それはきっと幸せな涙

淳之介「……よしっ!!」

今日何度目かの姿見を見る―

そこにはビシッとスーツを着こなす男の姿

髪はオールバックに固め、知性と男らしさを演出する

今日はヒナミの誕生日…そして、俺はヒナミの家に招待されている

そして、付き合ってしばらく経つが、これが初めての彼女のお宅訪問だ―

 つまりどういうことか―

そう、彼女のご両親に紹介されるということだ

ならば、失礼の無いように正装で臨まねば、ヒナミに恥をかかせてしまう

或いは最悪、交際を反対されることにもなりかねない

だからこそ入念に、何度も姿見を見、手鏡でヒゲや鼻毛も確認する

???「……ゅんー?……ろいくわ……?聞いてるのー?」

どうやら奈々瀬も来たらしい。

丁度いい。

センスを理解しない妹はどういうワケか着替えろだの普段着にしろだのうるさくて参考にならないからな

ここはひとつ、奈々瀬に服装のチェックをしてもらうことにしよう

ガチャッ―

奈々瀬「もう、淳?聞いて…うわぁぁぁっ!?何それ!?どうしちゃったわけ!?」

ふっ…どうやらあの奈々瀬ですら言葉を失うほどにキマっているらしい

淳之介「ならばカンペキ、だな」

奈々瀬「何がカンペキなのか全然わからないのだわっ!?ほらっもうこんな日にバカやってないで早く着替えてっ!?」

淳之介「バカとはなんだバカとはっ!!大体、今日という日だからこそこの格好なんだろうが!!」

奈々瀬「はぁっ!?意味わかんないんですけどっ!?ホラっ、わたちゃん待ってるんだから早く着替えなさいって!!」

淳之介「わっバカ、やめ―」


淳之介「つーーーん」

礼「……それで淳之介が拗ねているのか」

淳之介「拗ねてなんかいませーん」

郁子「え…いやダーリン重すぎない?友達として呼ばれたお誕生日会なのに」

淳之介「重くなどないっ!!俺はヒナミと付き合ってるんだぞ!?ご両親への挨拶で印象悪かったらお前らちゃんと責任取るんだろうなっ!?」

桐香「あら…もしそのようなことになってしまったら、私が責任をとって先輩とお付き合いさせて頂きます」

淳之介「責任の取り方が違うっ!?」

礼「まぁ、なんだ……よくやった、片桐」

奈々瀬「いえ…ウチの淳が非常識で申し訳ないのだわ…」

美岬「奈々瀬さん…完全にお母さんになってませんか?」

麻沙音「奈々瀬さんがお母さん!?なんだそれ最高じゃないのか今からでも遅くないよ兄!!あんなロリは捨て置いて奈々瀬さんとお付き合いして!!家族になってアサちゃんも混ぜてぇ~」

淳之介「ふっ…妹よ。ヒナミは決してロリなどではない。むしろあれほどまでに成熟した大人の女性を俺は知らないからな。むしろ俺は熟女好きと言っても過言ではない」

礼「いや、過言だろう…」

文乃「むべ……じゅくじょ好き……」

奈々瀬「はいはい、文乃にへんなこと教えちゃめーでしょ。バカなこと言ってないで、とっとと行くわよー」

結局、みんなと合流してワイワイとヒナミの家の前まで行くことになり―

礼「ここだ。よし、それじゃ行こうか」

淳之介「待てっ!う”っう”ぅ”ん!!」

奈々瀬「もう何よ、わたちゃんの家にあがるだけなのに大げさねぇ」

淳之介「大げさなもんかっ!!ヒナミのご両親と会うんだぞっ!?」

美岬「なんかだんだんこの男がめんどくさくなってきましたね…」

郁子「奇遇だね。あたしもちょうどそう思ってたんだよねー」

麻沙音「デ感」

桐香「あぁ…先輩にここまで気を遣って貰えるだなんて…羨ましくて、なんだか妬けてしまいます」

淳之介「好き放題言いやがって…いいか!?これからヒナミの家なんだぞ!?もっと緊張感をだな―」

礼「あぁもううるさい!橘!お前はそれでも男か!?勃起が出来るなら克己しろっ!チンポがあるなら覚悟を決めろ!」

文乃「皆さま、人様の玄関先で少々騒ぎすぎなのでは……?」

奈々瀬「文乃の言うとおりよ。淳、アンタもいい加減覚悟を決めなさい。それに、ここで騒いでる方がよっぽど印象悪いわよ」

淳之介「ぐっ……」

確かに奈々瀬の言うとおり、ここで騒ぐのはご近所に迷惑がかかる

それはつまり、ヒナミの家にとって望ましくないことだろう

ここは大人しく家にあがらせて貰うべきだろう

そんなことを考えていると―

ヒナミ「あ、やっぱりみんなだったんだね。今日はわざわざ来てくれてありがとう!さ、あがってあがってー」

先ほどのやり取りが聞こえたのだろうか、ヒナミが出迎えてくれる

礼「あぁ、ヒナミ。お誕生日おめでとう。すまないな、さっそくあがらせて貰うよ」

ヒナミ「うん、ありがとう礼ちゃん。どうぞあがってあがって」

奈々瀬「ごめんなさいね、わたちゃん。少し騒がしかったかしら」

ヒナミ「んーん、大丈夫だよ。奈々瀬ちゃんも、あがってゆっくりしていってね」

みんなそれぞれ、挨拶を交わしながらヒナミの家にあがっていく

ヒナミ「ほら、淳くんもあがってよ。そんなところに居ないでさぁ」

淳之介「あ、あぁ…それじゃ、お邪魔します」

ヒナミ「どうぞどうぞ。淳くんがお邪魔だなんてこと絶対ないけどな」

最後に満面の笑みで促され、意を決してヒナミの家にあがる―


???「あら、あなたがウワサの彼、かしら?いらっしゃい」

淳之介「ど…どうも…」

着いて早々にリビングに通され、出迎えてくれた大人の女性に面喰らい気の無い返事を返してしまう

ヒナミ「もー、お母さん!ウワサなんてしてないよっ!」

お母さん「あら、誰もヒナミの彼だなんて言ってないじゃない。島中でウワサの彼、って言ったのに」

ヒナミ「~~~~~っ!!知らないっ!!」

お母さん……お母さん……おかあさん……

淳之介「えっ!!?こここ、これは失礼しましたっ本日はこのようなめでたい席にお呼び戴き光栄至極に存じます!!!」

麻沙音「…他人のフリしてていい?」

奈々瀬「見てられないのだわ……」

文乃「…………」

やべぇ…いきなりの失態に頭が真っ白になって、ワケわからないこと口走った……

ヒナミ「もー淳くんったら、何それ。あはははは」

お母さん「ふふっ、どうぞ気楽に楽しんで行ってくださいね」

淳之介「はっはい!ありがとうございます!」

ヒナミが何かのギャグだと思ったのか、ウケてくれたのが幸いした……

何とも言えない空気だったのが、明るい笑い声に呼応するように和やかなものに変わる

礼「まったく、あれほどウジウジとしてた割になんだその挨拶は。たるんでるんじゃないのか?もう一度しごいてやろうか、橘?」

淳之介「う、うるさい。仕方ないだろう、初めてヒナミの家に―」

美岬「こんなヘタレ男のことなんてどうでもいいじゃないですか!それより、せっかくのお料理が冷めてしまいますよ!」

郁子「さんせーい。とりあえず始めてから話せばいいんじゃないかな」

麻沙音「すっごくイヤだけど、今日は畔さんと意見が合うなぁ…」

美岬「麻沙音さん…っ!」

麻沙音「だーもう鬱陶しいし暑苦しいから近寄るなぁ~。だからイヤなんだよぉ」

奈々瀬「あ、私配膳手伝います」

文乃「わたくしも、何かお手伝い出来ますでしょうか」

桐香「きゃっきゃ」

ヒナミ「ふふっ、嬉しいなぁ、楽しいなぁ。わたし、みんなとワイワイ楽しいお誕生日会に憧れてたから、こうやってみんなと楽しく出来るの嬉しいな」

淳之介「……あぁ、そうだな」

目の前のみんなを一瞥

うん、いつもどおりの騒がしい…最高の仲間たちだ

きっと今日は特別なヒナミの誕生日会になる

いや、今日も、最高の一日となるのだろう

奈々瀬「はい、お待たせ~」

礼「みんな、グラスは持ったか?それでは…橘、音頭を頼む」

淳之介「あぁ―!ヒナミ、誕生日、おめでとう!」

「「「おめでとー!!!」」」

チンッ―


礼「うっうっ……ヒナミぃ~…ずいぶんと大きくなったなぁ~……うっうっ…うえぇぇぇ~ん…」

美岬「あっはっはっはっは!もう酔っちゃってるんですかぁ?SSも大したことありませんねぇ!」

郁子「カッチーン…ミサキちゃん、あたしね、酔っても戦える修行してきてるし、酔ってないんだけどな?」

文乃「むべ…お、お二人とも、ここはおめでたい席ですから、そのような物騒なことは」

桐香「あら、NLNS対SSですか?面白そう!私も混ぜて」

文乃「冷泉院さん!アナタという人はSSを束ねる立場にありながら…くどくど…」

桐香「はい……はい……どうもすみません……」

奈々瀬「はいはい文乃。それこそおめでたい席なんだから、もう少し優しく、ね?……それにしても少し暑いわね…」

麻沙音「ふわぁゎゎっ!なな奈々瀬さんが無防備にシャツをパタパタとっ!?空気中に高濃度のナナセニウムが流れ出してあぁもうだめぇ~…」

奈々瀬「ちょ!?アサちゃん!?大丈夫?鼻血なんかだして、どこか悪いの!?」

ヒナミ「ふふっ、みんなが楽しそうでよかった。ねぇ、淳くん…淳くん?」

おかしいな……さっきまで隣に居たのにな……?


淳之介「……ふぅ」

みんなとこういったパーティーというのは、とても楽しいものだ

だからこそ、少し飲みすぎている、そう自覚した俺は軽く酔いを醒ますためにもトイレに行っていた

淳之介「やれやれ……みんなはしゃぎすぎだろ…」

少し離れたことで、みんなにてられていた気持ちが少しだけ冷静になる

口ではそう言ってみたものの、やはり俺もはしゃいでる側なのだ。

自然と笑みが零れる

???「あら―?」

淳之介「えっ?」

お母さん「確か…橘くん、で良かったかしら?」

淳之介「あ、はい、先ほどはどうも…」

お母さん「ふふっ、気にしないで。年頃の男の子が女の子の家にあがるんですもの。多少動転するくらいが普通よね。……と言っても、ウチの娘ではあまりそういう意識は働かないかしら」

少し顔を曇らせて、半ば自嘲気味にお母さんが言う

それはそうか……ヒナミ自身が気にしていたように、一番近くでヒナミを見て来た家族もまた、ヒナミのことを気にしていたのかもしれない

淳之介「…いいえ」

お母さん「え?」

淳之介「ヒナミは…ヒナミさんは、確かに最初お会いした時は年下なのかと…B等部なのかと思ったこともありました。ですが彼女は誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも広い懐で俺たちを…友人を…仲間を、導いてくれました」

淳之介「俺のようなものが言うのはおこがましいことかも知れません。でも、俺が知る渡会ヒナミは、誰よりも大人の女性です。どんな人よりも魅力的な女性です」

初めて出会った時暴漢に攫われそうになったこと…共にSSに入り条例を潰そうと画策していたこと…礼先輩のこと…

その時々の俺の行動や思い、そしてヒナミの行動を伝える

彼女に救われたこと、彼女に支えてもらったこと、彼女が共に戦ってくれたこと―


礼「ヒナ……ミィ~……うふふふふ……すぅー…すぅー…」

桐香「せんぱい……ウチどないしてえぇかわからへん……」

郁子「あーあ…もう、世話が焼けるなぁ。二人とも強くないのに潰れるまで呑むんだもんなぁ。いーっつも帰りはイクが連れて帰らなきゃいけないのに」

奈々瀬「ん~……ダメ……すぅー……すぅー……」

麻沙音「ふへへぇぇ……ナナセニウムで溺れりゅぅぅ~…」

文乃「…………すー…………すー…………」

美岬「コッチもみんな寝ちゃいましたねぇ…いくら私でも酒気帯び運転でみんなを運ぶのは……」

ヒナミ「みんな今日はうちにお泊りすればいいと思うな」

郁子「いや、流石にそこまで広くないでしょ…いーよ、礼ちゃんととーかちゃんはイクが運んで帰るから」

美岬「では私は奈々瀬さんを…文乃ちゃんと麻沙音ちゃんは淳之介くんにお任せ…あれ?」

ヒナミ「そーいえばまだ戻って来てないな?ちょっと探してくるね」

そういって廊下、トイレと見に来たのだがやはり居ない…

となると残るは私の部屋……

そう思い、部屋の前まで来ると……

淳之介「俺は…そんな彼女が好きです!どうか、ヒナミさんとのお付き合いを認めていただけないでしょうか!」

―えっ!?

淳くんの声…それに今、私のこと……

ガチャッ―

ヒナミ「私も!……私も淳君のことが好きっ!お母さんが認めてくれないなら、この家を出ていくからっ!」

気づいたら私はドアを開けてお母さんに怒鳴り込んでいた―

だって、淳君、お母さんに反対されてると思ったから……

私も淳君が好き!どうしようもないくらいに好きなんだって、本気なんだって伝えたかったから

お父さんもお母さんも大好きだけど、それでもきっと淳君と二人ならどこにだって行ける、なんだって出来ると思ったから

お母さん「…………ヒナミ」

でも、お母さんは泣いていた―

ヒナミ「おかあ……さん?なんで…泣いてるの?」

それは、私の勘違い。だってお母さんは……

お母さん「それはね…ヒナミ、アナタが…アナタで居てくれたから……そんなアナタを……好きだと言ってくれる……こんな素敵な人が居てくれるからよ……」

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