第1話 間接キス

 それは突然のことだった。

 いや、予測はできたはずだ。完全に僕が油断していたからこんなことが起こったのだ。


 休憩時間。僕が紙パックのリンゴジュースをチューチューと呑気に飲んでいた時のことだった。


「あー!それ美味しそう!貴志!あたしにも飲ませてよ!!」


 『間接キス』


 これは古くから男女間で気にされてきたことであり、思春期の代名詞ともいえるイベント。

 小学生高学年から気になり始め、中学では間接キスで戦争が起こり、高校からは気になるけど気にしたら負けの空気が流れ始め、大学では気にも止められなくなるというわけのわからない文化である。


 ここは高校。間接キスなど気にした途端にウブな童貞であることがバレることであろう。


 つまり、ここで僕がとるべき行動は、「気にせず姫川さんにジュースを渡すこと」である。さて、ポーカーフェイスでかますとしますか。


「あっ、えっと、うん、しょ、しょうがないな。い、いいよ。」


「ちょっと貴志!笑笑 なにキョどってんの!笑笑 もしかして〜、間接キスが気になってんの〜?笑笑」


 くそう!なぜだ!なぜバレたんだ!!僕のポーカーフェイスは完璧だったはずなのに!こやつ、もしやエスパーか?でもなんとかごまかさないと!


「は?ちゃ、ちゃうし!間接キスとかどうでもいいし!全然飲んでくれちゃっていいし!」


「へ〜、そうなんだ〜笑笑 じゃあ、も〜らいっと!」


 そう言って姫川さんはニヤニヤしながら、僕のリンゴジュースを飲み、しっかりと口をつけて飲み始めた。


「ぷは〜!このリンゴジュースおいし〜!!はい貴志!ありがと!」


 姫川さんが僕にリンゴジュースを返してきた。


 すぐさまストローを確認する。うっすらとピンク色に染まっている。も、もしや姫川さんのリップ!?

 僕が顔を上げると、姫川さんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「あれ〜?貴志〜、そんなにストローじろじろ見ちゃって〜、間接キス意識しまくってんじゃん!笑笑」


 や、やられた。反射的にストローを確認してもうた。やってまった。だがここで言い訳をさせてもらおう。正直、無理ですよね?見ちゃいますよね?ここに口つけたんだ〜とか思っちゃいますよね?

 く、くそう。姫川さんにまたからかわれてしまった。だが、ここで照れて怯んでしまっては男が廃る!!

 僕は負けない!!


「き、気にしてないし!!すぐ飲むし!!」


 僕は思い切って、姫川さんが口のつけたリンゴジュースを飲む。


「めっちゃ顔赤くなってんじゃん!笑笑 貴志は照れ屋だな〜!笑笑」


 く、悔しい。飲めたは飲めたけど、間接キスが気になりすぎて味とか全くわからなかった。


 な、なんとか一矢報いないと。

 どうしようどうしよう。


 あっ、そういえば、ストローについてて改めて思ったけど、姫川さんにピンクのリップめちゃくちゃ似合ってて、かわいいなぁ〜。それに綺麗な唇してるよなぁ〜。


 あれ?なんか姫川さんの顔、赤くなってない?どうしてだろ?


「姫川さん、顔赤くなってるけど大丈夫?」


「う、うるさい!貴志がいきなり変なこと言うからでしょ!!」


「え?変なこと?」


「か、かわいいとか、綺麗とか、、、」


 ん?あれ?も、もしかして、声に出てた??やばーーーーーーーーい!!!!僕さっき多分めちゃくちゃ気持ち悪いこと言ったよね!?姫川さんなんて顔を赤くして怒ってるし!やばいやばいどうしよ、とりあえず土下座したほうがいいかな?うん、とりあえず謝ろう!


「す、すみませんでした!!」


 姫川さんは顔を赤くしたまま別の方向を向いてしまった。

 わ〜めちゃくちゃ怒ってるよ〜!!

 これから気をつけないと!


 貴志は自分のカウンターパンチが完璧に決まっていることに全く気づいていないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る