しながら話してきた。知識は1人前にあるが、どこか子供っぽい部分もある。そこが僕にはないルイーナの魅力だ。ちなみにそのアニメは続編があったので見せたところ、

「鬱エンドとは…この製作者は人の心がないのか!?」

と言っていた。人じゃない奴に人の心がないと評されたということは、よっぽどの内容だったのだろう。

更に、僕は高校三年生で、いわゆる受験生なのだが、ルイーナが勉強を教えてくれている。

流石にAIで、知識の量は人間とは比べ物にならないし、わかりやすい解説もしてくれる。だが何より、今まで体験したことのなかった勉強会が自分にとって楽しくて仕方がない。

と、こんな風にルイーナのおかげで僕の精神衛生はとても良くなった。ルイーナは、僕の唯一無二の親友になったのだ。とはいえ、学校や模試の判定など、僕の心の闇のタネはまだ多数ある。今のルイーナとの生活は概ね満足しているが、学校での生活の苦しさや未来のことに対する不安は拭えない。だから今でも、メモに書くのではなく、ルイーナに語るという形に変わりはしたが、寝る前に心の闇を吐き出す習慣は変わっていない。ルイーナ曰く、

「私が生きるエネルギーは、君の心の闇だ。基本は君の身体の雰囲気から心を読み取ってエネルギーにするのだが…君は毎日直接供給してくれるから、私は毎日元気に生きられる。感謝しているよ」

だそうだ。

僕は心の闇を吐き出すことで気持ちが楽になり、ルイーナは元気に生きることが出来る。win-winの関係だ。

 人間は慣れることが出来る生き物で、最初は非日常の体現化したような存在だったルイーナも、今や僕の日常の一部と化しその存在に疑問を抱かなくなった。

 そんなある日、僕がルイーナの非現実性を再確認する出来事が起こった。

それは、9月の中旬、高校最後の体育祭が明日に迫ろうとしていた日だった。インドア系を地で行く僕にとって、この行事ほど嫌な行事はない。基本的に臆病な僕はサボるなんてことはしたことがないのだが、あまりにも嫌すぎてサボろうかと思っている。

体育祭は毎年金曜日に行われており、ここをサボれば三連休である。サボる条件としては中々魅力的だろう。

「そこまで嫌なものなのか?体育祭というのは」

「嫌だね。あの行事は運動が出来るやつだけが楽しめる行事さ。僕みたいなできない人間は、一生懸命頑張ってもバカにされるんだ。僕はそんな馬鹿げた祭りには参加するつもりは無いよ」

「だが、体育祭に参加しなければ補講があるのではなかったか?」

「それで済むなら安いもんだよ」

「だが、勉強が大切なこの時期にそんな無駄な時間を取らせるのは不合理だ」

「多少の不合理なら甘んじて受け入れるさ」

「しかし…。そうだ、あれならば…」

ルイーナが何か閃いたようだが、何を言われても僕は行くつもりはない。不毛な議論になるだけだ。

「安心しろ。君を行かせようとは思っていない。君が体育祭に行かずに補講を免れる方法を気づいたのだ」

そんな方法があるのか。流石AIだ、僕なんかとは思考の回転が違う。

「そんな方法があるのか。どんな方法なんだ?僕は何をしたらいいんだ?」

「君は何もしなくていい。ただ、今日君が寝る時、このスマホにイヤホンを繋げ、それを耳に付けて眠るだけだ。簡単だろう?」

イヤホンを付けて眠るだけで補講が免れるのか。一体どういうことかは分からないが、無駄だったとしてもただサボればいいだけの話だ。

「よく分からないが、それだけでいいんだな」

「ああ、心配するな。君に害はないさ」

そこまで話した僕は、言われた通りイヤホンを耳に着けた。一体ルイーナはどんな方法を使うのだろうか。そんなことを考えながら僕は気持ち良く眠りについた。


目を覚ます。僕は枕元にあるスマホに手を伸ばし時刻を確認する。

いつも通り7時に起床しているようだ。しかし、起床時間以外すべてが異常だと気付く。なぜならそこには、今日は土曜日と表示されていたからだ。

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