サプライズ
桐香「奈々瀬さん、折り入ってご相談が……」
奈々瀬「え?アタシ?…珍しいわね、会長が相談なんて」
桐香「えぇ…実は私、もうすぐ誕生日なのです。そこで奈々瀬さんに是非、お料理を教えて頂きたくて……」
奈々瀬「誕生日なのに、会長がお料理をするの?…アタシが何か振舞いましょうか?」
桐香「いいえ、それには及びません。実は――」
淳之介「桐香。次、移動教室だったよな。迎えに来たぞ」
桐香「あら先輩。ありがとうございます。ですが、次の教室へは階段を使わずに行けますので……」
淳之介「気にするなって。ほら…よっと」
桐香「あら…。構いませんよ、歩くことは出来ますのに…」
礼「桐香様。そろそろお昼にしませんか?」
桐香「あら?もうこんな時間ですか……わかりました、礼。今日は何を――」
淳之介「おーい桐香。そろそろ休憩しないか?今日はゼリー状にしてこぼさずに食べれるものを持ってきたぞー」
桐香「あら先輩。ありがとうございます。ですが、今礼と……」
淳之介「いいから、ほら。これならお前でもこぼさずに食事が楽しめるだろう」
桐香「まぁ…確かに、これなら礼に手間をかけずに済みますね」
礼「…………」
郁子「えっ!?とーかちゃんがお料理するの!?どうしたの突然…」
桐香「えぇ、いつも先輩にばかりご馳走になっているものですから、何かこちらからも振舞いたいと思いまして…」
郁子「そっか、うん。わかった。アタシもそこまで上手じゃないけど、そういうことなら……」
淳之介「おーい、桐香~。そろそろ学園に行かなきゃ時間無いだろ~?迎えに来たぞ~……って、何!?料理!? ダメだダメだ危な過ぎる!!万が一のことがあったらどうするんだ!」
郁子「…………」
淳之介「なに!?本島に?俺も行く!」
礼「ダメだ。お前は学園に残って桐香様に替わり雑務をこなしてもらう」
淳之介「なぜだ!?本島で階段があったらどうするんだ!」
郁子「今日は仁浦のおじ様も一緒だし、それにあたし達だって普段の訓練をしなきゃいけないでしょ。とーかちゃんの替わりが出来るのは、ダーリンだけなの」
淳之介「くっ……桐香、困ったらすぐに連絡して来いよ!いや、困らなくても連絡を―」
桐香「えぇ、わかりました。それでは先輩、礼、郁子、留守をお願いね」
桐香「先輩のご厚意はありがたいのですが、少々度が過ぎる、ということで礼と郁子が今日より数日間、本島に呼ばれたことにして、奈々瀬さんにお料理を教わってこい、と…」
桐香「奈々瀬さんさえご迷惑でなければ、私にお料理…教えていただけますでしょうか」
奈々瀬「……なるほど、ね。仕方ない、そういうことなら一肌脱ぎましょうか」
奈々瀬「それにしても…束縛が強いだなんて…そこまで拗らせちゃってるのかぁ……責任感じるわ……」
奈々瀬「燃えてる!燃えてるから!!…もう、なんでチョコを溶かすだけなのに燃えるのよぉ~…」
桐香「あらあら……困りましたね……どうしましょう」
奈々瀬「どうしよう……チョコを溶かすことが出来なきゃケーキなんて……かといって、他のケーキだともっと難しいし……」
桐香「…………」
奈々瀬「いけないいけない……アタシがめげてちゃ出来ないじゃない……しっかりしろ、片桐奈々瀬。……うん」
奈々瀬「ねぇ、冷泉院さん。もう少し簡単なレシピ考えてくるから…今日のところは一旦ここまでにしましょうか」
桐香「えぇ…わかりました。ごめんなさい奈々瀬さん、ご迷惑を――」
奈々瀬「ストップ。これは、アタシから会長への誕生日プレゼント。だから迷惑だなんて思ってないし、会長さえよければ気が済むまで受け取って欲しいわ」
桐香「……ありがとうございます。私は幸せ者ですね……こんな素敵なプレゼントを頂けるだなんて」
奈々瀬「なに言ってんのよ。こんな素敵な彼女を貰った男の方がもっと幸せ者なんだから。……っと、明日までには何か、火を使わずに作れるもの考えておくから」
桐香「はい……よろしくお願いします」
奈々瀬「というわけでみんなは何かいい案は無いかしら?」
文乃「申し訳ありません……私は洋菓子は詳しくありませんで……」
美岬「私の家は火を使わないお料理は少ないですから…」
ヒナミ「それなら、お母さんと一緒に作ったトキあるな。んとね、ホットケーキミックスと炊飯器を使えば……」
奈々瀬「なるほど…うん、それなら出来るかも。ありがとね、わたちゃん」
ヒナミ「ううん。冷泉院さんと淳君、ちゃんとお互いに対等な関係になれたらいいねぇ」
奈々瀬「えぇ……そうね」
奈々瀬「あとは炊飯器に流し込んで、このボタンを押して待つだけなんだって」
桐香「まぁ!このような簡単な方法でケーキが作れるのですね!私、初めて知りました」
奈々瀬「アタシも、わたちゃんから教わらなければ知らなかったわ。とりあえず、完成を待ちましょうか」
桐香「えぇ。私、楽しみです。これでようやく淳之介さんにご馳走が振舞えるのかと思うと…あぁ」
奈々瀬「…………えぇ。喜んで……泣きだすかもしれないわね」
桐香「奈々瀬さん…?」
奈々瀬「あぁあぁ…ゴメンね。なんでもないの」
桐香「…………見当違いでしたらごめんなさい。私ではアナタ達の間にあった過去を消すことは出来ないかも知れません」
奈々瀬「――!!」
それは冷泉院さんの天性の洞察力だろうか……
決して明かしていない…そして恐らく淳も打ち明けられずにいる……過去の傷
桐香「それでも……私は淳之介さんと居ると…幸せなのです」
奈々瀬「冷泉院…さん…」
桐香「そして…そんな幸せを、淳之介さんにも感じてほしいと…そう願っています」
桐香「過去は消せない……それでも、明日を笑って生きていけるように……奈々瀬さんは、私では不安かも知れませんが……ふふっ」
あぁ……こんなにも想ってくれる人が彼には居る――
奈々瀬「ごめんなさい…正直言うとね、ちょっと……気持ちの整理がつかなかったの」
もうアタシじゃ…ダメ…なんだ――
奈々瀬「…でも、もう大丈夫。ごめんね、せっかくのお料理が不味くなっちゃうわね」
彼の隣で…対等に話すべきはアタシじゃない――
桐香「……ありがとうございます、奈々瀬さん」
奈々瀬「ちょっとやめてよ。アタシは、別に淳の保護者じゃないんだから。ほら、そろそろ焼きあがるみたいだし、試食しましょうか」
桐香「えぇ。美味しく出来てると良いのですが…」
奈々瀬「大丈夫。会長がありったけの愛情を詰め込んだものですもの。料理は愛情。これ食べて泣かないような男はフっておやんなさいな」
桐香「まぁ……ふふっ」
それなら……アタシは……
淳之介「っつぁ…ダメだ…書類が片付かない……いつも桐香はこんなハードな仕事してたのか……」
命令系統がトップダウン形式であるSSは、その仕事のほとんどがトップ、冷泉院桐香に集約されるようになっている
その書類や仕事は常軌を逸している、とまで言っても差支えがないほどだ
淳之介「これじゃ、桐香の連絡をゆっくり待つことも出来ないな……」
せっかくの桐香の誕生日だと言うのに……
淳之介「……ダメだ」
焦りや苛立ちを自覚してしまった以上、一度休憩を挟むべきだろう
そう思い、コーヒーでも飲もうかと席を立った時だった――
奈々瀬「淳?ちょっと、いいかしら」
淳之介「奈々瀬?どうした?あぁいいぞ。ちょうど休憩しようと思っていたところだ」
生徒会室に招き入れ、2人分コーヒーを注ぐ
奈々瀬「ん…アリガト」
淳之介「…どうした。何か、話があるんだろう」
奈々瀬「…えぇ、そうね。ねぇ淳……冷泉院さんのこと……どう思ってるの?」
淳之介「どうって……好きだよ。大切に想ってるつもりだ」
奈々瀬「…そう」
奈々瀬「ねぇ淳。誰かを好きになって…誰かを大切に想って……だからこそ、守りたい……それって、本当に相手のためなの?」
淳之介「えっ?」
奈々瀬「それって……相手を信頼出来てないわがまま、エゴの押し付けなんじゃないかしら」
淳之介「それは――」
違う――その一言が出てこない……
俺は……大切に想っているつもりで……桐香を信頼していなかった……?
いや違う……どこかでまだ桐香を恐れているのだ
奈々瀬「怖い?だからこそ、手の届く範囲に居て欲しい?」
淳之介「――!!」
そうだ――
俺は、桐香をコントロールしたいと……どこかで感じていたのかもしれない――
奈々瀬「淳……アンタは……アンタだけは……エゴの押し付け……しちゃ……ダメよ
だって……それはきっと……
淳之介「奈々瀬――俺は……」
あぁ……そうか
淳之介「ありがとう。…………
俺が道を誤りそうな時、いつも正してくれた――あの時から変わらず――ずっと、俺を見ていた……愛してくれた人
奈々瀬「……ぐすっ……何よ……いまさらわかったワケ?……アタシ、アンタのこと……」
淳之介「……あぁ。…………済まない」
奈々瀬「……早く、行ってあげなさいな。今更同情なんて…………余計に惨めな……だけじゃない」
一言、あぁ、とだけ――
それだけ言って足早に生徒会室を出る
彼女の泣き顔を見ないことだけが、俺に許された唯一の贖罪――
そして、そんな俺を待ってる人が居るのだ――
バタン――っ!!
淳之介「桐香――っ!!」
あれから息が切れることもお構いなしに、今すぐ会いたい…伝えたいことのもどかしさそのままに自宅のドアを開ける
きっと、彼女はそこに居る――
桐香「あら…先輩?どうしましょう……思ってたより早いわ」
淳之介「はぁ……はぁ……お前の……彼氏だから、な……」
麻沙音「兄!?どどどどうしよう……文乃っ」
文乃「じゅ、淳之介さま、どうかまずはお水を――」
文乃から水を受け取り、一気に飲み干し――
淳之介「桐香……済まない。俺は……お前を恐れていたんだ」
桐香「?それはどういうことでしょう、先輩?」
淳之介「……お前を守りたいと願ってた。でも気づけば、お前が俺に”守られていてほしい”……そう、願うようになっていたんだ」
淳之介「だから、常にお前が側に居ないと不安だった……お前をコントロールすることで”守っている”などと思いあがって……満足していたんだ……」
淳之介「お前のためじゃなく……ただのエゴだったんだ……済まない」
伝えたいこと、伝えなきゃいけないことが溢れ上手く纏まらないが、とにかくそのまま思ったままを素直にぶつけるようにまくし立てる
桐香「……先輩。私、人の心がよくわからないんです」
淳之介「……あぁ?」
桐香「似た者同士なんですね、私たち。私も、先輩のことが…時々怖くなるんです」
淳之介「――!!済まないっ……怖がらせるつもりなんて……」
ダメだったのか……?もう、手遅れなのか……?
冷や汗が一気に噴き出してくる
桐香「いいえ、そうではありません。むしろ普段のご厚意には感謝しているのですよ、先輩」
淳之介「…………えっ?」
予想だにしない言葉――固まる俺を他所に、桐香は続ける
桐香「私は、一人では着替えることも、階段を昇ることも……そう、生きていくことも出来ません。そんな私を側で支えたいと言ってくれる人が居る」
桐香「私は、欲というものがないのです。地位もお金も何もほしくありませんでした。そんな私が唯一、先輩が欲しいと願いました」
桐香「もし、このまま何も出来ないままの私でいたら……先輩、あなたに相応しくないのではないか……あなたに、嫌われてしまうのではないか、と……そう…………考えると…………」
桐香「私…………」
淳之介「――っ!!」
ギュゥッ――!!
桐香「!!!?せ……先輩?」
彼女の目に浮かんだ涙……それを見た瞬間に、気づいたらただ抱きしめていた
淳之介「バカだな……俺が……桐香を嫌いになんてなるもんかっ!」
桐香「せん……ぱ…い」
そう、バカだ――
俺はこんなにもお前のことが好きで、どうしようもなく好きで……
淳之介「バカだな……俺。彼女が……こんなにも不安を感じているのに気づかずに……エゴを押し付けてばっかでさ……」
桐香「…………」
そう、バカだ――
桐香はこんなにも俺のことを想って、狂おしいほどに愛してくれていたのに……
淳之介「桐香」
桐香「はい、先輩」
淳之介「今度こそ、お前を守ってみせるさ。俺は、絶対にお前を嫌いになんてならない。だからそんな意味の無い不安におびえないでほしい」
桐香「…はい」
淳之介「今度こそ、お前と対等に側に居たい。今までの失敗を水に流せなんて言わない。ただ、これからの俺を、もう一度だけ信頼してみて欲しい。俺も…桐香を信頼するから」
桐香「…はい……はい!」
今はただ、ずっと横たわっていた”遠慮”という隙間を埋めるように二人抱き合う――
あぁ、そうだ。これだけできっと、なんでも分かり合えてしまう。
どんな不安も一瞬で信頼に置き換えられる――
麻沙音「おーおー、人んちの玄関でお熱いこってぇ」
文乃「じゅ、淳之介さまのお家でもありますゆえ…」
麻沙音「おーいお二人さーん、いつまでも抱き合ってないで、冷泉院さんの作ったケーキが出来たよー?」
淳之介「……え?」
桐香「ふふっ、実は――」
淳之介「なるほど。……一生、奈々瀬には足を向けて寝れないな、俺」
桐香「まぁ…ふふっ」
二人笑い合って、リビングに――
桐香「あぁ、そうだ。先輩?」
淳之介「ん?」
桐香「愛してます――」
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