三女

 夕方の4時前。


「そろそろ帰ってくるかな」


 おれがリビングで本を読みながら、そう呟いた時、玄関が開く音がした。


 噂をすれば……と思ったのも、束の間、ダダダと大きな音を立てながら、リビングへ入る扉が開いた。

 おおお、やけに慌ててるな、なんだ……?


「……」


 帰ってきたのは美咲さんだった。しかし、どこか様子がおかしい。いつもはもっと静かにというか、大きな音は立てないのに……


「どうし……」


 おれが口を開いた瞬間、美咲さんは一気に間合いを詰め、おれの襟元を両手で掴んできた。そして、そのまま力を込めながら、上に持ち上げていく。


「ぐぇ……み、美咲さん……?」


 な、なんなんだ、いきなり……


「海斗さん、お弁当を持ってきてくれたのはありがたいんですが、なんて言って先生に渡したんですか……?」


「な、なんてって、家族の者だって……」


「本当ですか……?」


「ほ、本当です……」


 やばい、これ以上やられると本当に堕ちる……

 あれ、なんか遠くでじいちゃんが手を振ってるのが見える……

 あそこには行っちゃダメって本能が叫んでるけど、やけに綺麗な場所で惹かれてしまう……今いくよ……


「じゃあ、やっぱり先生の勘違いってことですよね……」


 そう言って、美咲さんはおれの襟元を掴んでいた両手を離した。


「はぁ……はぁ……」


 あ、危なかった……色んな意味で……

 というか、こんな力どこから出てくるんだよ……

 普段、めちゃくちゃか弱い感じなのに……

 おれはそこまで重くないと思うけど、それでも70kg近くはあるんだぞ……?

 全く末恐ろしいな……


「も、もしかして先生に言われたんですか……?」


 呼吸を整えつつ、聞いてみる。


「言われましたよー!お弁当を持ってきたのは彼氏だろ?って!しかも、周りに先生とか他のクラスの人もいて、あっという間に噂が広まって!」


「あー、そうなんだ……」


 あの先生、納得したふりして、おれのこと、そういう風に見てたのか……

 全く余計な勘違いを……


「しかも私だけじゃなくて、弓月と葵にも聞いたらしくて、誰が本命なんだ?って……!」


「って、おい、マジですか……」


 本当に余計なことしすぎだろ!

 本命とかそういうのないから!

 何考えてんだよ!


「って、他の二人にもそう言ったってことは……」


 恐らく、先ほどのイベントがあと2回控えているということだよな……

 できれば、当たってほしくない予想をした瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた音がした。


「あー早い……」


 起こるにしても、せめてもうちょっと後にしてほしかった……

 せっかく、呼吸が整ってきたところなのに……


 心の中でガッカリしている間に無情にもリビングへ入るドアが勢いよく開いた。


「……」


 ドアを開けたのは葵ちゃん。


「あ、おかえり……」


 とりあえず、いつも通り声をかける。

 美咲さんはいつのまにかいなくなっていた。逃げたな……


「……」


 しかし、葵ちゃんは特に何もせず、何も言わず、おれの方をチラッと見ると、洗面所の方へと行ってしまった。


 あれ、想定外の反応……

 もしかして、話したくないくらい嫌われちゃったのかな……

 はぁ、もしそうなら最悪だ。全くあの先生、マジでどうしてくれるんだよ……


 ちなみに弓月ちゃんは、いつも通りというか相変わらずケロッとしていて、別に気にしていないと言っていたので、それはありがたかった。

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