第2話 あ〜ん
ピンチとはいつだって突然やってくる。天災が予測のできないものであるように、人間ごときではできないことも多々あるのだろう。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
昼休憩。僕はいつものように自分の席でひっそりと1人でお母さんが作ってくれたお弁当を食べていた。
大人の僕はもう反抗期など終わっている。恥ずかしくて声に出して言ったことはもちろんないが、いつも心の中では、「ママありがとう」と思っている。
そんな僕が毎日楽しみにしているママのお弁当を食べているときに事件は起こった。
「わぁ〜!貴志のお弁当めっちゃおいしそうじゃん!!あたしも食べたーい!!」
なぜここにいるんだ!姫川沙耶!僕の学校での唯一の憩いの時間まで奪うつもりなのか!やはりこいつは我が敵だ!!
「ど、どうして姫川さんがここに?」
「そうだなぁ〜、気分!今日は教室で食べる気分なった!!で、貴志!早くその美味しそうなお弁当食べさせてよ〜!!」
気分とかまためちゃくちゃなことを言いよって!これだからギャルは苦手なんだ!
まあ、でも我が母君のお弁当を美味しそうだと思うのも無理はないだろう。仕方ない、食べさせてやるか。
「わ、わかったよ。はい。あんまり食べすぎるなよ。」
僕は仕方なく弁当箱を姫川さんに渡そうとした。
「ちが〜う!!貴志が〜あたしに〜あ〜んして食べさせてよ!!」
『あ〜ん』
この文化はもとより、母親が自分でご飯を食べることができない小さな子どもに食べさせてあげることから発展したものである。
カップルの間では、当たり前のものとなり、イチャつきの象徴ともされている。
あ〜んをする時にカップルが周りに巻き散らすピンク色のATフィールドは誰も寄せ付けず、その空間を支配し、独り身たちをその店から追い出すという強い効果を持っているという。
し、しかし、僕はこの前、姫川さんとの間接キスを乗り越えている。今の僕なら絶対にできるはずだ!!
僕は意を決して、卵焼きを持とうとするも手が震えてうまく持つことができない。
「あれ〜?どうしたの貴志〜?手が震えてるよ〜?もしかして、緊張してるの〜?笑笑」
く、くそ、この女!!またもやからかいやがって〜!!ああいいさ!やってやるさ!!小森貴志はこんなところで怖気付くような弱い男ではないのだ!心して見よ!!
「は?よ、余裕だし!!早く口を開けて待つがいいし!!」
「へ〜笑笑 わかった〜!笑笑」
なめやがって!!
僕は手の震えを止め、卵焼きを箸で持ち、姫川さんのもとへと運ぶ。
「あ〜ん」
姫川さんが、目を閉じて、口を開けて待っている。
く、くそ、正直、超絶美人だ。
ダメだ気にするな貴志!!
僕はそのまま卵焼きを姫川さんの口の中に入れる。
つ、疲れた。だが、この勝負僕の勝ちだ!!
「んーーー!!!めちゃくちゃおいしい!!この卵焼き超すごいじゃん!!」
「だろう!!我が母君は素晴らしく料理がうまいのだ!!」
「じゃあ、お返ししなきゃ!あたしの卵焼きあげる!!はい貴志!口開けて〜!あ〜ん!!」
な、な、なんですとーーーーーー!!ここで攻守交代だと??ゆ、油断していた。勝負はもう終わったものだと思っていた。く、くそ、どうすれば。いや、もう逃げれないところまで来ている。ここはもうやるしかない!覚悟を決めるんだ!!
「貴志〜!早く〜!!」
「わ、わかったよ。」
「それならよし!はい口開けて!あ〜ん!」
「あ、あ〜ん。」
姫川さんが卵焼きを僕に近づけてくる。も、ものすごい近さだ。近くで見ても、姫川さんって超美人だな。まつ毛長いし、ギャルなのにそこまでメイクもしてないことがわかる。ナチュラルでも美人ってすごすぎでしょ。
そんなことを考えてドキドキしまくっていたら、卵焼きが口の中に入ってきた。
「どう?おいしい?」
な、なんだこれは!!お、おいしすぎる!!我が母君に勝るとも劣らないこのおいしさ!!超ふわふわでそこらのお店の味など超越している!さらにお店には出せない家庭料理独特の温かみもあり、最高すぎる一品となっている!!
正直、近くで見る姫川さんのかわいさで味なんてわからないと思っていたが、姫川さんのかわいさに味が負けてない!!逆にかわいさとおいしさが切磋琢磨しているようにもとれる!あ〜んとは素晴らしい文化だ!!
「も、もういいから!や、やめて!!」
ん、姫川さんはどうしたんだ?顔がめちゃくちゃ赤くなってるぞ?それにやめてってなんだ?
「えっ?どうしたの?」
「ほ、ほめすぎだって!お、おいしいのはわかったし!でも、か、かわいいとか言わなくていいから!」
ま、まさか、も、もしや、また心の声が全部出てたのかーーーーー!!!!やばい!あんなに感想を垂れ流して、めちゃくちゃ気持ち悪いじゃんか僕!!あーどうしようどうしよう!!姫川さんが顔を赤くしてるのは怒ってるってことか〜!!
やばいやばい!!早く土下座して謝らないと!!
「す、すみませんでした!!」
僕が全力で土下座して謝るも、姫川さんは赤くなったまま顔を背けてしまった。
あ〜、やっちまった〜。気持ち悪すぎて、僕、訴えられないよね?大丈夫だよね?
貴志は今日も自分がやり返していることに全く気づかないのであった。
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