3
何度か日が昇り、鐘が鳴り牢の中の人々は次々に外へと出て行く。夜は山と山の境だからか、霧が濃くなりやすいため、早朝から仕事をするのだ。
この地では鉱石が取れる地であるため、暗い穴倉に大人たちは入り、子供たちは土砂が詰まった袋を運ぶ。毎日変わらぬ光景である。四肢に
「おい! 誰が休んでいいと言った!」
腰に剣を身につけた衛兵が
しかし、シルアを守るようにキリユウが衛兵の前を横切り鞭を素手で止める。キリユウの手からは血が滲み出す。
「シルアは病気してるんです。その分、僕が働きます」
「奴隷が口答えするな。ガキがその荷を二つも運べないだろ!」
そう言うと衛兵は男の子を鞭で叩く。キリユウは、打たれながらも荷を二人分背負い、シルアを抱えた。
「僕が全て運ぶ。これでいいだろうか」
衛兵は目を見開き、驚く素振りを見せた。年端もいかぬ子供が自分の体重以上の荷を軽々と持ち上げたからだ。キリユウは衛兵の有無を聞かず、荷を運び出す。
「ごめんね、ユウちゃん。私っ……」
「気にしなくていいよ。シルアは休んで」
キリユウは荷を運び終わると牢の中へと連れて行く。誰もいない冷たい牢にシルアを寝かせる。
「あとでご飯持ってくるね」
「うん。ありがと、ユウちゃん」
牢を後にしたキリユウはすぐにまた荷を運ぶ。日が暮れ、鐘の音が鳴ると奴隷たちは一つの場所に集まり、端が割れた歪な泥でできたお椀に一杯の汁が配られる。具材は何一つ入っていない汁だが、それが一日一回の食事である。
「シルア、具合悪いんでしょ? キリューの分後から持ってくから先にシルアの分持って行ってあげて!」
そう言い、フィアナが一杯の汁をキリユウに渡す。とても心配しているのか、いつもの笑顔がなかった。キリユウはその汁を持ち、シルアのいる牢へと向かった。
牢に近づくと苦しそうに咳き込むのが聞こえ、自然と足が早くなる。
「シルアっ!」
咳き込みもがくシルアの背をさすり、落ち着かせる。その時、遠くからこちらに近づく足音が聞こえる。
「三人? しかも一人は!」
二人は剣が擦れる独特の足音だが、一つ異なる足音があるのだ。甲高く厚いそこの靴。
「あらあら。すごい咳ね〜」
牢の外から聞こえる声にキリユウは身震いした。細身の中性的な顔立ちに右目は眼帯で隠れているが、左目はとても不気味な色を帯びている。その男はシルアに近づき眼球の動きや舌を見る。
「これはだめね。根まで腫れてるわ。処分してちょうだい」
『処分』という言葉にキリユウはひどく顔を青ざめ、縋るように男に言った。
「薬があればすぐ治る病気です! だから処分だけはっ」
「奴隷に与える薬なんかないわ。それにあなた達は私の所有物。どうするかは私が決めるのよ」
「ユウちゃん……いいの。私はユウちゃんの重荷になりたくなかったから」
弱々しく震えた声で呟くシルア。それを否定するように首を横に振るキリユウだが、男は衛兵の剣を取りシルアに向けるとキリユウは焦ったようにシルアを抱き寄せた。その行動に二人の間柄を理解したかのように頷いた。
「いいわ。助けてあげよっか?」
「お願いします! シルアを助けてください。お願いしますっ」
その言葉に縋るように願うキリユウ。男はシルアの腕を強引に掴んだ。
刹那、右の瞳に燃えるような熱さが走る。紅蓮の瞳にはシルアや男達、自身にまで、それぞれ異なる粒子の流れが見え、シルアの粒子の流れが途絶えた。
「うっそ〜」
シルアの首筋に線が走り、重い丸い物体が赤黒い液体と共にキリユウの足元に広がる。それが何か理解は出来たはずだが、勝手に否定する。赤く染まった床をただ唖然と凝視する。汚れた剣を衛兵に渡し、去る足音。その後牢に残ったのはシルアの亡骸と深い悲しみと怒りの呻き声だった。
「希望を与えた後の絶望したあの顔ほど唆るものはないわ」
布で汚れた手を拭き取りながら男は欲に満ちた笑みを浮かべた。しばらくして、後ろで椀が落ちる音が聞こえた。シルアの躯を抱えるキリユウをそっと抱きしめ、泣いた。フィアナはシルアの髪を撫で、何もできなかったことに謝罪していた。
植えつけられたのは死への恐怖。大切な人を目の前で失う恐怖。全てをすがることしかできない自分への怒り。右の瞳に映る景色が変わる。フィアナや自身に纏う粒子がシルアにはない。これは、生命の流れ。
──それは、僕らが奴隷になって二年経った頃のこと。
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