第78話 新たなる時代の幕開け(1)

(1)

 新たに作られた『第二世界』に帰還する魔王軍の兵士達を先導したのは、勇者との“聖戦”を終えたばかりの魔王だった。

 『第二世界』を創った勇者が一体どのような高度な魔法技術を使用したのかは分かり得ないが(恐らく勇者達本人も分かっていないと思われるが)、どうやら、今まであった魔族専住地(サテナスヴァリエ)自体が『第二世界』の内容そのものとなっているようだ。

 これは闇の民側に強いる空間移動のコストを最小限に食い止める最善の方法だった。今はまだ空を介して、二つの世界は繋がっているが、やがては切断されるだろう。


 さて、帰還準備途中だった魔王軍の兵士達に伝えられた玉音の内容で、今、軍は騒然となっていた。

「我々は新たなる世界を手に入れた。光の民による侵害から未来永劫に渡って守られ、恒久の平和を約束されることとなった」


 主君は終戦を告げたのだ。


 更に、それに貢献してくれたという理由で、ディストとソニアに出されていた回収(抹殺)命令が撤回され、復軍が許可されたのだ。

 勿論、これをアレス元帥以下、多くの兵達が歓迎した。

「ソニア隊長!」

アデリシアを筆頭に、ソニアがかつて率いていた魔王軍第四部隊の隊員が一斉にソニアの元を訪ねて来た。

「皆、心配かけてゴメンね」

一人一人と握手を交わし言葉をかける彼女に、かつての部下達が復軍を依頼しないわけが無かった。

「復軍ねえ……」

皆とまた働きたい気持ちも強いのだが、ソニアには別の希望があった。

「今まで傷付けることばかりやってきたから、今度は復興の為の力になりたいの。勿論、闇の民の、ね」

 彼女のレニングランドでの復興支援の経験は、サテナスヴァリエの復興にも大いに役立ちそうだった。

「それでしたら、」

アデリシアが言った。

「我々にも御手伝いできませんか?」

これからは闇の民の為にと思う気持ちは、その場の全員が持っていた。

 

 復軍の依頼はディストにも殺到していた。

 しかし、彼は純粋な闇の民では無い。彼自身、『第二世界』へ往くべきか、それとも元の世界に留まるべきか悩んでいた。

「どう、思いますか?」

周囲の喧騒を避けるように表に出たディストは、後を追ってやってきた傍らの少女に尋ねた。

「皆に言われたの。パパに復軍してもらうように説得して来いって」

ヤカが笑った。

「職務熱心ですね。何よりです」

ディストも笑った。

 そう、彼女は既に魔王軍第二部隊の隊長なのだ。人身売買斡旋所で、雨に打たれて震えていた彼女を保護した十年前の事が、つい昨日の事のようだ。彼女への迫害については、最早、心配無用であるとディストは判断していた。

「(軍に留まる理由は無いか)」

そう思いもしたディストであったが、

「私は、もうパパと離れたくない!」

また漂泊するような生活を検討しかねないディストの顔を、ヤカが覗き込んでいた。

「私が今日まで無事だったのは、パパが魔王軍で築いてきた信頼が、ずっと部隊内に残っていたからなんだよ?」

「……。」

ディストはこの時、デッキ、倉庫の影、階段の死角にそれぞれ潜伏して聞き耳を立てている、かつての部下達の気配に気が付いた。ディストが復軍するか否かを、固唾を飲んで見守っているのだった。

「……皆、職務熱心で何よりです」

何も隠れる事は無いのに、と苦笑をくれたかつての上司の表情に安心したのか、続々と見覚えのある顔ぶれが照れ臭そうに笑って並ぶ。

 その一人一人を見て、ディストも漸く決心がついた。

 躊躇より先に言葉がついて出てきたのは、それが本音だったからだろう。

「復軍します。宜しいでしょうか?」

「異議なし!」

ヤカがそう言うと、次々と同様の声と歓声が上った。

(2)

 光と闇、両国の元首から声明が全世界に発表されたのはそれからすぐのことであった。

 内容は終戦宣言ならびに平和不可侵条約。

 そして二種の永遠の別離。


 6ヶ月という期限付きで二種は完全に隔離されることが決定し、永久的に出会うことは無くなる。

 そこで、サンタウルス正規軍の手配によって、人間居住区(サンタウルス)に亡命していた闇の民のうち、希望するものは速やかに『第二世界』への移動が為されることとなった。

 彼等の殆どが反絶対体制派、即ち、リノロイドの絶対王政に不満を抱く者達であったのだが、この度、リノロイドの魔王退位も正式に発表されたので、彼等の殆どが『第二世界』への移動を希望している。

 勿論、次なる魔王というのは、覇王の直系血族にして、“勇者”と共に永きに渡る大戦に終止符を打った、ヴァルザード・ラダミーラ・リノロイヅの事である。


 「これ、返すな」

月夜のアンドローズ城のバルコニーはひっそりと静まり返っていて、フィアルの穏やかな声が柔らかく響く。アレスは渡された赤い石のペンダントを黙って受け取ると、漸く昇り始めた月を眺めていた。

「何だよ?」

アレスの沈黙が落ち着かないフィアルと、

「何です?」

フィアルの物言いたげな態度がじれったいアレスは、同じ月を眺めては溜息を吐いていた。

「やけに大人しいから、……何か調子狂うな」

などとフィアルがぼやいているのであって、

「そうですか?」

などとアレスがぼやいているのである。


 フィアルは、明日から再び名をヴァルザードと改め、全魔族の首長となる――正直なところ、アレスはそれに戸惑っていたのだ。

「即位、おめでとうございます」

彼女が素直にそう切り出せたのは、幾許かの沈黙と2つ目の溜息の後だった。

「何だよ、他人行儀だな」

フィアルは笑ってしまった。勿論、アレスは面白くない。

「ほんの半年前までは、軍法会議中でも作戦会議中でも平気で居眠りしたり、合戦の度にサボタージュして始末書を大量に書かされていたりしていた貴方が、明日から主君だと言われるこちらの気持ちも、どうぞご察し下さいませ」

反射的にこのように言ってしまったが、それが全てでは無い。アレスは、また一つ大きな溜息をついて、赤い石のペンダントを胸にしまい込んだ。


 風が強いようだ。大きな硝子の窓越しに、庭木がざわめく音が聞こえた。月の優しい光が、城の内堀の石を青白く照らし出していた。

「ちょっと、相談があるんだけど」

フィアルが切り出した。「私で良ければ」と、淡々と窓の外を眺めたまま、アレスは彼の穏やかな声に耳を傾けた。

「オレさ、お前も知っての通り、アタマ悪いしさ、政策の事とか統治の事とか、実際はあんまりよく分からないことだらけで……」

フィアルは一度、アレスの言葉を待った。

「本当にそうですか?」

今度はアレスが苦笑した。予想外の彼女の切り返しに、フィアルの方が小さく驚く。

「リノロイド様からは、貴方がサンタバーレの民主政治の知識を得たと聞いています。現に、貴方は明日、数百年間凍結されていた国民議会を復活させる宣言を出すのでしょう?」

彼が慢性の睡眠不足だったのはそういう意味である事を、彼女は最近知った。

「それに、貴方がこれから如何なる王になろうとも、魔王勅命軍は全力を以って元首たる国王をお守り致しますので、どうぞご心配なく」

私が、貴方を守ります――そう素直に言える口が、何処かに落ちていないものだろうか。アレスは風が吹く度に形を変える堀の水面の煌めきを目で追っていた。

「ア、レ、ス、」

「え……!?」

フィアルから名を呼ばれて振り返ったアレスだったが、急に目の前が真っ暗になった。呼吸を忘れてしまうほど驚いたので、彼女の聡明な頭の中さえも真っ白になってしまったが、自分の両肩や背中や飴色の長い髪が優しい温もりに包まれていることに気が付くと、それはもう、何とも言い表せないほど安らかな、優しい気持ちになって……

「お前さ、」

今、フィアルの声が真上から聞こえてきた。


「――女王陛下になってくれないか?」


アレスは顔を上げた。

「私……」

と言いかけたものの、あまりに不意の申出に気持ちの整理が覚束なくて、知将と呼ばれる彼女をしても、何を言うべきかを見失ってしまった。それを察したのか、

「嫌、か?」

フィアルが単純な二択に変換してくれたので、答えは簡単になった。

「いいえ、喜んで」

アレスはそのまま、もう一度、フィアルの胸に頬を寄せた。

(3)

 「じゃあ、オレ達はこれで」

リョウが亜麻色の髪の女性に挨拶した。セイも兄に合わせて頭を下げた。

「あの子に会わなくて良かったのか?」

山積する膨大な事務処理に追われ、アンドローズ城からなかなか出られない息子の事を気にしていたリノロイドが、双子達に声をかけた。

「良いんです。どうせ、戴冠式の時には冷やかしに来ることになってますから」

リョウは、今フィアルがいるであろう玉間方向を見て、ニヤリと笑った。

「そうしてやってくれ」

リノロイドは笑ってくれた。

 ふと、ランダ翁の言葉が彼女の脳裏を過っていった――


“貴女を救うのは儂では無かった――ただそれだけのことだ。”


「エイダ……」

エイダ・クォウツ・ファルテージという名前を、彼女は口にした。きょとんとして顔を見合わせた双子に、彼女は背を向けた。

「私の本名だ。せめて、覚えておいてくれないか」

ランダとリノロイドは、エルサザール島に二つあった王朝のそれぞれの出身だった事、そして、“リノロイド”が古代語で『破壊と虚構』を意味することを、双子達は後に知ることになる。


(4)

 今、アンドローズ城から一騎の白い飛空騎が飛び立った――


 行き先は空。その向こう側にサンタウルスがある。

 先ずは、と悩む間もなく、飛空騎はサンタバーレを目指して飛ぶ。そう、そこは『勇者』の第二の故郷である。


 「良くぞ無事に帰って来てくれた!」

祖父サンタバーレ第一国王始め、臣下の者達が『勇者』の帰還を心から祝福してくれた。

「国民皆、御二人の成功を讃えています。勇者に一目会いたいと、貴族や市民達からのパーティーや会見の要請が殺到しているのですが、如何致しましょう?」

サランの報告の途中だが、リョウとセイは慌ててしまう。

「え? でもオレ達そう言うのは苦手で、どちらかというとまた、レニングランドの山奥で隠居したいなァ、と……」

世界を作り変えた『勇者』の動揺が滑稽なのだろう。「ええ」とサランは微笑んだ。

「そうおっしゃるだろうと思って、断っておきました!」

ホッと胸を撫で下ろすリョウと、「テメエ」と第一王子にメンチを切ったセイ――この相変わらずの双子を見て、

「ホント、欲の無い子達だよ」

とカルナが笑い転げていた。カルナはこれを機会に『第二世界』へ往くのだと言う。

「寂しくはなるが、彼女ならば、きっと向こうでも民の役に立てよう」

国王の言葉に、カルナが頼もしく頷いた。

「アンタ達を見てるとさ、アタイも少しは民の為に働きたくなってね」

“アンタ達”には、勿論リナが含まれているのだろう。そういえば、彼女を始め、此処に居る者は皆、此処には居ないリナの事にはあえて触れなかった。自分達への配慮には違いないだろうが、ひょっとすると、皆は、リナの悲壮な決断を知っていたのかもしれない――リョウはそう思うことにした。

 それとは別に、サンタバーレのような先進的な民主政治をよく知っているカルナのような者がいてくれれば、フィアルの助けにもなることには違いないだろう。双子達からも、カルナに応援を頼み、カルナも勿論応じた。


「さあ、世間が騒ぎ立てないうちに、早くマオさんのところに戻っておあげなさい」


(5)

 

 飛空騎が空を西へと翔けていく。


 レンジャビッチの大きな神殿の屋根が見えてきた。丁度、正午の鐘が街中に響いているところだった。

「よくぞ、お立ち寄り下さいました!」

明るく弾んだ声はフォーリュ。やはり呪布をして、闇の民である事を隠しているが、以前よりはもっとずっと取り巻きの信者の数が増えていた。

 混乱を避ける為に、彼女はこの異邦人達が何者であるのかを信者達に教える事こそしなかったが、双子で、そして戦士の姿形をしているリョウとセイを見て、かの“勇者”ではないかと囁き合う声は聞こえてきた。

「どうぞ、こちらへ!」

すぐにレンジャビッチ中央区区長のオスカレスが双子達を来賓室に招き入れた。

「お立ち寄り下さり、感激していますよ!」

口調はやや興奮気味のオスカレスだったが、相変わらず紳士的で、すぐに自ら茶を煎れ、リョウとセイに勧めてくれた。

「凱旋パレードも大々的なパーティーもしないなんて、いかにも貴方達らしい。でも、せめて貴方達をねぎらいたいのです!」

 暫く懇談が続き、話題はフォーリュの事へと移っていった。

「あの子は此処に残って、やはりこれからも光の民の為に神託を続けて行きたいと言っています。私もそうさせてやりたいと思っているんです」

そういう選択もあって良い、とリョウも言った。フォーリュにしてみれば、オスカレスは育ての親なのだから――

 

 「なぁ、セイ、」

オスカレスとフォーリュに別れの挨拶をしてから、ふとリョウは問うた。

「マオさんは、どうするのかな?」

彼女も闇の民の血を半分持っている。『第二世界』に往く権利は当然に持っている。

「良い機会だ。いっそ向こうに遣っちまえ」

セイはラハドールフォンシーシアに先に乗りこんだ。

「……ったく」

ちょっとは素直になれよ、とリョウは溜息をついた。

「(でも、)」

その方が良いかも知れない。マオの弟のディストは、先日復軍して『第二世界』へ往くことになった。マオは魔法にも剣にも長けているから、弟と共に魔王軍に入隊するのも良いだろう。それより何より、闇の民やハーフ(混血)とは寿命が全く異なる光の民との生活は、彼女にとっては苦痛なだけかも知れない。


 ふと、リョウは“人魚”のことを思い出した。


(6)

 再び飛び立つ飛空騎はやや北寄りに進路を変える。行き先はベルシオラスである。

「パン屋に寄る前にさ、」

リョウが言った。

「お前に会わせたいヒトがいるんだけど」

兄の申し出を、セイは不思議に思ったが、よく考えてみれば答えはすぐに出てきた。


――人魚。


 ごつごつとした岩場に駆け寄り、リョウが先に洞窟の入り口を覗き込んだ。

「あれ? まだ戻ってねぇみたいだな」

数度カナッサの名を呼んだが、結局返事は無かった。

「お前嫌われてんだろ?」

セイが詰ってやる。が、

「ま、確かにお前等ほどホットな仲ではなかったけど」

と、リョウの逆襲に遭ってしまった。どうもこの手の話題の口達者は兄の方であるようだ。セイが否定しようにもできずに、慌てて逸らした視線の先――海面から突き出た岩の陰から、ブロンドの女性がこちらを窺っているのに気が付いた。

「!」

セイは兄に伝えようとしたが、彼女は笑って首を横に振り、そのまま海の底へと消えてしまったのだ。

「ん? どうかしたか?」

リョウが振り返った時は、もう遅過ぎた。

「――いや……何でもない」

会いたい理由も会わない理由も分かりはしなかったが、せめて、此処に来たのは間違いではなかったようだと兄に伝えられないだろうかと、セイは暫く悩んでいた。

 

 そこから小一時間ほどのんびり歩けば、世間はすっかり日も暮れてしまう。今晩は、リョウの養母のパン屋で一泊させてもらう事にした。 

「ただいま!」

リョウが裏口から顔を出すと、職人達を掻き分け、真っ先に中年の女性がリョウに飛びついてきた。

「リョウ! よく無事に帰ってきてくれたよ!」

数ヶ月前の病からはすっかり解放された母親の腕が、力強くリョウを抱きしめてくれた。

「痛かったろ? 怖かったろ? ――本当によく頑張ったよ!」

ナイフの痛みに怯えていた小さな痩せこけた少年が、今や6尺はある大柄な『勇者』となって、戦乱の世に平和という大変革をもたらしたのだ。育ての母親として、どうして感激せずにはいられようか。

「オレも、此処に戻って来られて嬉しいよ」

それはリョウの素直な気持ちだった。

 昔は痛みに怯える事しかできなかったけれど……

 

 「……。」

リョウはセイの方を見て、ニヤリと笑った。セイが不審に思って間もなく、「我が息子」の双子の弟に気付いた養母は、セイともハグを交わす。こういう歓迎方法には全く慣れていない弟の戸惑う様子が可笑しくて、リョウは密かにほくそ笑んでいた。

「今日はこれで店、閉めちまおう!」

リョウの養母がパン焼きの職人達を呼び集めて話をつけ、閉店の準備に移った。

「お前のお袋、……強烈だな」

セイが一つ溜息をついた。成程、兄が養父に愛されなかった分の補填は少なからずあったようだと、彼は一応納得した。

「お前も既に、母さんの息子になっちゃってるんだろ」

飄々とそんなことを言って、リョウはまたニヤリと笑う。

「もう保護者は沢山だ」

とは言ったものの、まあ別に悪い気はしないので、セイは放って置く事にした。

(7)

 夜が明けたベルシオラスから、『勇者』を乗せた飛空騎は北へと飛んだ。

「進路が違うんじゃないか?」

セイが地図を確認する――すぐにラハドールフォンシーシアは高度を下げた。

「だって、お前も“報告”があるだろ?」

リョウはニンマリ笑っていた。


 ダーハの、とある岬にアリスの墓がある。

 あの悲しい戦いからだいぶ時が経っていたが、墓は以前よりも整然としてあった。「誰か、見てくれてるんじゃないか?」と言ったリョウの見解は正しいようで、二人はすぐに老神父に声をかけられた。

「近くに教会を建てた者ですが、どうしてもこちら様が気になりましてね。こうして、お節介を焼くのが日課となってしまいました」

彼が墓を見てくれていたようだった。

「それはどうもありがとうございます」

セイよりも早くリョウが謝意を述べたので、セイは頭を下げるだけに止めた。老神父はこの若き双子の戦士達に何を問うということもなく、静かに墓に水を撒き、正しく花を供え、ゆっくりと引き返して行った。

「良かったな、ちゃんと見てくれる人が居て」

リョウがぽつりと言った。

「……ああ」

 セイは、片膝をついて手を合わせる。

 しかし、出迎えてくれるのはアリス本人ではなく、冷たい土と簡素な木の墓標。

 虚無を感じたセイは、祈りの詞すら思い出せず、暫くの間、波の岸に寄せる音を聞いていた。


 ――誰よりも平和を望んでいたあの人にこそ、今のこの世界を見て欲しかったのに。


「アリスちゃん、もうすぐコイツもそちらに厄介になるからねー」

見兼ねたリョウがセイの肩を引っ叩く。

「いっ痛ぇな」

睨んでやったが効き目は無いようで、リョウはニヤリと笑っていた。

「お前もちゃんと言っとけよ。不束者だけど、あの世でもヨロシクって」

――だから、詫びなら向こうで言えば良い。

「誰が不束だコラ」

臀部に拳は食らったが、弟の表情が少し綻んだので、リョウとしては会心だった。

 おもむろに立ち上がり服の埃を払ったセイは、

「行くぞ」

と言って、漸く、海と墓に背を向けた。

 

 山道の下り坂、リョウは先を行く弟に軽快に並んで歩く。

「で、彼女の何処に惚れてたんだ?」

「うるせえ」

セイは動揺して紅潮した頬を隠すようにリョウの前を歩くと、さっさと待機させていたラハドールフォンシーシアに乗り込む。その反応が面白くて、リョウはここぞとばかりに詰りにかかる。

「今更照れるなって」

「うるせえ」

「で、何処までいった?」

「うるせえって!」

――リョウの追及は暫く続いたという。

(8)

 見覚えのある火山が遠くに見えてきた。レニングランドは目と鼻の先だ。

「あ、ウルヴィスのトコにも行かなきゃ!」

 

 ウルヴィスのいるセラフィネシスという街は、かつてソニア率いる魔王勅命軍第四部隊に壊滅されかけた場所だ。思えば、此処から魔族に対する価値観の全てが変わってしまった。

 そういう意味では此処は、いわば、<アンチテーゼ>の町である。

 セラフィネシスは半年前とだいぶ変わっていて、ウルヴィスの家を見つけるのは一苦労だった。

「リョウ! セイ! 帰ってきてたのか!」

武器を工具に持ち替えたウルヴィスが、被災した家々を回って修理・修繕をしているのだという。

 母親を魔王軍に殺され、ソニアを“親の仇だ”と言っていた彼が、戦士とはならずに大工として働いていた――それが双子達にとっては何よりも嬉しかった。

「お前達ホントにスゲェよ! まさか空にもう一個世界を作っちまうなんて!」

興奮気味にそう言った彼は、今日の仕事を全てキャンセルして双子達を家に招き入れてくれた。かつて玄関にあった消毒液や防毒マスクは、最早“過去のもの”として土間の奥の隅っこに積み上げられていた。

「変わりねェな、ウルヴィス。来て損した!」

「そんなコト言う奴は菓子没収な」

ウルヴィスはリョウとセイに茶を出すと、自分もソファーに腰を下ろした。

 終戦宣言が出されたお陰で、サンタウルス正規軍に徴兵されていた父親も、やっとセラフィネシスに帰ってこられることになった、と彼は嬉しそうに教えてくれた。

 「そういや、鳥の姉ちゃんは?」

「リナは…………」

「そっか」

 

 そのまま、日が傾くまでずっと、旅の話をしていた。


 ジェフズ海上基地での戦い。

 父親の仇との戦い。

 魔族の皇子との出会い。

 赤毛の女剣士の罠。

 サンタバーレ城での暮らし。

 “禁じられた区域(フォビドゥンエリア)”の内部。

 副脳を装着されたセイとの戦い。

 リナの死。

 エルサザール島での最終聖戦。

 『第二世界』の創造。


 「そろそろ、帰ろうか」

リョウが背伸びして、セイが頷いた。

「それにしてもさ、」

ウルヴィスはニッと笑った。


「前からすると、お前等、仲良くなったナァ?」


(9)

 飛空騎が火山の街を一直線に目指す。行き先は勿論――

「うわーっ! 懐かしいっ!」

ラハドールフォンシーシアの上から、リョウが絶叫する。

「落ち着け低能!」

上空であまりにもはしゃいでしまったので、空を見上げた住民達に気付かれてしまった。

「彼等は、もしかして……」

「そうよ! きっとそうに違いないわ!」

噂は瞬く間に広がり、住民達が一斉に表に現れ出でた。

「勇者が帰ってきたぞ!」


 祝福の歓声がレニングランド中に溢れた。



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