ワレは伝える必要があると感じたのだ。
ワレとアルビンの生活もいつの間にか終わりの日を迎えていた。その日の朝には、宇宙船の修理が終わったと伝えたのだ。
「今から少しの間、この街の周辺でテスト飛行を行ってくる。問題なければ、すぐにこの星を出るつもりだ」
「もう帰っちゃうんだね」
「寂しくなるが、星にはワレの家族が待っているのだ。異星人に帰る日が来るのも、また必然の理なのだ。それでは、テスト飛行に行ってくる。少しだけ待っていてくれ」
アルビンはワレを笑顔で送り出してくれた。その優しさにどれだけ助けられたことか。
この星の街並みは美しかった。家々の周りには青々とした草木が育っている。数百年前には、ワレの星にも植物が自然の中で生い茂っていたと聞いたが、このような様子だったのだろうか。木陰にはいつの日か図鑑で見たドラフェリカが力強く咲いていた。
「今日の夕飯は何がいい?」
「うーんと、今日はー」
「あ、でもお父さんにも聞かないとね」
「えー」
アルビンと同じくらいの年齢だろうか、おそらく母親とその子供が連れ立って歩いている。その様子を見て、ワレは一つの推論を立てた。確実性はないが、やはりこれはアルビンに伝えるべきだと考えた。その話をするためにも、最後の別れの準備のためにも、ワレは宇宙船の速度を上げて街を抜け出した。
「飛行テストは成功した。よって、ワレは予定通り星に帰る」
二時間ほどで帰ってきたワレを見て、アルビンは全てを察したようだ。何も言わずに、星に持って帰るための手土産を渡してくれた。ワレの気付かないところで用意していたようだ。
「ありがとう。少しだったけど、あなたと過ごした時間は楽しかった。僕を元気づけてくれた」
「ああ、ワレも楽しかった。無理な願いを聞き入れてくれて、感謝の言葉しかない。ただ、ワレが心から感謝をしている君だからこそ、最後に話したいことがあるんだ」
「何? 願いなら、叶えられるものは何でも」
「願い事ではない。君の母親についての話だ」
彼の顔がこわばった。しかし、これまでの何かを恐れている表情とは明らかに異なっていた。それは決意の表情であった。
「君に聞くが、君の母親は私が来る少し前に亡くなったのではないか?」
「うん、あってるよ」
「では父親は?」
「僕が小さい時に死んだんだ。ずっと、僕らは二人だった」
淡々とした語りの奥に、彼の心の歪みがうかがい知れた気がした。彼の身は震えていた。
「なるほど。来た時からおかしいと思っていたのだ。君は家で一人暮らしだが、母親の本棚がそのまま。ワレの星と文化が違うのかとも考えたが、どうやら君の歳くらいの子供は親元から離れていないのが普通らしい。もしかすると、と思ったのだ。学校を休む理由というのも、ごく最近に母親を亡くしたというのなら自然にうなずける」
「母が死んだとき、僕はどうしたらいいか分からなくて……そんな、途方に暮れているときにあなたが来たんだ。花は燃えてしまったけれど、おかげで元気をもらうことができた」
「その燃えたヴェファラテスなんだが、貰い物と言ったな」
「そうだね」
「母親に貰ったものだな?」
「本当によく分かってるね」
「あの花は珍しいものだ。所有していることだけでも珍しいことなのに、そう簡単に譲ったり貰ったりするものではないと思った。そこで、わざわざそんな珍しい花を贈る理由を考えていた。それは、その花でないといけない、固有の価値がなければいけないんだ」
「固有の価値?」
「それは言葉だ。『強く生きる』――、この言葉はヴェファラテスだけが持つ意味の表現、価値そのものなんだ。分かるだろう? 植物が好きな君の母親は、花の持つ言葉の意味と美しさを知っている。だから、君のためにあの可憐な白い花を遺した! この世で一人になってしまう君のために『強く生きる』という言葉を遺したんだ!」
ワレは宇宙船を操作して、物体回収口を開く。この空間には船外の物体を一時的に保管する機能がある。
「初めて会った日、ワレは自分の失敗の大きさを正しく認識していなかった。君があの花を心から大切に育てていることを知らなかった。そこで、代わりにはならないだろうが、ワレがついさっき採ってきた花を受け取ってくれないか。ここから北側にずいぶんと行った山の頂上付近に自生していたものだ」
アルビンの手のひらには、真っ白な花が添えられた。
「きれいな花びら……ヴェファラテスはとても高い場所にしか生えていないはずだよね?」
「ワレの宇宙船は広大な宇宙を旅できるほど速いのだから、頂上まではすぐにたどり着ける」
「ありがとう。また、大切に育てるから」
彼は大事そうに花をとる。その笑顔は、しっかりと前を見据えたものだった。
「強く生きてみるよ。これは母と、それからあなたとの約束だ」
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