第79話 新たなる時代の幕開け(2)

(1)

 彼女は丁度街で買い物を済ませ、屋敷に戻ったところだった。

 終戦宣言が出されて、もう3日が過ぎようとしている。戦いを終えた子供達がいつ帰ってきても良いように、いつもより多めに食糧を買い込んだ。更に、この地方はこれから厳しい冬を迎えるので、冬物の服も買い揃えてやった。17歳という年頃の彼等に言わせれば、多少お節介かもしれないな、と思いつつ――


 コン、コン、とノックの音が二つ聞こえた。彼女は食糧の収納も中途半端に、玄関へと急いで駆けて行く。

「(リョウ、セイ!)」

祈るような気持ちで、彼女は扉を開けた。しかし、

「……。」

開けた扉の外には、誰の影もなかった。

「(また、か)」

最近どうも、音に敏感になり過ぎている。昨日だって、その前の日だって、木枯らしに震えるドアの音をノックの音と聞き間違えて扉を開けてしまったのだ。彼女は一つ溜息をつき、外の冷たい風に当たって冷静になろうと扉の外に出た。


――そこを狙われたのだ。


 「せーのっ!」

そういう小さな掛け声が聞こえ、マオはビックリして振り返った。

――ドスン、という衝撃と温かい二人分の腕。

「!?」

一瞬、マオは自分の身に何が起こったのかを把握できなかったが、悪戯っぽく顔を覗き込んでいる双子達の満足そうな笑みを目の当たりにすると、その表情が見る見るうちに明るさを取り戻していく……

「ただいま!」

リョウとセイが同時に口を開いた。

「リョウ! セイ!」

マオは帰ってきた“息子”達を両腕に力一杯抱きしめた。

「おかえりなさい、二人共!」

 今、長い旅に終わりが告げられた。


(終)

 空間分裂後、闇の民の世界となった『第二世界』では新魔王ヴァルザードを中心に、着々と民主政治導入の為の準備がなされていた。

 

 退位したリノロイドは新王により、“除霊”され、在るべき場所へと戻った。

 それは名目上、戦争を惹き起こした「戦犯」の追放とされ、圧制を強いられてきた民達を「解放」したのだという説明がされたが、ヴァルザードをはじめ、彼女をよく知る者達の心情は激しく動揺した。

 この“除霊”によって、ヴァルザードの妹・バラーダが復活する事になり、彼女もまた、新たなる闇の民の世界の為、力を尽くしてくれる事となる。

 

 アンドローズ王朝は新魔王の即位と同時に、『ヴェラッシェンド(“ヴェラ”の加護のあらんことを)』と名を変えて、かつての絶対王制を一掃する姿勢をアピールした。中央集権型政治を打破する為に、これまでの公地公民制を撤廃し、土地貴族に一定の支配権を認め、地方分権への移行も開始されることになった。

 これは、これまで魔王勅命軍として闇の民の安全保障に尽力してきた者達への今後の生活保障の為の制度でもあった。いずれは各国に常備軍と議会と官僚型組織が構築され、権力は民の為のものとなるだろうというヴァルザード国王の大きな期待が見える。彼はその後も多くの民から支持を受け、最も民から愛された王として、歴史に名を残す事となる。

 

 ヴァルザード魔王を支えたのは、勿論、妃となったアレスである。

 魔王勅命軍元帥として活躍した彼女の明晰な頭脳は、ヴァルザードの民主化への願いを確実に、そして最も効果的に世に反映させる為の施策を次々と打ち出し、それによって国民の生活水準をかつての数倍向上させる事に成功した。

 孤児院出身という過去から、“シンデレラクイーン”と呼ばれ、人々から慕われた彼女であったが、その一方で、王となってもなお睡眠をこよなく愛し、怠惰を信条とするフィアル、もといヴァルザードを怒鳴りつける光景は相変わらずだった、と側近の者は語る。

 

 魔王勅命軍は各地に分散する事になるが、政治が安定するまではやはりかつての統治機構が活用された。

 

 ヴェラッシェンドの常備軍元帥に任命されたのは、一時は軍を脱退したディストだった。

 混血である事や、一時謀反者だったことに対する民からの不満は皆無に近かった。むしろ、彼の柔らかい物腰と端正麗美な容姿が軍に対する話題の中心で、軍自体の戦争責任や軍備を疑問視する声を圧殺していたくらいだ。

 このような軍に親和的な世論の形成が、急激な民主化の促進を適度にコントロールする助けとなり、結果として人民の混乱を抑制し、ヴァルザード国王とアレスを助けたのだ。それだけに、奴隷時代に受けた傷がもとで、彼には子孫が残らなかったのは悔やまれた。

 

 ディストを支えたのは、彼が魔王軍隊長だった時代に養女に迎えられたヤカと、彼の全てを受け入れ、共に生きる事を誓ったソニアである。

 ヤカはやがてディストの意思を継ぎ、副脳をはじめとする生物兵器の抹消と国体を守る為の隠密活動部隊の基礎を確立させる事となる。

 

 ソニアは軍から離れ、専ら福祉教育活動に従事した。

 この事がディスト元帥の仕事のし易さに大きく関与していたのは言うまでもないが、彼女にとっては他人の言う文民や軍人の境界などはどうでも良い話で、見ている者の方がむしろ照れてしまうくらい仲の良い夫婦関係を築いていたという。

 一方で、空間分裂以後になって魔法における才能が一気に開花した彼女の活動は多岐に渡り、大陸各地で医療機会と教育機会の均等を図ると共に、多くの魔法学やその技術に関する著書を後世に残す。


 ヴェラッシェンドの常備軍に新たに迎えられた者達がいる。

 彼等の多くがサンタウルス正規軍で活躍していた闇の民だった。

 当然、民主化導入を念頭に採用された者達なので、ヴェラッシェンド常備軍も民も受け入れざるを得なかったというのが正直なところではあった。


 カルナもその一人だ。

 彼女はサンタウルス正規軍でも高官のポストを与えられていたので、当初は軍内部からの戸惑いは大きかった。が、彼女は元々工作活動員だったので、かつてあった第二部隊の中でもスキルが高く、元帥のディストに多用された為、誰もがその実力を認めるところとなった。彼女が後に編成される隠密部隊の初代隊長となる。


 ラディンとイザリアはソニアと同じく、福祉領域に活動を留めた。

 とはいえ、実はイザリアは、ヴァルザードの従兄妹に当たるので、政界が放っておく筈もなく、二人には絶えず公の肩書きが付いて回る事となってしまった。

 後に、イザリアはソニアとの共著で召喚術に関する本を出版することとなる。

 表舞台の苦手なラディンは、専ら忙しい妻を温かく見守るという構図は相変わらずだったようだが。

 

 マオは、ヴェラッシェンドの常備軍の部隊に配属された。勿論、これは彼女の意思である。

 ディストの実姉である彼女は、剣術・魔法共に能力が高い事は周囲も認めるところで、すぐに部隊隊長の座が明け渡されたわけだが、何せ、戦争の無い平和な世の中である。専らカルナやヤカと共に、中枢の仕事に携わり、弟の仕事を助けることが多かった。

 さて、彼女もやはり容姿端麗で、サッパリした小気味の良い性格ということもあり、求婚の話は多かったのだが、彼女は生涯独身を貫いたという。理由は、「これ以上“子供”は要らない」ということらしい。 


 彼女の言う「子供」達は、以後全く歴史上に現れる事はなかった。

 あれだけの大改革を世界にもたらしたのにである。

 しかし、それはあるいは当然なのかも知れない――彼等は世界にきっかけを与えたに過ぎないのだ。そして、だからこそ、人々は彼等を“勇者”と呼んだのだから。


 後に、サンタバーレ王国が一冊の本を出版した。『サンタウルス聖紀』という題名のその本は、著作者不明の日記形式で、「勇者」の辿った旅の道中の様子や戦いの内容が詳細に著されている。

 巷では、これはあの“勇者”によって書かれたのではないかと噂になり、たちまちに読み広められたのだが、実際のところは誰も何も分からないまま、伝説だけが世界に残った。

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