結婚……?
おれがここにきてから、四日目。
少しずつ慣れてきたこの生活。そんなある日の朝。
「ふあ……」
おれはあくびをしながら、階段をゆっくり降りていく。
いつもより、大分早く起きてみた。というのも、ここにきてからというもの、おれが起きる頃にはみんな、いなくなっているのだ。
なので、たまには早起きしてみんなと朝を過ごしてみようかと思ったのだ。
「あれ……」
しかし、リビングへ入るドアを開けても、そこには誰もいなかった。
そろそろ7時になろうとしているのに、大丈夫なんだろうか。まぁとりあえず、歯磨きだけでもしておくか。
おれは洗面所で支度を整えた後、再びリビングへと入る。しかし、相変わらず、そこには誰もいなかった。
「……」
さすがにそろそろ起きないとまずい気がするが……
よし、お節介承知でやってみるか。
おれは、腕まくりをすると冷蔵庫から適当な食材を取り出していく。
「早くしないとー!!」
すると、おれがフライパンに油を流した瞬間、勢いよくリビングの扉が開いた。
中々の声量も伴っていたので、おれは少しだけびくっと肩を震わせた後、後ろを振り返った。
そこには髪の毛がボサボサでパジャマも少しはだけている美咲さんが立っていた。
「って、海斗さん!?な、な、なんで、こんな朝早く……!?」
「あ、ああ、たまにはみんなと朝の時間を過ごそうかなと思って……」
照れながら、そう応える。
「そうなんですね……って、あんまりこっち見ないでください……!」
恥ずかしそうに美咲さんは手櫛で髪を整えようとしたり、慌ててパジャマを元の位置に戻したりする。
なんか、その仕草がめちゃくちゃかわいいんですけど……
毎朝、これが見れるなら喜んで早起きするわ……
「って、こんなことしてる場合じゃない……!」
美咲さんは、踵を返し、慌てて洗面所へと向かうと、あっという間に身支度を整えて出てきた。
普段の小綺麗な美咲さんもいいけど、さっきのも良かったな……
なんて、ついつい呑気に思ってしまう。
「あ、あのすいません……早くみんなの朝ごはん作らなきゃいけないので、そこいいですか……?」
と、美咲さんが遠慮がちにそう言ってきた。
「あ、朝ごはんなら、今作ってるから……」
「え……?」
「いや、中々起きてこないから、もしかしたらと思って準備してたんだけど、当たったみたいですね」
おれは笑いながら、焦げないうちにベーコンを炒めた。
「本当ですか……た、助かります……実は今日の朝ごはんの当番、私だったんですが、寝坊しちゃって……あ、お皿用意しますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
さて、ベーコンが終わったからあとは目玉焼きを作れば完成だな。
おれは美咲さんが用意してくれたお皿にベーコンを移す。
すると、その様子を美咲さんは隣でじーっと見ていた。
「……」
な、なんでこっち見てるんだろう……
何かまずいことでもしちゃったのかな……
と、とりあえず早くご飯作っちゃおう……
少し居心地の悪い感じのまま、おれは全員分の朝ごはんを作るのだった。
♦︎
「へー、これを海斗がねぇ」
言いながら、サヤさんはフォークに刺したベーコンを口に運ぶ。
「ま、まぁ簡単なものですけど……」
「意外と料理できたりするの?」
「一応、じいちゃんに教え込まれたんで、一通りは作れます。一人でも生きていけるようにって」
じいちゃんと住み始めた頃はお手伝いさんとかいて、朝ごはんも用意されていたが、いつのまにか、そのお手伝いさんといなくなって、その頃からじいちゃんはおれに料理などの家事や勉強を教え出した。初めはめんどくさいと思っていたが、こうやってできるようになっている今は感謝しかない。
それにしても。意外とって言葉はちょっと傷つくな……
まぁこの家にはずっと男がいなかったから、そういう感覚になるのはわからないでもないけど。
「なるほどねぇ……」
「じゃあ、私、兄貴と結婚しようかな」
すると、いきなり弓月ちゃんがそんなことを言い出したので、みんな、驚きのあまり、口に含んでいたものを喉に詰まらせようになった。もちろん、おれも。
「えほっえほっ……な、なななんで結婚なんて話になるのよ!?」
サヤさんが少し苦しそうに咳き込みながら、そう言う。
「え、だって、料理できるなら、楽できるじゃん?外に働きに行ってもらって、帰ってきたらご飯作ってもらって、完璧じゃん」
「ああ、弓月は家にずっといるんだね……」
美咲さんがガッカリした感じでそう言う。
かくいうおれもガッカリした。任せっぱなしかいって思った。
「当たり前じゃん?妻なんだから、家にいるでしょ」
「美咲姉さん、だめだよ。弓月はとんでもなくグータラなんだから、期待するだけ無駄だって」
弓月ちゃんは辛辣な言葉を口にした。
妹なのに結構、容赦ないんだな……
いや、妹だからこそなのか……?
「てへっ☆」
しかし、当の本人には全く通じてないようで、ウィンクしながら、舌をペロッと出している。なんかかわいいんだか、ムカつくんだか、わからない。
「弓月、あんたディスられてるんだから、気づきなさいよ……」
サヤさんが少し残念そうに言った。
「って、それよりみんな、早く食べないと時間ないよ!」
言って、美咲さんが時計に指を指す。
見ると間も無く8時になろうかと言う頃だった。
その言葉を聞いた瞬間、全員がかき込むように皿の上のご飯を平らげていく。
そして、あっという間に完食したかと思うと、それぞれがカバンを手に取り、ドタドタとリビングから出ていく。
「いってらっしゃーい」
サヤさんは出ていく姉妹たちに手を振る。
「あれ、サヤさんは行かないんですか?」
「私はもう少しゆっくりできるのよ」
「なるほど」
確かに大学生だと時間のゆとりは高校生より、あるか。皿の上にも、まだ料理が残ったままだしな。
「それじゃあ、行ってきます……」
最後に出て行った美咲さんはひょっこり顔を出してそう言った。
「い、いってらっしゃい……」
おれは少し照れながら、手を振って見送るのだった。
最後までかわいいじゃないですか……
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