第56話 雨の休日(1)

(1)

 秋の雨が窓のガラスを殴りつけて音を立てた。

 サンタバーレ城の二階、廊下・中庭を見渡せる窓から遮二無二泣きじゃくる空を見上げたリナに、「でも明日は曇るようだよ」などと、赤と黒の鎧を纏った長い黒髪の女騎士・カルナが笑って声をかけた。工作員という肩書きをぶら下げている割に、昔から何処か能天気な彼女である。その明るさに、リナは何度救われたか知れない。

「上陸には都合が良いか」

そう返したリナであるが、その時丁度、彼女は別の考え事をしていた。言葉とは裏腹に大きな溜息をついてしまう格好となった盟友に煙草を勧め、カルナは飄々と雨粒に殴られた窓一面を仰ぐ。

「リョウ君達の案、アタイも聞かせてもらったよ」

カルナはリナと共に窓際に並んだ。中庭の、雨に濡れた芝生の青色が少しは心を静めてくれるだろうか。

「良いじゃないか。リノロイドと話し合うなんて」

サンタバーレにいる闇の民や反絶対魔王体制勢力(レジスタンス)の多くが戦争反対論者である。世界を隔てて共存となれば、ワザワザ光の民と暮らさなくて済む。もっとも、彼等の安全が“新世界”後保障されればの話であるが。

「その“話し合う”じゃ、納得できないコが1人いてね」

リナの溜息の原因はそれだった。

「ああ、フィアル君か」

カルナはピンときた。フィアル、もとい、ヴァルザード皇子にとって、母・リノロイドは政敵に他ならない。

「そう、そのフィアル」

吸えない煙草を受け取ったまま、リナは手すりに頬杖をついた。

“禁じられた区域(フォビドゥンエリア)”について調査報告をしたリョウから、二つの民を、世界を分けて並存させることが可能と提案があった。

 その際、争点となったのは、魔王リノロイドの協力の是非であった。闇の民にとって、文字通り「カリスマ」的存在であるリノロイドが闇の民を然るべく誘導してくれれば、世界的にもコストは最低限となる。

 しかし、闇の民の自立と民主化を望むフィアルは、この戦乱を招いたリノロイドの抹殺を望んでいる。

「抹殺って言っても、彼にとっては、実の母親なんだけどねえ」

カルナは先程フィアルと擦れ違ったばかりだった。メイド達と談笑して盛り上がっていた彼の姿からは、どうも憎悪めいた負の感情は想像し難いものがある。

「実の親だから、なんだろうな」

リナは視線を落とした。

 丁度、雨が弱くなり始めたところだった。リナは、窓にぶつかった雨粒の欠片が滑り落ちるのを目で追いかける。自分もまた、父親に実験素体として利用されたと聞く。是非はともかく、リナは、実親の事など人工傭兵(ダイノ)として生まれ変わった時から覚えていない。

「(もし仮に覚えていれば、自分は抹殺を望んだだろうか)」

自分に問うても分からぬことで、悩んでも仕方のないことではあるが。

「リナ?」

もう長い付き合いとなる傍らの盟友が今考えていそうなことくらい、カルナには分かる。ただ、考え過ぎると大抵良くない方向へ転がっていくことも、カルナはよく知っていた。リナは溜息を吐く代わりに笑って見せて、続けた。

「魔王(サタン)の抹殺で一気に民の蜂起を図るというのは、政治の世界では、一理あるんだろうな」

更に言いかけたのだが、思うところもあったリナは止めてしまった。

 ヴァルザード皇子は、故・ラダミーラ前王の進めていた脱先軍改革を支持していた勢力に入っていた。王座に就いた母親があっさりと亡き父親の改革を頓挫させ、光の民を殲滅する名目で軍事重視の政治路線に切り替え、後進的な政治を行っていることも彼の不満の原因だろう。

 但し、斯様な政治的な対立があったリノロイドとヴァルザードとの確執は、ランダ以前から続いてきた歴史的なものである。リナ自身は、彼の口から一切聞いたことは無いのだが、此度の彼の謀反の引き金は、彼の実妹・バラーダの死が係わる部分が大きいとみられる。

 思えば、ヴァルザードがリノロイドにより長きに亘り封印・幽閉されていた時代も、リノロイドがランダにより封印をされていた時代も、常に彼の傍らには、妹・バラーダの姿があった。

「成る程ね」

カルナは煙草に火を点けた。

「娘も喰って、民も喰って、」

煙管を右の手に持ち替えて、カルナは続けた。

「リノロイドは、何処に向かうんだろうね」

それはたいそう孤独だろう、とカルナは思うのである。

「話し合う、か」

リナは小雨の空を見た。

 ひょっとするとリョウは、魔王さえ救おうとしているのかもしれない――リナはそう思い至ったところだが、隣人のくぐもった笑い声に思考を遮られてしまった。

「しかし交渉なんて……リョウ君、そんなに賢い子だったかな?」

カルナは窓の外を見て苦笑している。つられて視線を遠くへ投げたリナは声を上げてしまった。

 土砂降りとも言うべき外に人影があるのだ。

 それも今、真っ向から意見の対立しているリョウとフィアルである。彼らはこの雨の中をふざけ合っている。

「何なんだろな、あれ」

こんな光と闇の在り方は知らない、などと唸ったカルナは、とうとう声を上げて笑った。

 今、土砂降りの中庭のふざけた野郎二人組は、丁度通りがかったセイに見つかり、怒鳴られたようだ。肩を落としたバカ二人、仲良く雨宿りに軒下に駆け込んでいく。これにはリナも笑ってしまった。

「あんまり能天気なのも良くないんだろうが、リョウやセイがフィアルとふざけているのを見ていると、何だか、相手がリノロイドでも大丈夫な気がして来るんだよ」

リナはこちらまで聞こえてくるリョウ達の騒ぎ声に背を向けた。

「確かに」

リノロイドが果たしてリョウ達と話し合う場を設けるだろうか。それとも、やはり、一戦交えることになってしまうのだろうか。

「どちらにしても、」

リナは宣言した。

「――私はあの子達を守るよ」

(2)

 中庭の白い壁に、雨に濡れた緑の芝が映える午後である。リョウとフィアルは、それぞれのタイミングで、一度ずつ、くしゃみをしていた。

「あーあ。出発前にカゼひいちまいそう」

リョウは今にも流れ落ちそうな洟をすする。

「早いトコ、部屋に戻らなきゃあな」

フィアルは亜麻色の髪を束ねた紐を解くと、肩まで伸びた髪の雫を拭い取る。

「もう一日延びないかなぁ」

ふと小さく呟いたリョウの本音がフィアルにも届いた。

「何だいリョウちゃん、やっぱ自信無いんじゃないの?」

フィアルは詰ってやった。リノロイドを説得するなどと幼い勇者は宣うが、聞く耳を持つ相手ではないことは、彼女と血の繋がりのあるフィアルが一番よく心得ていた。

「バカ言え、オレのスマイルにかかりゃあ、魔王だろうが冥王だろうが上手く丸め込んでだな」

詰られてムキになったリョウが巧く食ってかかってきた。つくづくリョウは周りに気を遣うタイプの人間であるとフィアルは思い知らされる。こういう時、「笑い」は衝突安全吸収体の役割を果たしてくれるので、欠かしてはならないのだ。

「勇者様ァ、それじゃあ何処かで詐欺師雇いましょうぜ!」

意固地になってしまうと切羽詰らせてしまうだけである。意見が「対立」した場合、何処で「妥協」をするかが重要なことを、この皇子はよく理解していた。

「リョウちゃんの考え方自体は、オレも好きなんだ」

今日はリョウに、その妥協ラインを伝えねばならないだろう――そう思っていたフィアルにとって、この雨宿りは好機だった。

「リョウちゃんは17歳だから、オレの父親が死んでから生まれてきたわけか」

フィアルの父というのは、前王・ラダミーラのことである。名前だけなら、リョウも聞いたことがあった。

「聞かせてよ、父ちゃんの話」

恐怖心に押し潰されて“父親”の定義が全く出来ていなかったリョウは、他人の父親の話を聞くことで、空欄を埋め合わせたいのだろう。フィアルの想像よりも簡単に、リョウは話に食いついてきた。何処をとっても屈託のない彼と、何処か政治的な自分とを比較してしまうとどうも申し訳なくなるのだが、フィアルは続けた。

「お袋とは大違い」

フィアルはそう前置きして、父との思い出を話し始めた。

 前王は、闇の民の安泰を心から祈っていたこと。

 平和からなる秩序を愛していたこと。

「“魔族安泰のための戦争ではない、そのための平和だ”ってのが、父のモットー。オレも、そう思ってる」

――それなのに、父が没した後の母・リノロイドときたら云々、と展開していく話の筋道は、流石フィアルの使い込んだデフォルトであった。

 しかし、リョウは困惑するのである。

 フィアルの表情は、父親のことを話している時と、母親のことを話している時とは、まるで違うのだ。両親など亡くしてだいぶ経つリョウには想像しかできないのだが、きっとそれは、フィアルが父親を尊敬していたからだろうし、逆に母親を憎んでいるからということもあるだろう。

「良い父ちゃんだったんだね」

リョウは前者を採用した。フィアルは案の定、ニコリと笑った。

「戦わずに済むなら、それに越したことは無い。それが光の民と闇の民の為だと思っていた父の考え方が好きだった」

雨の弱くなった空を仰ぎながら、フィアルは言う。

「リノロイドが作った、今のこの荒んだ世の中じゃあ、何が正当化されるか分からない」

重税、強制徴兵制度、国家総動員制、思想統制、民族浄化……今、サテナスヴァリエでは、これらが「是」とされ、これに反するモノは処罰の対象になっているそうだ。

「ケド、」

今までで一番険しい表情を見せたのは、フィアルがこう漏らした瞬間だった。

「今までオレは、それに対して何も変えることが出来ずに、ただ、戸惑っていただけだったんだ」

彼が闇の民の皇子として感じている、民への責任感や罪悪感めいたものだろうか。リョウにも、フィアルがリノロイドの抹殺にこだわっている理由が、今、朧げに掴めたところである。

「リナが言ってたよ、」

自分が言っても信用性に欠けるので、リョウは彼女の名を借りた。

「フィアルは、リノロイドよりもサテナスヴァリエのことが良く見えている、って」

だから、良き王となるに違いない、と。

「オレも、フィアが魔王だったら良かったのに! って、もう何十回くらい思ったかなぁ」

少なくとも、自分やセイがこんな風に旅立つことにはなっていなかっただろう――

 雨が弱くなったので、リョウは軒下から顔を出して空を見上げた。雨樋から大きな雫が落ちて、リョウの顔面に打ち付けた。丁度、その機を狙いすましたかのように、

「オレも、」

とフィアルが口を開いた。

「オレが魔王だったら良かったのに! って、もう何百回くらい思ったよ」

――例え、リョウ達との話し合いの席を設けたとしても、リノロイドが闇の民の王の座に在り続ける限り、光の民であるリョウの意見には耳を貸す筈が無い。まして、相手が自分を数十年に渡って封印していたランダの子孫ならば、なおさらだ。彼女はあらゆる手段を使って、リョウとセイを滅殺にかかるだろう。

「オレの個人的な感情はさておいて、リョウちゃんの理想を現実に変えるためにも、リノロイドの存在そのものが、クリアせざるを得ない障害なんだ」

あえて「殺せ」という言葉はなくとも、明確に、“リノロイドは抹殺すべき”と、フィアルは念を押した。

「なァ、フィア、」

しかしながら、リョウには、どうしても理解できないことがあった。

「お前、母ちゃんと戦って、その、……何ていうんだ? 平気なのか?」

明るく振舞うフィアルしか知らないだけに、リョウは理解に苦しんでいた。

「それは……」

その回答をせねばならなくなったフィアルは、つい、困惑してしまう。セイの言葉を素直に借りると「甘チャン」なリョウには、「殺意」という感情など、到底理解できはしないだろう。それに、フィアルとしても、そんな薄汚い気持ちをリョウに理解しろと言いたくは無かった。しかし、ここで解って貰わねば、リョウの意思も変わらなさそうだ。フィアルは仕方なく、手短な例で説明を切り出した。


「例えば、目の前で、セイちゃんが殺されちゃったら、どんな気持ちがする?」


青い芝を見つめるリョウの視線がやおら凍りついたのが分かった。これ以上想像させるのも心苦しくて、フィアルは直ぐにまとめた。

「……きっと、多分、その時の気持ち」

雨は上がったようだ。すぐ目の前にも陽が差し込んできた。その光がきらきらと芝を照り付けて眩しい。

「あ、」

返す言葉を中々見つけられないリョウを見兼ねて、フィアルは苦笑した。

「何だかリアルで、あまり良くない例だもんね」

「頼むぜぃ。出発前なんだから」

ただの例示だが、リョウは凹んでしまっていた。居れば居たで空恐ろしい弟だが、居なければ居ないで――と、想像の途中だが、「まあ、それは置いとくにしても」と、リョウは思考回路を寸断させた。

「お袋ってのはさ、何っつーか、子供のコト、大好きじゃん?」

リョウとセイの母親はやりきれぬ思いを「手紙」に託してくれていた。レニングランドとベルシオラスの義母達は、全身全霊で双子達を守り、優しく、厳しく、愛情豊かに接してくれた。

「だから、リノロイドもそうなんじゃないかって、オレ勝手にそう思ってるんだ」

フィアルは絶句したままリョウを見た。

「いやまあ、いろんな世界や価値観はあるんだろうケドさ」

所詮、オレはオレの経験でしか物言えないから、とリョウは頬など掻いている。

「部屋に戻ろ。晴れてきたよ」

リョウが先に中庭を突っ切る。

 雲が流れる音と水の跳ねる音がこの沈黙を支配していた。陽が差してきたと思ったら、またどんよりと重い雲が太陽を呑み込んだ。今日は晴れたり、曇ったり、雨が降ったり、と忙しい空模様だ。

「それにしても、」

リョウは一度立ち止まって後ろを振り返った。

「やっぱ、お前も苦しいんじゃないのか?」

リョウは、まだ雨宿りをしているフィアルに聞こえないように、こっそりと呟いてみたのだった。

(3)

 サンタバーレ城内には、第二国王が元帥ということもあり、サンタウルス正規軍基地とは別に元帥室が設けられていた。

「……。」

セイは珍しい武具や防具、或いは褒章の数々に圧倒されていた。無論、その権威ではなく、その数量に、である。

「父は、武具マニアでもあるんです」

小声でサランがセイに囁いた。どうやら、サンタウルス正規軍本部にある元帥室では収めきれなくなったものが此処にあるということのようだ。

「さ、セイ君。どれでも好きなものを持っていってくれ」

第二国王は、サランの剣の上達振りに大満足しているようだった。

「いや、オレは別に何も……」

剣なら三本も持っているし、鎧は機動力を減殺するし着脱が面倒である。盾などは邪魔でしかない。勲章をもらっても安易に売り払うと後々厄介なことになる。セイにとっては、この部屋を埋め尽くす武具の数々は興味にもならず、「いらない」と言いかけたところなのだが、

「そうか。その謙虚さ、実に素晴らしい!」

最早、言葉数が少ないセイは多弁な彼の格好の獲物でしかないようだ。悪意が無いだけに第二国王の強引さはタチが悪かった。

 第二国王は無理からセイに椅子を勧めると、目に留まるコレクションの説明を次々と展開する。

「父上!」

サランが制して、何とか収拾がついた。

「全く。此処に人を呼ぶ度にこれだから、困ったものです!」

サランは溜息をついて、父を睨んで見せた。少し前までは父親の影にずっと隠れていたこの皇子の変わりように、周囲の者も驚いている。

「セイ君、君の働きに感謝したかったのだよ」

小さく詫びた第二国王は、そう言って会心から微笑んだ。

「どうだろう、せめて、軍の名誉司令官の称号だけでも受け取ってはくれまいか?」

よく分からない肩書きを前に、拒否する時に使う敬語を咄嗟に思い出せなかったセイは、とにかく意思表示を優先させた結果、首を横に振っておいた。

「そうか、残念だ」

第二国王は広げていたコレクションを元の位置にしまいこむ。

「相申し訳ない……デス」

このサンタバーレで、リョウとリナが飛空艇の操縦訓練をしている間に、セイは丁寧語(但し、「です」か「ます」を語尾に添えるだけと言う乱暴なもの)を覚えたようだ。片田舎のレニングランドで日々傭兵崩れ達と共にケンカを売りながら生きてきたセイほど、上品な王室暮らしが吊り合わない者はいなかった。その苦労を気遣ったサランが、セイに助け船を出した。

「父上、軍の褒章や肩書きなんて、失礼ですよ? セイさん達は軍など要らなくなるように戦っているんですから」

サランはやはりリョウに近い、とセイは思っていた。やがて彼が王となれば、民を平和へと導く施策を執り行ってくれるだろう。

「ハハ、それもそうだな」

第二国王も納得したようだ。息子の為政者としての成長――父である第二国王が喜んだのは、剣技の上達などではなく、ひょっとしたらそこのところにあるのかも知れない。

「(ならば、)」

セイは、自分の左腕に光る“銀のブレスレット”を見つめた。

「(“父の仇を討つ”などと、徒に殺戮を繰り返した自分の剣を、セレスは嘆いていただろうか?)」

誰も答えてはくれない無益な問いだが――

「セイ君?」

第二国王に呼びかけられて、セイは我に帰った。

「明日、此処を発つらしいな?」

「ああ……いや、ハイ」

いわゆる「敬語」は、ずっと神経を集中していないと出てこないものだということだけは、よく分かった。

「体の方は、大丈夫なのかね?」

「……ハイ」

――また雨が降ってきた。雨の雫がガラス窓を打ち付けてカタカタ鳴っている。雨樋を流れる水の音まで聞こえてきた。

「あまり無理をしないように。分かるね?」

「……。」

漠然とした煩わしさがあり、その第二国王の言葉にセイは何度か頷いただけだったが、その彼の様子を見て、第二国王は少し笑ったようだった。

「そうだな、無理をするなと言う方が、無理があるか」

サランが席を立って、開け放たれたままの窓を閉める。セイは何となくそれを見ていた。

「メディカルアドバイザーからは、君をサンタバーレに引き止めるようにと、何度も念を押されたよ」

「……。」

セイの目は再び第二国王に焦点を合わせた。

「何せ君には、レジェス姉さんの血もセレス君の血も入っている。なかなか頑固で気が強そうだ」

この第二国王の殺し文句にはサランの方が吹き出してしまった。

「……っ!」

セイは、堪え笑いをするサランを夜叉の顔で睨み付ける。

「私や父が、レジェス姉さんが病を患っていたことを知ったのは、」

構わず、第二国王は淡々と話を進める。

「――彼女が死んだ後だった」

どうしても詰られているような気がしてしまうセイは、思わず第二国王から眼を逸らしてしまった。第二国王は続ける。

「姉の病の事を知っていれば、薬を支給してやったり医師を派遣したりも出来たのに……これはむしろ、後悔に近い感情だよ。私も父も、ショックは大きかった」

「……。」

セイは視線を落としたまま、返すべき言葉を探していた。しかし、

「なるほど」

と、またも第二国王に先を越されてしまう。

「君も、まだリョウ君達にちゃんと話していないと見える」

「……。」

このセイの沈黙はむしろ図星であると言ってしまっているようなものだった。

「リョウ君なら、今此処で君を止めるだろう」

「……。」

同意する場合に使う敬語を思いつかなかったので、セイは黙って小さく頷いた。

「君が知らせぬまま、『その時』を迎えてしまえば、リョウ君の抱え込む悲しみは計り知れない」

雨樋を流れる水の音が大きくなった。雨が強くなったのだろうか。しかし、心を打つのはその音ならず――


“絶対生きて、レニングランドに帰ろうな”


「オレは、」

やっとセイの口が動いた。

「生きて帰るつもりだ」

――守るものができたから。そして、その為に剣を振るうことが出来そうだから。

「それならせめて、」

とりあえず、第二国王は微笑みを返してくれた。

「君が後悔の無いようにやりなさい」

君の理解者の一人として全力で応援するから、と彼は言うのである。

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