糞と不運と
日野くんの家を後にしたわたしは、まっすぐ自宅へ帰るとベッドに飛び込み枕に顔をうずめた。
やっぱり、わたしは日本一不運な女子高生だといえるだろう。好きになった人が、ことごとく転校やらなんやらで離れていってしまうのだから。
「由香里さん、由香里さん。いったいどうしちゃったんですか? あの家でトイレを借りてからすっかり元気がなくなっちゃったように見えますが、まだ体調が悪いんですか?」
本当に不運だ。落ち込んでるからひとりきりにしてほしいのに、糞の精霊がそれを許してくれないのだから。
「あのねぇ、糞精だって日野くんとわたしの話をこっそり聞いてたのならわかるでしょ? 好きな人が転校しちゃうの。離ればなれになっちゃうの。こんなの落ち込むに決まってるじゃん」
わたしが顔をあげてにらみつけるも、糞精は目をぱちくりさせてこちらを見返していた。
「どういうことですか? 結局なんで由香里さんは落ち込んでいるんですか?」
「はあ? なんで理解できないのかな……。いや、まあ、精霊に人間の恋愛感情を理解しろってほうが無茶なのか」
わたしがそう言うと糞精には珍しく少しむっとした表情をみせた。
「バカにしないでください。恋愛感情くらいぼくら精霊でも理解してますよ」
「だったらわかるでしょ。わたしがどれだけ不運なのかって」
「不運?」
「そうよ。だっていままでわたしの好きになった人は、転校したり、すでに彼女がいたりで一度も想いが届いたことがないんだから。ここまで不運なことってないでしょ?」
「……あの、少し言いにくいんですけど、それって言い訳じゃないですか?」
「なっ……それどういう意味よ!」
わたしは思わず怒鳴っていた。
人がこんなにも落ち込んでいる時にそんな心ないことを言うなんてあんまりだ。
わたしがいままでどんな人生を歩んできたかも知らないくせに。
なんの恩返しもできないポンコツ精霊のくせに。
怒りが沸々とわき上がってくる。
「実際、わたしは好きな人に告白できたことが一度もないのよ! わたしは、いままでずっとずっと不運だったの! 糞精になにがわかるっていうのよ! なにをするにも不運が足を引っ張る人間の気持ちなんかわかりっこない!」
感情にまかせて発したわたしの言葉を糞精はただ黙って聞いていた。そして、すべてを聞き終えるとぽつりとこう尋ねた。
「由香里さんは本当にいままで好きな人へ告白することができなかったんですか?」
「え?」
「転校したって、彼女がいたって告白することはできたんじゃないんですか? 少なくても彼――日野くんはまだ転校なんてしていないじゃないですか」
「で、でも――」
「それなのに不運のせいにして――ぼくとしては他人事とは思えないんですよ。なんていうか、糞と不運て語感が似ているじゃないですか。だからこそ不運が責任を押しつけられているのをぼくは黙って見ていられないんです」
「……」
理屈の根源は無茶苦茶ではあるが糞精の言うことはもっともなのかもしれない。わたしは自分の不運をいままで逃げ道にしていた。失敗したり嫌なことがあるたびに、運が悪かったんだと諦め、立ち向かうことをしなかったのだ。
「由香里さんは告白できなかったんじゃない。自分の意志でしなかっただけなんですよ。それなのに全部不運ってことで片づけるなんて卑怯だと思います」
糞精はふっと穏やかな笑みをこぼす。
「そりゃ好きだって伝えるのは怖いことです。でも、気持ちを伝えなきゃそのままお別れ……。そんなの寂しいじゃないですか。勇気を出さなきゃ後悔しますよ」
糞精の言うことは正論だ。反論の余地もない。でも、慰めてもらえると思っていただけに、こんな諭され方をしたら逆に腹が立つ。
だからこそ、わたしはむきになって言い返していた。
「糞精の言いたいことはよくわかったわよ。告白すれば文句ないんでしょ? いいじゃないの。明日、日野くんにわたしの想いを全部ぶつけてやるわよ!」
そんなわけで、わたしは日野くんに告白することとなったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます