第55話 アンチテーゼ―リョウとセイ―

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 今や古代と呼ばれる時代に、この大陸を二つに隔てたという伝説の“双子の勇者”は、今もなお世界と共に在り、戦い続ける光と闇を見守り続けてくれていた。

 永き時を経て、彼等が築いた平和は大きく崩され、戦いに明け暮れた民が戦い疲れた今、平和に憧れ続けてきた世界は、かつて無いほどの大きな分岐点に立たされている。それも、大いなる『神』の名の下に。

 光の民と闇の民の、“一種のみの生存”か、“二種別に併存”か――悲劇に暮れる世界を救わんと、一度は「終わり」に手を伸ばした『神』は、次は、どちらを選ぶだろうか。


 「これ、やるよ」

何時ぞやのバルコニーに弟を見つけたリョウは、持っていた剣を鞘ごと弟に突き出した。その剣は、父・セレスの形見の剣である。

「オレ、もう、この剣は使わないから」

ちなみに、セイが持っていた父の形見の剣は、アレスとの戦いで、ジェフズ海の魔王軍の基地諸共に海の底に沈んでしまっていた。

「使えよ。モノは良い筈だ」

セイは素直に受け取れなかった。自分達にとってその剣は、亡き父の面影そのものである。思い込みようによっては精神的支柱にもなるそれは、兄の方が持ち主として相応しい、とセイは思うのだ。根拠はさておき。

「良いって。やっぱ、親父の剣はお前が使うべきだと思うし、それに、」

突然、リョウが目を逸らす。

「まあ、その、何だ、……こないだの借りもあるし」

この場は「何のことか」ととぼけて見せたセイだが、その「借り」とは、先日のリョウの義父の件を指していることは、何となく分かった。

「……ってか、荷物になるから受け取ってくれ!」

リョウはニッと笑ってセイに剣を突き出した。その勢いに気圧され、セイは思わず剣を受け取ってしまった。

「何だっつーんだよ、ったく」

セイは一つ溜息をついて、受け取った剣を半身ほど鞘から抜いてみた。

「――綺麗なもんだ」

鞘を閉じて、セイは呟いた。相当磨いてある上に、此処数ヶ月の間、誰も切らなかった剣である。その誇りが確かな輝きとして剣身に表れているのだろうか。


 宵口の涼しい風が少し強い。

 サンタバーレ地方では、もうこの秋最後の野分が、つい昨日に往き過ぎたばかりだという。

 「本気で、リノロイドと交渉する気なのか?」

一応、セイは兄に確認した――それは訊くまでも無い質問だったのだが、正直、セイは父の剣から何とか話題を変えたかったのだ。案の定、「勿論だ」などとライトに返事をしたリョウは、「今更何を」と笑っている。

「リノロイドは、オレ達を殺しにかかって来るだろう」

セイはあえて釘を刺しておいた。この見方については、リナもフィアルも一致している。

「お前が駆け引きを一歩間違えば、光の民は全滅だ」

ざわざわと葉を揺らす音を立てた木々が、夕日に抗い大地に黒く影を落としている。

「まあ、光の民が絶滅しようが、それならそれでもオレは構わ……」

「セイ君、お黙りあそばせ!」

それはそうと、あまり深刻な話と沈黙が互いに好きではないことに気がついたのは、ここ最近のことである。

「͡͡コトの重大さは、よく分かってる」

いつものように、リョウの方が先に沈黙を破る。

「だからこそ、最後までとことん突き詰めてやりたいんだ」

――迷いの無くなったこの兄が相手では、『魔王』だろうが『神』だろうが、梃子摺ることこの上ないだろう。「上等だ」と言ったセイは、ほんの少し、口元を緩めてサンタバーレ城を囲む黒い森の影に視線を投げた。


 日中曇っていた所為か、この日は夕日だけがぽつんと赤く、空も山も辺り一面、色をくすませていた。

「正直、」

またも、リョウの方が先に沈黙を破る。

「正直、リノロイドとは戦いたくない。出来るだけ……特に、フィアルの前じゃあ」

リョウの言葉に、セイは溜息をくれてやった――そうでもしないと、嫌気がさすぐらい、この甘チャンと思考が似てきてしまったことを思い知らされるからだ。ただ、当のフィアルは母親の抹殺を望んでいる。それが民の蜂起の為だと、彼は信じているのだ。「まぁ、」とリョウは照れたように笑った。

「“世界を作って”、なんてなことを美女に頼まれたこともあったもんだから、中途半端する気は無えケドよ」

――何せ、リョウは、争いの潰えた世界を、不老不死の人魚に見せてやらなければならないのだ。

「……美女効果覿面じゃねえか」

よもや世界を二つ作るなどと言い出すとは――とセイは譲られたばかりの2本目の剣を、もう一度眺めた。単純に、軟派な思想に馴染めないセイは、所在を無くしたのである。

「お前が、“オレ達のケンカとこの戦争が似てる”なんて言うからさ」

マオがケンカの仲裁に使った材料を、この戦争に当てはめて考えてみただけだった。やや癪だが、やはり、この弟に助けを請うたお陰だ、とリョウは思っている。勿論、そんな事は口が裂けても言わないが。

「二つのお菓子でケンカが一軒落着するんなら、世界が二つありゃ良い! って」

ならば、陰の功労者はこの双子達の養母・マオだろう。

「低能と天才は紙一重だな」

すかさず毒を盛るセイであったが、この兄が新たな“テーゼ”を捻り出したことについては、正直、感心さえしていた。勿論、そんな事は口が裂けても言わないが。

「たまには素直に褒めてくれてもいいんだよ、セイ君」

巧くリョウの口元の笑みが引きつったところである。


 卵黄の塊のような日の架かった西の空がやおら燈を帯び、雲が反射した光が薄紅から紫へと暮れていく。

 セイは、空から兄へと視線を移した。

「で、本題は?」

そもそものリョウの用件はこれまでの話題と別のところにあったのだ。先程からそれに薄々気付いていたセイとしては、兄が随分もったいぶっているのも分からないでもない。切り出すだけでも、深刻な顔になってしまうような、そんな話題なのだろうとセイは解釈していた。丁度、リョウも覚悟を決めたのか、

「リナから伝言」

と前置きがあって、「本題」は切り出された。

「明日は十分に休養を取るように。明後日は、」

リョウはそこで一度呼吸を置いて、セイの目をじっと見て続けた。

「――サテナスヴァリエ・アンドローズへ向かう、だってさ」

いよいよ人間居住区・サンタウルスを出て、魔族専住地・サテナスヴァリエへ赴くことになる。完全に、闇の民の大陸だ。そして、魔王・リノロイドの本拠地である。

「でさ、セイ、」

そう呼びかけたリョウは再びセイから目を逸らし、

「聞き流してくれても良いんだけど……」

などと言って頭を掻いたきり、どういうわけだか黙りこくってしまった。出発日時の報告だけだと思っていたセイは、兄からわざわざそういう前置きをされ、少し戸惑う。

「聞き流してやるからさっさと言えよ」

と、試しに兄を急かしてみたところ、それは功を奏したようだ。「じゃあ、」と一つ呼吸をする間を置いたリョウを、つい見てしまったセイは、図らずも彼ときちんと目を合わせる格好となってしまった。それには構わず、リョウの曰く。


「絶対生きて、レニングランドへ帰ろうな」


丁度、風が、赤く色付いた木の葉を散らして消えたところだった。はらはらと舞い落ちる赤い葉の名は知らない。

 セイはリョウから顔を背ける。曰く。


「ああ。……きっと、な」

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