警告

「ヴァンパイア……?」


 彼が口にした言葉は、ルカも知っていた。それが必ずしも正しい表現だとは思っていなかったが、ある意味もっとも説明しやすい。

 だからルカは、小さくうなずいた。


「言葉は悪いけど、それがあなたには一番理解しやすい? なら、確かに私はヴァンパイアかもしれない。森の生気を分けてもらって、私は生きているから」

「……………………いや、待て、おい、待てって。急に、そんなこと言われて、信じろって…………言われても……そりゃ、ずいぶん妙なことが起きてるとは思ってたけど、だからって!」


 彼は、困惑したようだった。眉をひそめ、首を振り、何度か「ヴァンパイア?」と繰り返した。

 ルカには、それが少し淋しかった。ハジメはわかってくれていたはずなのに、なぜ今はそんな反応をするのだろう? やはり、ダメだったのだろうか?


「……信じてくれないの?」

「い、いや、なんてのか、信じるとか信じないとかってのは、まあ、その」

「だから、よくないことが起きたの? 信じてくれない人に秘密を教えてくれたから?」

「ハジメは信じなかったのか?」

「ハジメは信じてくれたわ!」

「ハジメが信じたなら、信じた人間に秘密を教えたわけで、よくないことが起こった原因にはならないだろ?」

「そっか……」


 そうだ、ハジメは信じてくれた。森の中にぽかりとひらけたこの場所で、ルカのお気に入りの場所で。そうか、君は森とひとつなんだね、と微笑んでくれた。

 ハジメは、信じてくれた。


「でも、よくないことは起こったのよ? だから、ハジメは今みたいに信じなかったのよね?」

「いや、俺に聞かれても……そもそも、よくないことってなんだよ」

「それは、」


 ルカは記憶をたどるようにゆっくりと目を閉じる。


「それは……」


 森が、ぞわりと揺れた。

 影が彼に、気をつけろ、と言い、彼は「大事な質問らしいな」とうなずく。

 ルカはゆっくりと唇をひらく。まだ、よく思い出せない。


「よくないことは……」

「ゆっくり思い出してくれ、ルカ。君は十年前、ハジメをこの場所に連れてきた」

「そうよ。あなたを連れてきたわ」

「そこで、森の生気を分けてもらっている、という話をハジメにしたんだな?」

「ええ、確か……そう、ハジメがこの場所を、この森を褒めてくれて、それで」

「その時、何が起こったんだ?」

「その時、何が起こったのか……?」


 ぞわりと、ざわりと、森が揺れる。うごめく。枝が揺れて風が生まれる。不吉な風が。

 その風にひそむように、彼は静かにルカをうながす。


「ハジメは、君の言うことを信じたんだろう?」

「そうよ、あなたは、『森の力を分けてもらっているなんて素敵だね』って言ったの。私はそれが嬉しかった。森も嬉しいって言ってくれた。あなたは『君も森を愛しているんだね』って言ったから、私はそうよって答えた」


 彼はつぶやく。ハジメによく似た声で。


「『君も森を愛しているんだね』……」

「そうよ。大好き。この森が好き」


 ルカは、そのハジメの言葉を美しいと思ったのだ。

 だからはにかんで、問いかけた。あの時。喜びに満ちて。愛に満ちて。


「同じくらい……あなたを好きになっていい?」


 森の中心、ぽかりと開けたその広場で、若木のすぐそばに立つルカは、天からふりそそぐ日差しに包まれていた。

 だがその広場をとりまく森は暗く、黒くうごめき、広場の端に立つ異端者に警告するように、ぞわりと揺れた。生ぬるく、そして強い風に吹かれて、彼はよろめく。森に吸い込まれるように。

 光に満ちたルカの立つ広場から、追い払われるように。

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