第5話 体ふきふき

 どのくらい眠っていたのだろうか。多分そこまで長い時間ではないはずだ。


 なんか姫川さんが僕の家に急に来た覚えがあるが、そんなことはないだろう。

 にしてもリアルな夢だったな〜。おでことおでこくっつけるなんて最近のラノベでもやらないよな。すごい夢だったな。


 するとどこからか素晴らしくいい匂いが漂ってきた。

 なんだこのいい匂いは?誰かいるのか?お母さんが早めに帰ってきたのか?


 そう思っていると僕の部屋の扉が開いた。


「あっ、ちょうど起きてるじゃん!貴志〜!おかゆできたよ〜!」


 あっ、姫川さんが僕の家に来てたのって夢じゃなかったんだ。

 えっ、じゃあ、おでこをくっつけたのも現実??やばくない??最近のラノベでもやらないことを僕は現実で経験したの??


「貴志、また顔赤くなってきたけど大丈夫??おかゆ食べれる??」


「えっ、う、うん!だ、大丈夫大丈夫!!食べれるよ!ありがとう!」


「それならよかった!!」


 姫川さんの笑顔が眩しい。ほんとに姫川さん、キャラ変わりすぎじゃない?我が宿敵じゃなかったの??ギャップ萌え狙ってるわけ?こんなギャップに僕は屈しないんだからね!!絶対絶対、惚れたりなんてしないんだからね!!


「貴志、どうしたの?」


「えっ、い、いや、なんでもないよ!!おかゆおいしそうだなって!」


「でしょ〜!!自信作!!」


 危ねえ。危ねえ。惚れちまうとこだったぜ!

 それにしても本当に美味しそうだな。今日何も食べてないからお腹減ってきたぞ!!


「じゃあ、食べさせてあげる!!はい!あ〜ん!!」


 こ、この前に続き、ま、またあ〜んだと!?しかし、ここで屈する僕ではない!!あ〜んなど笑止千万!!こんなことで恥ずかしがってたまるか!!


「あっ!冷ますの忘れてた!ちょっと待ってね!ふぅ〜、ふぅ〜、よし!はい!あ〜ん!!」


 な、なにーーーーーー!!!!ふぅ〜ふぅ〜からのあ〜んだとーーーーー!!!!い、威力が段違いに増している!!だが、これしき我が覇道の前では些細なこと!!表面上の変化に騙されるな!!結局、ただのあ〜んであることに変わりはしない!!よし!いくぞ!!


「あ、あ〜ん。」


 僕が口を開けると姫川さんは笑顔でおかゆを僕の口の中に入れてくる。

 な、なんだこれは!!こんなにおいしいおかゆ食べたことないぞ!!物理的に温まるだけではなく、なぜか心もぽっと温まっていくようだ。なんなのだこのおかゆは!!


「どう?おいしい??」


「め、めちゃくちゃおいしいです。」


「それはよかった!!じゃあどんどん食べさせてあげる!!」


 そのまま僕は一気におかゆを完食した。


***


 やはり今日はなにかがおかしい。

 あれだけ憎く、やり返したいと思っていた姫川さんが今日は天使のように見えてしまう。

 どうしてなんだ。


 ま、まさか、僕、今日、1度もからかわれていない?

 そんなことあるわけ、いや、今日の姫川さんはずっとおかしかった。

 おでこを合わせる時もおかゆをあ〜んしてくれた時もいつもならからかってくるところを全くからかわずしてきた!

 姫川さんに何が起こっているんだ??

 まさか本当に僕のことを好きになったとか?

 いやいやまさか!いやでももしかしてもしかするともしかもしかするとあるかも!!


 すると、おかゆの片付けが終わった姫川さんが部屋に帰ってきた。


「よし!じゃあ、あとは寝たら大丈夫だと思うけど、その前に体を拭くよ〜!!」


「えっ!?」


「だって貴志、汗かいてるから!そのまま寝たらまた風邪ひいちゃうよ〜!!あたしが体ふいてあげるから!早く脱いで!!」


 な、なにを言ってるんだ姫川さんは、ぼ、僕の体を拭く!?ま、マジっすか??


「い、いや、じ、自分でできるから!!」


「はいはい!わかったから!恥ずかしがらずに!!病人は大人しくあたしに拭かれて!!」


「なっ!?」


 抵抗する術も隙もないなんて。


『体ふきふき』


 ラブコメでよく見かける看病の際の必須イベントであるが、主に男性向け作品で男主人公が熱を出したヒロインの服を脱がして煩悩と戦いながら体を拭いてあげるというお色気シーンの定番として使われることが多いとされている。

 主観だが、これはなぜかというと、男は女性の体に触りたいものであり、そのようなシチュエーションを夢を見るが、逆にこれをされるとなると、自分のだらしのない体を見せ、触られる必要があるため、とても恥ずかしく避けたいものだからである。男が全員シックスパックだと思うなかれ。大半がザコである。


 どうしてだ。どうしてこんなことになってしまったのだ。


 僕は姫川さんの勢いにもちろん負け、服を脱ぎ、体を拭かれている最中である。


 なんだろうこの感じ。とても恥ずかしいのだが、体もだるいので抵抗もできず、逃れられない状況であるため、どんどんわけがわからなくなっていく。なんだか頭がクラクラしてきた。

 姫川さんの手、冷たくて気持ちいい。

 やばいこのままだと変なことを考えてしまいそうだ!


 僕が煩悩と戦って頭をクラクラさせている間も姫川さんは甲斐甲斐しく僕の体をタオルで優しく拭いてくれている。


 本当にどうして姫川さんはこんなにしてくれるのだろうか?

 自分のせいで僕が風邪をひいたからだと言っていたが、それだけでこんなにしてくれるだろうか?

 僕だったら無理である。

 せいぜいポカリスエットと市販の薬を差し入れるくらいだろう。

 本当にどうしてだろうか。


 そんなことを考えていたら、姫川さんが体を拭き終わったようだ。


「じゃあ、あとはゆっくり休んでね〜!!あたしはそろそろ帰るから〜!」


 僕がぼーっと服を着ていると姫川さんがそう言ってきた。


「う、うん。」


 体がスッキリしたからなんだかすぐ寝れそうだ。いや、やばいぞ!姫川さんが帰ってしまう!姫川さんにあれを聞いておかなければ!!どうしてこんなに甲斐甲斐しくしてくれるのかを!


「姫川さん」


「なに?」


 帰ろうとしていた姫川さんを僕は呼び止める。


「今日はほんとにありがとう。でもどうしてこんなにしてくれたの?」


「えっ?いやだから、あたしのせいで貴志が風邪ひいたから。」


「おかゆも作って食べさせてくれたし、体も拭いてくれたし、それだけが理由だと思えないんだけど。」


「えっと、だ、だって」


「だって?」


「あたし、貴志のこと」


 えっ、ま、まさか、こ、告白きちゃう!?まさかのまさかで本当に僕のこと好きだったのか!?やばいやばい!!これは本当にやばい!!どうしよう!なんて答えれば、


「貴志のことからかうの毎日の楽しみにしてるんだもん!!笑笑」


「ぼ、僕も、す、えっ??」


「だから早く治して学校来てね〜!!笑笑 ばいば〜い!!笑笑」


 そう言うと、姫川さんは部屋から出て帰ってしまった。


 く、くそーーーーーーーーーーーーーーー!!!!あの女〜!!!!

 また騙されちまった!!

 危ねえ危ねえ!!危うく惚れちまうとこだったぜ!!いや、ちょっと惚れてたぜ!!

 あの天使のような優しさも全ては僕をからかうためだってか!!

 くそ〜!!不覚にもかわいいと思いまくって、こんな奥さんがほしいなとかもう未来を見ちゃってたのが悔しい〜!!

 よし!これは熱のせいだ!!熱くて通常の思考ができなくなってたんだ!!

 うん!そうだ!!いつもの僕ならこんなことで騙されはしないはずだ!!

 早く治して、絶対にあの女にやり返してこの屈辱を果たしてやる!!


 部屋を出る時、姫川沙耶が顔を真っ赤に染めていたことをもちろん貴志は知らないのであった。

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