何股

「ふぅ……」


 みんなが使った食器を洗い終え、ソファに座り、一息つく。

 サヤさんも先程出て行った。聞けば、大学生だから、朝は比較的、ゆっくりできる時間が多いらしい。その割にみんなと一緒に起きたり、ご飯を食べたりと、そこはやはりお姉さんなのだなと感じた。


 それにしても思った以上に賑やかというか、騒がしい朝だったな……

 しかし、不思議とそれが嫌じゃない。

 思えば、じいちゃんと暮らしてた頃は賑やかな時なんて、ほとんどなかったもんな。

 静かにゆっくりとした朝が当たり前の毎日だった。だからこそ、ああいうのが新鮮で楽しい。


 さて、ひと段落ついたし、今日はどうするかな。そう思いながら、ふとテーブルに目をやると、かわいらしい巾着に入った何かに目が止まった。


「これって……」


 ソファから立ち上がり、その前まで行き、拾い上げながら、中を見ると、かわいらしい小さな弁当箱が入っていた。そして、似たような弁当箱が近くにあと2つ置いてあった。


 これはあれか。昼休みの時に食べる弁当だろうな。しかし、物の見事に全員忘れて行ったみたいだな。

 そういえば、朝ごはんの途中で美咲さんがいそいそと何かしていたけど、これを作っていたのか。言ってくれれば、手伝ったのにな。まぁ手を出して欲しくなかったのかもだけど……


 それより、これを届けないとみんな、昼飯抜きになってしまうな。なるべくなら、それは避けてあげたい。

 よし、今日はどうせやることもないし、届けに行くとするか。

 あ、でも肝心の学校の場所がわかんないな……

 しかも、みんなの連絡先知らないから連絡も取れないし……まずったな。サヤさんがいるうちに連絡先聞いておけばよかった……


 少し凹みながら、おれは携帯を取り出し、近くに高校がないか調べてみる。

 確か、徒歩圏内の場所の高校に通っていたはず。

 すると、マップ上では家から徒歩20分程の所に高校があると出た。


 とりあえず、ここに行ってみるか。

 もし、外れてたら、みんなには我慢してもらうか、学食で済ませてもらおう……

 そう思いながら、おれは弁当を入れたカバンを抱え、家を出た。


 ちなみに家のカギは新しく作ってもらった。

 いつまでもサヤさんに借りっぱなしになるわけにもいかないし、おれも外出したい時だってあるからな。


 おれはカギを掛け、携帯のマップを頼りに道を進んでいった。














♦︎












 家を出てから1時間が経過した頃。


「はぁはぁ、やっと着いた……」


 おれは息を切らせながら、校門の壁に手をついた。

 携帯のナビを参考に道を歩いていたが、行き止まりだったり、道がなくなっていたりして、一向にあてにならず、迷いに迷った結果、偶然見つけた交番で道を尋ね、ようやくたどり着いた。

 とりあえず、昼休みの前に着いてよかった……


 おれは息を整えつつ、敷地内へと入って行った。

 職員室にでも行けばいいかな……

 でも、いきなり知らない人間が入るのもな……

 どう見ても父母って年齢ではないし……

 来る前に学校側に連絡すればよかったかな……など、色々考えていると。


「ん?」


 もう間も無くで、下駄箱のある場所まで着くところで偶然、おれの前を先生らしき女性が通りかかった。

 上下ジャージ。間違い無く、体育の先生だろうな。


「やべー、不審者じゃん。警察に……」


 しかし、不穏すぎる言葉をいきなり放たれてしまう。


「いやいやいや!」


 おれは慌てて駆け寄る。

 いきなり、何を言ってるんだ、この人は!?


「いきなり不審者扱いとかひどすぎません!?」


「だって、こんな昼間っから生徒でもない奴がやってくるなんてよ。しかも、カバンを大事そうに抱えてるし。はっ!もしかして、爆弾でも入ってんのか!?」


 思わず、後ずさりする先生。

 一瞬で想像しすぎだろ……


「そんなものないですから!ちょっと届け物に来ただけなんです!」


「届け物?誰にだよ」


「あ、えーっと……」


 確か美咲さんが3年で葵ちゃんが2年、弓月ちゃんが1年だっけ。


「三倉 美咲さんとその妹の葵さんと弓月さんに届け物なんですけど……」


「三倉三姉妹にか。何の届け物だ?」


「家に忘れていったお弁当です」


「弁当……?ってことは家族の人間か?」


「あ、一応、そうなります……」


「一応ってなんだよ?」


「いや、まぁ……」


 おれは、はははと乾いた笑いを浮かべた。

 下手に説明するのもややこしいし、今はそういうことにしておこう。


「ふーん。まぁしかし、怪しい奴には変わりないからな。来校者名簿に名前と連絡先を書いて言ってくれ。あと名前は?」


「あ、灰崎 海斗と言います」


 その時、おれは名字が違うことで更に怪しまれないかと心配になった。

 ここは嘘でもいいから、三倉と名乗っておくべきだったかもしれない。


「灰崎ね……」


 しかし、先生はそのことについては特に追求せず、どこかへと行ったかと思うと少し経ってから名簿を持ってきた。そして、校内放送でおれが家族の人間であると本人に確認を取ったことを伝えられた。


「疑って悪かったな」


「いえ、納得してもらえてよかったです。それじゃ、これ、お願いします」


 そう言って、おれはカバンを先生に渡した。


「うん。本人達には受け取りに来るように言ってあるから大丈夫だ」


「ありがとうございます。では、失礼します」


 お辞儀をしてから、おれは踵を返し、敷地内から出ていった。

 はぁ、どうなるかと思ったが、とりあえず渡せてよかった。





 ……………………












「名字が違うから家族ではないよな、あいつ……」


 先程まで海斗と話していた教師、鈴木すずき 加奈子かなこは首をひねった。

 多分、三人のうちの誰かの彼氏だろうと思い、しかし、恥ずかしくてそうとは言えないのだろうと機転を利かせて、納得したふりをしておいた。

 三姉妹には彼氏なのか?と、確認したが、全員赤面しながら違うと言っていた。

 明らかに怪しい反応。


 まさか三股……?


 加奈子は、自分の通う高校で昼ドラみたいなドロドロした展開が起きているのでは……と密かに思い始めていた。

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