第54話 ポケットのビスケット

(1)

 サンタウルス正規軍と魔王勅命軍との間の一時休戦の協定が非公式のうちに成立した。


 国境付近ではまだ火種が燻っているようだが、大部分の戦力が一時的に撤退している。大きな基地のあるサンタバーレやアンドローズの町がそれぞれ賑わう中、家族のある戦士達は英気を養うため、一時帰宅する者もいる。


 その一方で、アンドローズ城では、近く来るであろうランダの子孫達との戦いの準備が進められていた。

 ランダの子孫と魔王を直接対決させるべきか否か――魔王の名を借りて政を司る魔族専住地(サテナスヴァリエ)中枢で、それは大きな争点となっていた。

 失踪中のヴァルザード皇子がランダの子孫側に付いた為、喫緊の懸案にクーデターの危険性も考慮項目に入れておかねばならないからだ。それは、ランダの子孫達を一掃し、一刻も早く光の民を絶滅させんと体制強化したい中枢にとって、大きな障害となっていた。

 今だって、防衛費の徴収で吊り上がった税金の為に永年に渡って生活苦を強いられている住民が、次々とレジスタンスという名のテロリズムに走る傾向が目立ち始めていた。ヴァルザードがその勢力を取り込めば、闇の民は大きく二つのイデオロギーの下で分裂してしまう。そうなると、魔王勅命軍だけでは、「サンタウルス正規軍」、「ランダの子孫とその同志」、そして「ヴァルザード皇子」と言う3つの敵に対処しきれない。

 

 そこで中枢は、魔王・リノロイドという切り札を使うことを決めたのだ。そして、それは決して失敗することは許されない大きな賭けでもある。その為には、入念な準備が必要となった。


 「例のフェンリルは、今どんな様子だ?」

リノロイドは召喚したアレスに問うた。

「はい、」

アレスは王間ではなく、リノロイドの私室に通されていた。ロイヤルガード達にも暇を取らせている為だと解釈しているアレスは、主君のプライベートになるべく立ち入るまいと、周囲にあるものを出来るだけ見ないように心掛けた。

「只今乙号体の遺伝子を甲号体の染色体に組み込む作業が完了し、卵を安定させる作業へと移行しております」

「そうか。休暇中悪いな」

リノロイドはアレスから資料を受け取ると、それに目を通し始めた。

 その一連の報告の最中だが、アレスは主君の読みかけの本に気付いてしまった。『魔術全書』と言う題名の、超難読書の一つだった。魔王ともなれば、それすら読破せねばなるまい、とアレスは小さく唸る。

「気になるか?」

てっきり、資料に目を通していたと思っていた主君はアレスを見ていた。慌てて畏まるアレスに、魔王は寛大であった。

「持って行くと良い。我には最早不要なものだ」

つまり、とうに読破したということか。流石、魔王(サタン)である――エリートとは巷で言われていても士官学校のカリキュラムで何とか魔法の基礎を作り上げたアレスとはモノが違う。アレスは主君から本を受け取ると、深く一礼した。しかし、それは直ぐに制された。

「礼は要らぬ。むしろ、お前には詫びなければならないことがある」

首を傾げたアレスに、魔王は淡々と説明した。

「第三部隊副隊長の後任を、魔王権限で決めさせてもらった」

即ち、妹・アリスの死亡で空いたポストに、誰かが入ったということだった。

「名は、そうだな……ラディオン、とでも言っておこうか」

“ラディオン”――何処か聞き覚えのある名ではあるが、少なくとも、第三部隊の現構成員では無い。思わぬ打診に動揺してしまったアレスは、

「新参者に、第三部隊副隊長のポストは重過ぎます」

などと反論してしまった。これは珍しい、と素直に驚いて見せた主君の表情に、アレスも自分の場違いな発言に気が付いた。

「申し訳ございません!」

すぐにアレスは頭を下げた。

 魔王勅命軍法・同規則上、人事介入権は魔王の正当な権限である。元帥・アレスとて、それに服さねばならないのだ。しかし、意外にもリノロイドは笑ってくれていた。

「確かにお前の言う通りだよ、アレス」

私室と言う事もあり、緊張を解いているのだろうか――「魔王」にしては、随分と寛容な言葉が立て続く。主君はなおも微笑んだまま、こう続けた。

「アリスという代え難い腹心を失ったお前の気持ちは良く分かる。しかし、これも魔王軍、ひいては魔族全体の為だと心得てくれ。実力については、私が保証しよう」

無礼の咎めも一切なく、その場が事なきを得てしまった。

「……格別のご配慮、感謝いたします」

納得は出来ないままだったが、こうまで言われては妥協する他無い――アレスは、主君から賜った難読書を抱え、そそくさと退出した。


 実は、部屋にはもう1人いたのだが、アレスはとうとう気が付かないままだった。

「待たせたな」

リノロイドは出窓に控えていたコウモリに声をかけた。

「イエ、ソレヨリモ、」

コウモリは部屋に入ると、赤毛の女剣士となった。

「――珍しいものを拝見させて頂きました」

非の打ち所の無いアレスの動揺など、軍内では見る機会も無い。

「アレス元帥は、とうに妹の死を乗り越えていると存じておりました」

ファリスには、いや、魔王軍では誰の目にもそう見えていた。

「簡単に乗り越えられる死など、あるものか」

リノロイドは少しだけ笑った。

「ただひた向きに仕事に邁進しているだけだ。アレスも、――多分、私もな」

「リノロイド様……」

この孤高の女王は、その高すぎるキャパシティー故に抱え込んでいることが余りに多い。魔王が誰の死を悼んでいるかをよく知るだけに、無力感が忠臣の言葉を詰まらせた。

「さあファリスよ、報告を聞こうか」

リノロイドは、窓の外を見た。アンドローズ地方は、そろそろ秋を迎えようとしているという。少しは暑さも落ち着いたのだろうか――国体保護という名目目的のため、永く城の外を出歩かない魔王には分からない。

 「フォビドゥンエリアはここ4日間これといった変化はありません。あらゆるディスベル(解除呪文)も受け付ける様子はありません。いかがなさいましょう?」

ファリスは主君の指示を待っていた。しかし、暫しの沈黙の後に転がり込んだ主君の言葉は、何の変哲もない疑問文であった。

「ランダの子孫は、我以上のユーザーとなるだろうか?」

主君はずっと秋口の窓の外を見ていた。つられて窓の外に向けたファリスの目に、晩夏の風で赤く色付き始めたオニビウリの実の掛かる城門とアレスの姿が見えた。ほんの一日にも満たない休暇中、彼女は故郷である孤児院に一時帰宅するらしい――妹の殉職を伝えるのだろう。

「あの双子がというよりも、凡そ民は、リノロイド様を超えるユーザーには成り得ないでしょう」

ファリスはそう言い切った。

「リノロイド様は、神に選ばれた存在なのです」

そうでなければ、神に通じるチカラを持つ“四大元素”を取りまとめることは出来なかった筈である、とファリスは続けた。

「ランダさえ、リノロイド様こそ正義であると認めたではありませんか」

風が強いのだろうか、空を往く鳶が煽られて高度を下げた。何となくそれを見つめていた魔王は、「そうだったな」と小さく笑って視線を落とした。

「どうも最近、思い通りに事が運んでくれないのでな」

主君は漸く窓の外から目を離し、ゆっくり椅子に腰を下ろした。

「ランダの子孫達にも困ったものだ。何故今頃になって、完結した『シナリオ』をあえて書き直そうとするのか――」

“光か闇、一種の殲滅なくして、戦いの止むことはなし”――あのランダでさえ、それは正しいと認めた筈だった。ランダの戦勝以後は魔族が淘汰され、リノロイドの戦勝以後は人間が淘汰されてきた。この歴史が、その是非を証明している。

「もう、どのくらいになるのかな」

と、リノロイドが唐突に呟いた。その年月が何を指すのか、ファリスにはすぐに分かった。

「前王が崩御なされてから、ですね」

前王とは、リノロイドの夫・ラダミーラに当たる。思えば、彼の崩御後のことである――リノロイドが「リノロイド」と通称を改めたのも、臣下臣民にさえ「魔王」などと呼ばれるようになったのも、しかしそれは「是」とされてきたことも。

「これ以上、時間をかけるわけにも行くまいな」

主君・リノロイドが口角を引き締めた。


 ――程なくして、魔王とランダの子孫の決闘に関する条項が、サテナスヴァリエ中枢にも承認された。

(2)

 「今、何考えてる?」

寝て、目覚めても、そこは相変わらず「夜」であった。何一つ変わった様子は無い。まだ眠気の残るセイは、一つ欠伸をした後、先に起きていたリョウに問うてみた。

「考えてた、ってか、」

どうやらリョウもまだ眠いようで、唸り声とともに背伸びまでされてから、漸く、答えが返ってきた。

「――昔のこと、思い出してた」

様子が変わったといえば、焦りは無くなっただろうか。少しだけ寝て落ち着いたのか、『神』が眠りから覚めたのか、セイにはさっぱり分からない。

 新たな“テーゼ”を見つけるため此処に来たはずだが、それはさておき、わざわざ兄弟で昔話をするのも久しぶりだった。

「さっきさ、夢にマオさん出てきたんだ」

「お前もか」

双子だからだろうか、殆ど同じ内容の夢を見ていることが稀にあった。大体は、師・マオとの修行に明け暮れていた幸福な時期に舞い戻ってしまった夢である――多分、お互いに、レニングランドの山奥に、生きて帰ることを本能的に望んでいるから見る夢なのだろう。

 それはそれにしても、仲の良い兄弟ならこの奇跡を歓迎するのかもしれないが、生憎それに程遠いこの双子は、不気味さと嫌悪感に鳥肌を立て、顔を歪める程度である。

「お前とケンカして、マオさんにとっちめられる夢」

リョウが苦笑いをし、セイが舌打ちをした。何ということは無い、ほんの数ヶ月前までは日常的に繰り返していた現実の出来事だ。

「あの頃は、この今の状況なんて、想像も出来なかったな」

――まさか、『神』に一番近い場所で世界を作り変えようとしているなんて。

「まあ、そうだな」

――まさか、コイツとそこそこ打ち解けて話せるようになっているなんて。


 言わば「夜」というべき空間でふわふわ浮いて、どのくらい時が経ったのか。少し前の過去を思い出したセイは、ふと、気が付いた。

「腹減った。何か無いか?」

そう、彼らは此処に来てから、全く何も口にしていないのだ。空腹を感じたかと思えば、すぐに腹の虫が鳴いた。セイは兄の携帯してきた麻袋の中身に全てを賭けていた。

「そういや、そうだな」

やおら、リョウも空腹を感じて一つ唸った。

「確かここらに持って来てんだよ……」

セイの嗅覚は確かだった。確かめるように呟きながら物色するリョウの麻袋からは、ビスケット二箱と飴一つが出てきた。

「……色々言いたいことはあるが、今回は黙っておく」

先ず、菓子を買った金の出所。次に、麻袋に入れておくべき医薬品が何処にも無いこと。そして、そもそも菓子は食事では無いこと――セイは何とか妥協した。

「一個しかないアメちゃんはどうする?」

リョウは甘党である。当然、持参した菓子はリョウの好物であるが、少ない「食糧」には違いない為、セイにも確認した。

「要らない」

一方のセイは甘いモノが苦手であった。一箱もらったビスケットも一枚食べただけである。今はむしろ水が欲しいくらいだとも思っている。

「オレ、お前も甘いもの好きだと思ってた」

セイに水筒を渡したリョウは、喜んで飴をほおばった。

「知らなかったのか?」

半年近く共に旅をしてきた中で、そんな事くらいは知っているだろうと思っていたセイは、虚を衝かれてしまったが、どうやらそれとは少し違うようだ。

「いや、流石に知ってるケドさ、」

などと前置きがあって、リョウはこう続けたのだ。

「だって、ちっちゃい頃、オレと菓子取り合って大ゲンカになったじゃないか」

そのイメージが強くあって、リョウはこの際、きちんと確認したかったようだ。

「それは大昔のコトだろ」

あらためて確認されてセイはきちんと思い出したのだが、兄と嗜好が一緒だと思われるのが癪(しゃく)で、それ以来甘いものを毛嫌いするようになったのだ――思わず、セイは苦笑してしまった。

「確か始めは、一個しかないお菓子を“オレとお前とどっちが食うか”ってことでケンカになって……ちゃんとマオさんが二等分したのに、今度は“どっちがデカイか”ってコトでケンカになったんだよな」

――実は、それは二人が先程まで見ていた夢の話でもあった。双子はそこに、それぞれ小さな驚きを感じながらも、話を続けていた。

「とうとうマオがぶち切れて、オレとお前と並んで往復ビンタされた上に、あの臭ェ物置の中に、半日閉じ込められたんだったな」

「そう! その物置からやっと出られたら、テーブルに同じ菓子が二つ買ってきてあって、やっと一個ずつ食えたんだよな!」

“これで文句があるなら製造元に言え”と、呆れたように笑ったマオの顔――二人の夢はそこで途切れたのだ。

「似てるな」

甘めのビスケットを、もう一枚かじったセイは、つい思ってしまった。

「この戦争も、ガキのケンカと大差ねえ」

要は、この口当たりの甘ったるさを中和するために吐いた毒である。

「一個しかない世界を取り合って、ケンカしてるワケだ」

退屈そうに背伸びをしたセイは、一口水を口に含んで「食事」を終えた。

「ホント、そうだよな」

確かに、と思ったリョウも素直に同調した。

 そう、ただ単にスケールが違うだけなのかもしれない。「菓子」が「世界」に摩り替わり、「ケンカ」が「戦争」に発展しただけで――

 その時だった。

「あっ!」

リョウは声を上げて、セイを見つめた。

「何だ?」

怪訝そうに兄を見遣るセイの外套の襟口に掴みかかって、リョウはニッと笑った。

「オレ、今、すんごいコト、思いついちゃった!」

(3)

 禁じられた区域に入って、7日目。リナとフィアルは、再びあの塔の前に立っていた。

 丁度、風が強くなってきただろうか。

「リナ姉、」

ふと、フィアルが塔のゲートから大きな間合いを取って叫んだのだ。

「大きなチカラが近付いて来るよ。塔からは離れていたほうが良い」

これまでに無い進展である。リナも合わせて間合いを取った。そう言われてみれば、辺りの空気がヒリヒリと神経質に逆立っている。負のチカラとも正のチカラともつかないが、魔法分子が安定点を見失って混乱を来たしているような、騒がしい印象である。

 丁度、落雷の如く閃光が煌いた。正にその瞬間、二つの大きな光が大地を叩きつける音が岩々に轟いた。それは砂埃を巻き上げ、暫く辺りの色を暗く落としたが、その土煙から現れたのは、紛れもなく、『勇者』――

「リョウ! セイ!」

リナは駆け出した。かの双子の戦士達の表情は明るく、いっそう凛々しく、頼もしく見えたが、それ以上に無事が有り難くて……

「ただいま、みんな!」

リョウはその埃っぽさから逃れるように、リナ達の方へ駆け寄っていく。

「――。」

セイは幾らか砂塵を吸い込んだのか、一つ二つ咳き込みながら、兄の後ろから歩み寄ってきた。

「リョウちゃん、セイちゃん!」

真っ先に双子達に追いついたフィアルが、早速リョウに飛びかかっていた。ぎゃあぎゃあとふざけ合うお馴染みの日常がまた戻ってきたのだ。

「二人共、無事で何よりだよ!」

と、いつになく感激した口調でそう労うリナに、

「いや、実際は2度くらい死にかけたんだけどな」

リョウは照れ笑いをして見せた。

「疲れたろ、早いトコ城に戻って、とりあえずゆっくり休みなよ」

リナは帰ってきた『勇者』達の背をポンと叩いて急かす。とにかく今は、束の間でも彼らを休息させてやりたかったのだ。

「ああ、あっちでの事、色々話したいことは沢山あるから」

リョウはニッと笑った。セイも口元を緩めた。

「腹減った。何か食わせてくれ」

そう言ったセイの麻袋の中には、食べかけのビスケットの箱が、一つ――

(4)

 少し時間は遡る。

 新たな“テーゼ”を見つけたと思った瞬間、リョウとセイは、再びドゥーヴィオーゼとミッディルーザの前に引き戻された。

「お前達が此処にいると言うことは、『神』の声を聴いたというコトだな?」

ドゥーヴィオーゼは興味深そうにその中身を尋ねる。

「いや、そんなのは全然聴こえなかったよな?」

リョウは説明に困り、セイと顔を見合わせてってしまった。

「胡散臭くて死ぬかと思ったくらいで」

などとストレスの捌け口、もとい、ドゥーヴィオーゼに食ってかかろうとする弟を何とか引き止め、リョウは話を続けることにした。要するに、「良い考えを思いついた」と思ったら、急に「夜」が明けるように光が空間中に満ちてきて、気が付いたらあの石の円盤の上に引き戻されて、座り込んでいたという事なのだ。

「よく、分かりました」

リョウの説明が良かったのかどうかは定かでは無いが、どうやら数千年前の『双子の勇者』達も納得してくれたようだった。

「では、その“思いつき”とやらを聞かせて戴きましょうか」

ミッディルーザに促されるままに、リョウは、あの場所で思いついた考えを説明し始めた。

「この世界が、もう一個あれば良いと思ったんだ」

丁度、一つの菓子を巡って争っていた兄弟に、母が一つずつ菓子を買い与えたように。この大胆な案に、ドゥーヴィオーゼとミッディルーザは互いに顔を見合わせた。構わず、リョウは続ける。

「光の民と闇の民が一つずつ世界を持てば、ケンカも収まるんじゃないかって」

リョウの話を聞いていたドゥーヴィオーゼは数度頷くと、ミッディルーザの方を見た。

「海で隔てた光と闇を、今度は空で隔てるわけか」

「お顔に似合わずロマンチックで良いじゃないですか。ボクは好きですよ、そういうの」

――暫く解釈に苦しんだが、つまるところ、神使の合意は得たようだ。

「空間を隔てた場所で、二種を共存させれば良いわけですね」

どういう魔法科学でそれが解決するのか、リョウとセイには見当もつかなかったのだが、ミッディルーザの頭の中では、それに向けた何やらの計算が既に始まっているようだった。

「できそうだな」

ニヤリと笑ったリョウが傍らのセイを突(つつ)く。面倒くさそうに兄から顔を逸らしたセイだが、その口元は笑っているようにも見えなくはなかった。

「後は、」

ドゥーヴィオーゼが言った。

「リノロイド……彼女次第だな」

彼女が、新しく出来る「世界」へと闇の民を先導してくれるのが一番良いのだが。

「きっと、彼女を説得することが一番難しいだろう」

彼女の“テーゼ”の方は、いずれは世界を終わりに導かんとする『神の意思(シナリオ)』に近いところにある定立である。むしろ、平和を確立する為の一番合理的な方法は、依然として、「光か闇の殲滅」の方である。

「オレが、説得する!」

リョウは神使達の前で宣誓した。

「ケッ、甘チャン」

一見毒だが、セイの態度としては、「拒否」でも「反対」でもないようだ。

「『神』は仰いました」

ふと、ミッディルーザが口を開いた。

「二つの“テーゼ”を争わせなさい、と」

そして、ニコリと微笑んだ。

「ボク達は、貴方達の“テーゼ”に懸けましょう」

後は、リノロイドの“テーゼ”との戦いである。

「オレたちにしてみれば、懐かしいな」

ドゥーヴィオーゼは指を鳴らしてみせた。確かに、『神の意思』ともいうべきものと真っ向勝負しようとしている彼の目は、“神使”というよりは、『勇者』らしい。

「せいぜい頑張れよ、細目」

セイは言ってやった。

「お前もな、ガンタレ」

ドゥーヴィオーゼも言ってやった。

『黒き勇者』間の空気が適度に険悪になる中ではあるが、リョウはミッディルーザから、あるものを受け取っていた。

「光明獣?」

リョウは首を傾げる。眼前には、美しい鱗で覆われた、ペガサスのような白い怪物が召喚されてきた。

「絶対元素の均衡上、貴方にも神獣を与えておく必要があるでしょう」

そしてミッディルーザは声をひそめて言ったのだ。

「“ケツァルコアトル”は宿命的にバランスが取れている。ホラ、貴方だって、人魚に記憶を封じられていたことがあったでしょう?」

「うっ……!」

リョウは、絶句したまま表情を歪めた。弟の前で人魚との詳しい経緯を暴露されまいか、冷や冷やしながらミッディルーザの説明を聞く羽目となった。

「貴方の記憶を喰って成長した神獣が、このラハドールフォンシーシア。アミュディラスヴェーゼアが『闇』なら、ラハドールフォンシーシアは『光』です。神獣達は剣の形となって貴方達の持っているチカラを最大限に発揮出来る手伝いをします」

「剣にもなるの?」

ラハドールフォンシーシアの、まるで水晶のような美しい鱗を撫でて首を傾げるリョウに、ミッディルーザは微笑んだ。

「そういえば、貴方は何度となく、ボクがこれを与える前に召喚していましたね」

それを聞いてリョウは心底驚いたのだが、リョウがディストとの戦いで副脳を解除した時に発現した剣の正体が、実はこのラハドールフォンシーシアであったのだという。

「後は、“高貴なる双子(ケツァルコアトル)”としての貴方達の器の問題です」

そう結んだミッディルーザは、柔和に微笑んだ――リョウとセイはその言葉を背に、地上へと戻ったのだった。

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