第68話 Badda dan DEM(1)

(1)

 アンドローズ城2階、3階と赤い絨毯の階段を駆け上がる。1階にいるフィアル達の動向は気になるが、任せた以上は、階段を昇り続けるしかなかった。

 4階、そして、5階へと足を進めたところ、5階の踊り場に、人影を見つけたリョウが足を止めた。

「遅かったな」

人影が完全に姿を現す前に、リョウ達は女声を聞いた。

「ファリス」

リナが声の主の名を呼んだのと、セイの舌打ちは同時だった。

「コウモリ女め!」

セイの殺気が増す――彼はファリスの手筈で副脳を移植され、ファリスの監視でアンドローズ城に拘留され、ファリスの指示により施術で大量の麻酔を投入された挙句、命まで奪われそうになったのだ。これほどセイの神経を逆撫でしてきた者もそうはいない。しかし、今にも剣を抜こうとしていたセイをリナが制した。

「二人共、先に行け」

勿論、腑に落ちないセイはリナを睨む。今だって彼は、ファリスに斬りかからんと剣の柄を握り締めているのだ。リナは続けた。

「こんな所で時間をロスしてる場合じゃないだろう?」

「関係ねえ」

そう食ってかかるセイの外套を強く引っ張る者がいた。

「分かったよ、リナ」

リョウである。彼はセイの外套を引っ張ったまま、更に階上を目指す。足を止めると首元を強く圧迫される格好となる為、セイは無理に階段を昇らざるを得なくなった。

「放しやがれ! このドアホ!」

咳き込みながらリョウの手を外套から振り解いたセイはもう一度リナを見た。

「任せておけ」

軽く微笑んで手首だけ横に振るリナの、いつもの合図だ。

「ケッ。物好きめ」

セイは溜息を吐き捨てると、渋々リョウの後を追った。

「そう怒るなって」

軽く往なしたリョウは、まだ不機嫌そうなセイを見てニッと笑っただけだった。

「とことん甘チャンだな」

セイは言ってやった――目の前を行くこの男は、つい先日まであの女が放った強化魔法球(ブラスト)の所為で生死を彷徨っていたというのに……

「んー。そう言われてみると、ちょっとムカついて来たかも」

“ま、良っか”と、リョウは笑って澄ましている。

「(全くこの野郎とは相容れねえな)」

“まァ、良いか”と、セイは諦めることの方が多くなったのだが。


 6階、7階――最上階。双子達の目の前に金と赤いベルベットと真珠で作られた扉が現れた。

(2)

 暫く、沈黙を守っていたフィアルが、やっと口を開いた。

「アレス、お前と戦いに来たわけじゃないんだ」

それを裏付けようと、フィアルは自らの剣を鞘ごと床に放り投げてみせた。勿論、そんな茶番では意に介さないのが、アレスである。

「貴方にその気はなくとも、魔王勅命軍元帥として、謀反を犯した貴方を許す訳には参りません」

魔王軍には国体を守護する責務がある――そのような主旨のことを伝えたアレスは、淡々とフィアルに罰条を告げた。あまりに他人行儀にされて困惑したフィアルは、試しに、

「なーんだ」

と声を上げてみた。案の定、気の抜けた返事に意表を突かれる格好となったアレスは、素直に首を傾げて見せた。

「安心したよ、」

フィアルはニッと笑って続けた。

「個人的に恨まれているんだと思ってた」

しかし、フィアルの苦肉の策は、彼女に目を伏せられて躱されてしまった。

「主観など不要!」

語気を荒げたアレスは、表情を歪ませて詠唱を唱え始めた。その所作は、まるで思い出を一つずつ噛み殺すかの如きで――フィアルは切なくなった。

『碧色の水の戯れ(エメラルドダスト)!』

アレスが召喚した魔法分子結晶は、その一つ一つがあたかも弾丸の如きとなって、猛烈な威力と速度でフィアルの身体に打ち付けてくる。

「くっ!」

幾らなんでも彼だって、攻撃されることは予測していた。一応備えてあった瞬間移動呪文を発動した彼の見立てでは、その弾丸によるダメージは回避できるものと思い込んでいた。

「無駄よ」

その声の主のアレスは、うつむいて目を閉じていた――あまりに辛そうなので、声をかけてもやりたかったフィアルだったが、間もなく、四肢が激痛を訴え、それもままならなくなってしまった。

「チェイサートラップ」

「な……っ?!」

フィアルはピンときた――アレスが今後召喚する水属性魔法分子の結晶は、総て、自分の炎属性魔法分子を追跡するよう仕組んであるのだ。

「ぐあっ!」

アレスの攻撃のテンポは、負傷した四肢を引きずってどうにかついていけるほどヤワではない。瞬く間に防御の遅れた胸部や腹部に、魔法分子の弾丸が容赦なく突き刺さる。装備していたプレートアーマーで幾らか攻撃力は減殺されたものの、頼みのプレートアーマーが変形・破損するほどの威力である。せめて簡易の結界呪文を唱えようと上げた左腕も、肩部にかけてまで、あっという間にズタズタにされた。

「謀反者の処分権限は、法に基づき主君の名の下に、私に委譲されました。従って、」

良くないところを切ったのだろう。左碗部から吹き出した鮮血が、フィアルの白い服をどんどん赤く変えていく。それでも何とか張れた結界呪文だったが、この呪文の威力ではいつまで持ち堪えるか、思いやられる。

「――これから貴方を裁くのはアレス・ファルナ・ヴィオンではなく、闇の民の総意です。悪しからず」

先ほどの表情が嘘みたいに淡々としているアレスは、次のように言い捨てた。


「裏切り者には死を」


再び向かってきた水系魔法分子の弾丸を、フィアルは何とか炎で相殺したが、相殺できなかった一部は再び四肢を貫き、骨が折れる音までがフロアに轟いた。

「アレス、頼みがあるんだ!」

激痛と逆境に負けぬよう、フィアルが声を張り上げる。衝撃音や爆発音で何も聞こえないこと以上に、先程から、全くアレスと目さえ合わないのだ。

「終わりなさい、ヴァルザード皇子!」

サーベルを構えるアレスから聞こえてきたのは、彼女に戦勝を約束する呪文――これまで戦地で多くの敵を殲滅し、自軍を救済してきた攻撃呪文である。紛れもなく、自分が絶体絶命の窮地に立たされていることは、フィアルにだって分かる。しかし、そんな事よりも、彼には看過できないことがあった。

「アレス……」

とうとう彼女からも“皇子”などと呼ばれてしまったのだ。この絶望的な距離感――胸を痛めたフィアルは、一刻も早く苦しみから解放されたくて、

「でも、オレは何も変わったつもりはない」

――切り札に手をかけた。

『氷色の死の誘い(クリスタルアロー)!』

アレスはサーベルを振り下ろした。剣先に集約していた水系魔法分子が見る見るうちに巨大な結晶となって、大きな負のチカラを放出していた。これまで幾度となく人の命を喰らい尽くした魔法である。闇の民の皇子も例外なく、その亡者の一人に加えるだろう。

「……っ!」

とうとうアレスは、その魔法分子結晶に背を向けてしまった。

(3)

 5階踊り場では壮絶な簡易魔法球の応酬が続いていた。

 人工傭兵(ダイノ)として完成されているファリスの動きは、計算された完璧なプログラミングのお陰で常人離れしたバネを持っていた。一方、リナの攻撃魔法は広域に渡る。ファリスの素早い動きをフォローできるだけのものだ。

「ジェノサイダー(大量殺戮兵器)としてプログラミングされたというワケか」

ファリスがリナに冷笑を向けた。

「そう言うアンタは、カラクリ人形ってトコか」

打開策を講じながら、リナはファリスを挑発した。

「チッ――スクラップのクセに!」

詠唱も無かったが、ファリスから強化魔法球(ブラスト)が放たれた。

「そうひがむな。アンタにもすぐに“スクラップ万歳”って言わせてやるよ」

リナも同じくブラストを放ち、ファリスのそれを相殺した。察するに、ファリスは暗殺者(アサシン)としてプログラミングされたようだ。となると、リナとしても彼女がどう攻撃出るか予測しづらいため、先手を打つ必要があった。そこで、リナは強化魔法球と同時に、ダーツを召喚してファリス目掛けて投げ付けた。

「!」

不意を打たれたファリスが、思わず怯んだ。

『前呪文再生呪文(リピート)!』

間髪入れずに、しかしその分詠唱を省かざるを得なかったが、リナが強化魔法球(ブラスト)の呪文をリピートした。これには流石のファリスも為す術無く、大きな負の魔法分子結晶に飲み込まれた。

「これは先日の礼だ」

リナはファリスに冷笑を返した。“先日の礼”とは言うまでもなく、リョウがこの女に受けたブラストの事である。

「小癪な……ッ!」

ファリスは撃たれた胸部に簡易の回復呪文(ヒール)を施すと、リナを睨み付けた。

「悪いが、アンタの相手に時間をかけてる場合じゃないんだ」

リナは静かに両腕を高く上げ、魔法分子を充填させた。投げつけた言葉は不遜だが、余裕があるわけではない。ここで時間をかけている場合では無いが、余力を残して戦える相手でもない。先手必勝を貫かなければならないことははっきりしていた。それは、ファリスのようなアサシン相手では大博打でもあるのだが。

『天使の嘆きと悪魔の囁き(エンジェルハーツ)!』

フロア中に充溢していた炎系魔法分子がリナの頭上で分子結合し、巨大な結晶を作る。そのチカラを解放してやれば、その大きな負の分子結晶はファリスを全否定し、歴史の闇に葬り去れる筈だったのだ。それも、あの忌まわしいダイノ計画と共に。

 しかし、

『白き法王の仲裁(タブラ・ラサ)!』

ファリスのこの詠唱で、今まで確かなものとしてそこに有ったリナの魔法分子結晶は、リナ自身視覚で追えないほどの速さで消えてしまったのだ。

「――“炎”を喰わされたのは久しぶりだ」

ニヤリとファリスが笑った。

「(マズイ!)」

リナはすぐにこのトリックが分かった。しかし、ファリスもリナに隙を与えなかった。

『永劫流転する黒きカルマ(サンサーラ)!』

すると、今まで消えていたリナの魔法分子が突然現れ、術者であるリナ目掛けて向かってきたのである。

「くッ!」

躱わし切れずに、リナは炎の威力を左半身に受けてしまった。どうやら、ファリスは敵の魔法攻撃の推進力を反転させることでカウンターと換える、こちらとしては厄介な呪文を持っているようだ。

「分かっている筈だ」

ファリスは言った。

「所詮、お前は失敗作。お前に私を越えることなど出来ない」

それだけ言い捨てると、ファリスは熱に解けたリナの左胸の皮膚に、更に強化魔法球をねじ込んだ。 

「ぐっ!」

リナの全身は床に強く叩き付けられ、皮膚を削り取られながら天井を仰いだ。

「(私は死ぬのか、なんて思うのは何度目だろうな)」

薄れゆく視界が、ファリスの不敵な笑みを捉えた。リナは強く目を閉じて意識を保つ。

「(お迎えかい、神サマとやら?)」

足音が近づいてくる。それがピタリと止んだだろうか、いや、今、負傷した左胸を踏み躙られたところだ。

――ワタシハ死ヌノカ。

(4)

  “失敗だ”

 酸素を運んでくるポリ塩化ビニル製のチューブから、微かに聞こえてきた実験室の会話は、どれをとっても彼女の誕生を祝福するものではなかった。

“完全な兵器として使用するには、インフィールドが未熟過ぎる。これ以上の達成も見込めそうにない。与えられたチカラを期待値通り使いこなすことは出来ないだろう。”

一度、彼女は目を開けた。薄暗い研究室が試験管越しに見えて、白衣を着た複数名の男がいい年放いて狼狽えていた。気の毒だ、とさえ彼女は思っただろうか。

“ならば、どうする? ヴェラを再びアンドローズへと送り返すのか?”

“そんなことをしたら、この計画がバレてしまう。我々の安全の保障が無い!”

白い服を着た男達が頭を抱え込んでいる。そこへ、

“廃棄だ。”

正に、鶴の一声だった。

“この子は廃棄しよう。”

満場一致で彼女は死を宣告されたものの、しかし、その時の彼女は、不思議と何の感情も湧かなかったのだ。

――私は死ぬのか、と思った程度である。

 

 “死ぬのはまだ早いよ!”

彼女が思い出せるその次の目覚めは、ハスキーな声に叩き起こされて、というものだった。

“こんな終わり方なんて悔しいじゃないか!”

ハスキーヴォイスの主は、クセッ毛の黒髪の女。名は、カルナ・ダルス・ルィシェータ。サンタバーレ王国という光の民の国からやって来た、やたら感情的な工作員だった。

“今から産声上げてみなよ!”

カルナにまんまと乗せられ、魔王軍附属の廃棄物処理施設の爆破に加担した彼女は、その日付で軍から脱出したことにされている。当時の彼女に魔王や魔王軍に抗う確固たる意思があった訳ではないが、お陰でケジメは付いた。同日、彼女はこの世に生を受けたのだと思っている。“リナ・ダイノ・ヴェラ”として――

 

 作られた命ではない。生かされた命だった。だから、誰でも良いから恩を返したかったのだろう。彼女の生き方といえば、そこに由来している。

 カルナと別れて間も無く出逢った、悲運な光の民の女とその子らの生活を支えていくのが、何時しかリナの生きがいになっていた。

“上の子がマオ、下の子はディスト。彼らの父親はマゾクですが、私はニンゲンです”

流行病に気苦労も重なって、光の民の女は二人の混血児の成長を見届けることも出来ずに亡くなってしまったが、残された姉弟は明るく健全に育ってくれた。

 

 しかし、正に青天の霹靂。ディストは戦火に飲み込まれてしまい、マオと生き別れる羽目になってしまった。暫く、リナはマオと共にディストを探す旅が続いた。

“一緒に行こうよ”

そう言ってくれる少年がいた。

“オレ達は、リノロイドに会談を申し込みに行く途中なんだ”

彼こそが、ランダ(・リークス)・サンタバーレ。この出会いは大きな転機だった。


 運命の歯車が回り始める。

 

 魔王軍に乗り込み、ダイノ計画の書類全てを抹消した。

 ランダがリノロイドを封印した。これにより事実上、光の民が戦争に勝利した。

 封印から解放されたリノロイドに、ランダは殺害された。

 

 そして、あれだけマオと探し回っても見つけることができなかったディストは、リノロイドの配下となっていた。

“リョウとセイを頼む”

最後の『勇者』を託したランダの孫・セレスは、そのディストに暗殺された。このあまりの虚無に、リナは、光と闇の戦いそのものから身を引く決意をした。しかし、

“期待? 「押し付け」の間違いだろ?”

最後の『勇者』は息を呑むほど危うくて、脆くて、

“良かったな、ケガ治って”

どこまでも優しくて、強くて――

「(失わせてはならない!)」

素直にその気持ちを確信したリナは、戦いの旅に出る覚悟を決めた。しかし、

“私はもう、誰も失いたくないんだ!”

当初はマオにも反対されてしまう。彼女が慕っていたセレスが、長い間捜してきた生き別れの弟に殺されたのだ。そんな彼女の痛みは計り知れないものがあった。それでも、リョウとセイを災いから守護すること――それがせめてマオに報いることであると信じて。

“私も同じ気持ちです!”

主に従たる生き方しかプログラミングされていないリナが、主たる者の意向に抗ったのも、それが最初で最後だったのかもしれない。

  

 双子達は“白きチカラ”と“黒きチカラ”を正式に継承する者となった。

 魔王軍は人間居住地(サンタウルス)から次々と撤退していった。

 ディストはマオと再会する事ができ、四天王は解散した。

 双子の『勇者』は“禁じられた区域(フォビドゥンエリア)”にて終戦の為のテーゼを導いた。

 

しかし、当の双子達は誰よりも苦しんでいた。

“リナ、肩貸せ”

セイは、己の内心が叫ぶ大きな矛盾の声を押し殺していた。

“あー! クソ情けねえ!”

リョウは、己の持つ潜在的な破壊性と無力感に苛まれていた。

 何時からだろう、“忠誠心”というものから解放され、素直な気持ちで彼等と接していけるようになったのは。

“姉さんは、気に入っちまったんだよ。ランダや、その同志達や、リョウちゃんとセイちゃんを”

いつかのフィアルの言葉が、痛みをさらって消えた――私は、まだ……

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