第49話 禁じられた区域(門と番)

(1)

 ファリスが王間に駆け込んだのは、その日の早朝のことだった。

「リノロイド様、レーダーに反応が出ました!」

標的がサンタバーレ城を出た知らせを受けた魔王は、迎撃準備の要否を確認した。

「しかしながら、」

迎撃準備に越したことはない、と判断した上で、ファリスは続けた。

「連中は、アンドローズとは真逆に進行しています」

真逆と聞いたリノロイドは地図を思い浮かべた。サンタバーレを北へと進めばすぐにアンドローズ。逆に、サンタバーレを南へと進めば……

「まさか、フォビドゥンエリアではあるまいな?」

リノロイドは眉をひそめた。ファリスの脳裏にも、かの伝説の島の名が思い浮かんでいた。そこは有史以来人を立ち入らせたことの無い『禁じられた区域』。

「畏れながら、あの島に立ち寄る術は存在しないか、と」

ファリスもその島について知っていた。しかし、

「ランダめ……」

主君は確信したようだ。ランダの子孫達が何らかのツールをもってその封を解かんとしている事を――

「あの島には、“絶対元素”の根源なるものが眠っている。あの忌々しい光の民のガキ共が、ランダ以上の厄介なユーザーとなるわけだ」

リノロイドはとうとう頭を抱え込んでしまった。

「リノロイド様、」

嘆息を漏らした主君に、ファリスはこう言ったのだ。

「封を破るという『戒め』もございます」

光も闇も拒み続けた伝説の島である。今更封印の解除を甘受するとは、ファリスには思えなかったのだ。

「ともすれば、あの双子達は我々以前に、“神”の手によって裁かれるかもしれませんよ?」

(2)

 サンタバーレから飛空艇に乗り込んで、半日以上経過した。リョウ達がフォビドゥンエリアに到着したのは夕暮れ前のことだった。

「準備は良い?」

舵を取るリナが声を張り上げた。飛空艇の窓から岩礁が幾つも幾つも見える。

 この岩礁は、これまで多くの船を遠ざけてきたという。それはそれにしても、青い大海原のキャンバスに浮かぶ黒い岩礁を囲む浅瀬が、透き通ったエメラルドグリーンの光を取り込んでおり、そこに白波が打ち寄せる様子は絶景だった。

「セイ! 行くぞ!」

裸足になったリョウは、航行中の飛空艇の屋根に登る。吹き飛ばされそうなくらいの強い風に海水が巻き上げられて、リョウの額や頬にも飛んできた。

「……!」

そのプリズムを掻い潜ったセイの目に七色の光の筋がくっきり映された。あたかも虹は、今いるここから島へと繋がる橋のように見えたのだ。

「姉さん! 準備良いよ!」

フレアフェニックスを並走させていたフィアルがリナに合図を送った。リョウとセイを乗せたままの飛空艇は、そのままゆっくりと島へ――島を覆っている結界へと突入する。

『闇よ、我が声に応えよ』

セイは銀のブレスレットに祈りを込めた。セイの言霊に反応するように、銀のブレスレットは光を放ち、その光は真っすぐに空を射した。

『光よ、我が声に応えよ』

リョウもセイに倣って詠唱した。金色の光が銀色の光と並んで、二つ目の光の柱となった。

「空が……!」

フィアルは眩しさに目を細めた。リナは結界が架けられていた空を確認した。

「これは!」

青い筈の空が鈍色に淀んでいる。金色と銀色の光は、まるでコーヒーに入れたミルクのように空に馴染み渡ると、レースの様に滑らかな鈍色の膜になって降りてきたのだ。

「(光が降って来る!)」

そう思った刹那、4人は何かに抱きかかえられた感じがした。リョウは、それが一体何なのかを確かめたかったが、光が眩し過ぎて目を開けることができなかった。セイも強く目を閉じ、その光の強烈な白さに耐えていた。


 景色を押しつぶしていた光が薄くなる。それまでずっと目を防御していた4人は、段々と明確になり始めた景色に、思わず感嘆の声を上げた。

「ここは?」

何時の間に移動していたのだろうか、そこは、乾いた大きな岩の上だった。その向こうには見た事の無いくらい太い木々がジャングルのように生い茂っている。

リョウは辺りを見回した。飛空艇もそのままそこにあったし、傍らには自分と同じように周りを見回しているセイがいる。フィアルは茫然と座り込んでしまっていて、リナは今、飛空艇から出てきたところだ。

「あ、」

セイは気が付いた。ブレスレットが無い――銀色のも、金色のも。さっきの光と一緒になって消えてしまったようである。天を仰いで見てみると、空。まるで何事も無かったように澄ました青。

「ここが、フォビドゥンエリアの内部か」

計算されたように配置してある白い石の道が奥の森へと続いている。それは、この島にも住民がいるということを窺わせるものだった。恐らく、その「住民」によってあの結界は張られていたのだろう。だとすると、「住民」とは『神』なのだろうか。

「どうしようか?」

鳥の声、波の音、風の音――今聞こえるのはそれだけだ。困った時のお約束で、リョウはリナに確認した。しかし、リナの回答よりも先に、セイのボヤキが聞こえてきた。

「本当にこんなトコに『絶対元素』があるのか?」

これだけの超常現象に直面しているにもかかわらず、相変わらず、セイは面白くなさそうだった。抽象的な出来事が多すぎると、彼は不快感を覚えるようだ。

「急く事は無いだろうよ」

リナは言った。

「現に、私達はこの島に入ってしまえたんだから」

そう、何千年もの間民を拒み続けたこの島に4人は来ている。

「ま、歩いてみようか。何も無いと決め付けるのはそれからにしよう」

誘われるように、フィアルは森の中へと歩き出した。

「何だ? まだ昨日の事根に持ってんのか?」

不機嫌そうに溜息をついたセイの肩を、リョウはポンと叩いてやった。

「折角此処に来たんだし、気持ち切り替えて、現在(いま)を楽しめよ!」

伝説の地に足を踏み入れたということもあり、リョウのテンションは最高潮に達していた。先頭のフィアルに並ぶ為、リョウは軽やかに弟を追い抜く。

「るっせぇな、低能め」

セイにはやはり面白くなかったが、

「(現在を楽しめ、か)」

リョウの何気ない言葉は、セイへの確かな救済の言葉として消化されていった。

(3)

 それは、一見すると何の変哲も無い初夏の森である。ただ、そこに生息している木々、草、花、生物は鳥や昆虫に関して、リョウ達も見た事のない種類のモノが幾つかあった。

 そして、ここでは普段と全く違う点が一つ。

「イーヴィルジャッカル……か?」

目の前の魔物に、剣を抜いたセイは戸惑ってしまった。魔物が人間に向ける殺気が全く感じられない。「可愛い」と歓声を上げ、リョウはそのモンスターに擦り寄って行く。それは見慣れた図なので(!)一同に特段驚きは無いが、イーヴィルジャッカルの方も撫でるリョウの手を舐め、じゃれて餌をねだったのには流石に驚かされた。

「此処の魔物は、光の民を攻撃しないのか」

リナの分析によれば、強力な結界の所為で光魔法分子と闇魔法分子のバランスが均等に保たれている為、モンスターも異分子の光の民を襲おうとしないのだという。

「リノロイドの復活の所為で膨大な量の闇魔法分子に覆われている外界とは、全然勝手が違うってわけか」

戯れ合う兄と魔物を引き離したセイは、何気なく傍らのフィアルを見た。

「フィアル?」

それ程歩いたわけでもないが、フィアルの顔色が悪い。

「どうした? 今頃船酔いか?」

リョウも気付いてフィアルに駆け寄った。

「ああ、別に、気分悪いとか、そう言うんじゃないケド、」

フィアルは冷や汗を拭った。

「何か、息が詰まるって言うか、胸苦しいって言うか……」

彼は強烈な違和感とでも言うべき、何らかの強いプレッシャーを感じていた。飛空艇で休むよう勧めたリョウに、フィアルは笑って見せた。

「何か、強いチカラに呼ばれてる……引力みたいなのを感じるんだ」

この違和感の原因を突き止めたい気持ちの方が強いのだ、と彼は言った。そんなものなど微塵も感じないリョウとセイは顔を見合わせ、首を傾げるばかりであったが、

「フィアル程のハイユーザー(高位術者)になると、無意識的に魔法分子の静動に敏感になるのさ」

リナはそう補足した。

「その引力の発動現場に案内してくれないか?」

探しものはそこにあるかもしれないと分析したリナに応える為、フィアルは先頭に立って歩き出す。リョウ達もそれに続いた。

 陽が落ちかけ、熔樹の木々が赤みを帯びた色に染まる頃、一行はひらけた場所に出た。白い岩が意図的に円く敷き詰めてあるそこは、祭儀場のようでもあった。

「此処だと思う」

フィアルは余り自信無さそうに言った。勘だと言えば、全て勘で此処まで来たようなものだった。

「ホント、曖昧だな」

セイがすかさず毒を吐いた。

「だから勘だって言ったじゃん。セイちゃんのイヂワルー!」

フィアルはセイに抱きついてやった(100kg重)。小さく呻いて必死にもがく弟を見て、リョウは笑い転げている。その喧騒をよそに、周囲を見渡していたリナが何かに気付いた。

「いや……あながち、バカにできないよ」

リナは上を見上げていた。それを見たリョウ達も気付いて喚声を上げた。

「あの光、ブレスレットだよね?」

宙に浮かぶ二つの光。金と銀に光るそれは、金と銀のブレスレットと見て間違いない。

「でも、どうして?」

フィアルはふと、地上に視線を落とした。

「!」

人影に気付いたフィアルは驚きのあまり、声を失ってしまった。

(4)

リョウ達の目の前に、何時から居たのだろう、亜麻色の長い髪の女性が立っていたのだ。

「母上?」

まさかの一言をフィアルが呟いた。

「え!?」

フィアルの「母」とは、即ち、魔王・リノロイドである――リョウとセイは身構える。

「いや、そんな筈は無い」

リナは分析を始めた。此処には、自分達しか入れなかった筈である。崩れた封印は4人がこの島に入ったときに直ちに修復されている。いくら魔王・リノロイドといえども、封を破ってこの島に入ることはできない筈だ。

「ああ、違う。でも……」

フィアルは数度目元を擦って、もう一度目の前の女性を確認した。亜麻色の長い髪。大きな目と、それを縁取る長いまつ毛。小さめの鼻と口――

「(でも、このヒトは……)」

そっくりだった。妹・バラーダの身体を乗っ取る前の……もっと言えば、父である前魔王・ラダミーラが健在だった頃の、美しかった母親の姿に。

 亜麻色の長い髪の女性は、ゆっくりとこちらに近付いて来る。敵か、それとも味方か?

「あの二つの光は、神の都の入り口である」

その女性は名乗りもせずに、そんなことを切り出した。低めの落ち着いた声は淡々としていて、どこか神秘的であった。

「貴女は?」

フィアルの問いに、その女性は口元を緩めたように見えた。

「私は名を持たぬ。聖域の守護と沈黙を担う者。或いは『神の意思』を記憶する者であり、或いは不死の者である」

女性はそのように自己紹介した。そして、余りの神々しさに見惚れていたリョウと抽象的過ぎる事物のオンパレードに苛立ちを募らせたセイに、深々と頭を下げ、挨拶して曰く。

「よくぞ聖域に参られた。“ケツァルコアトル”とその同志達よ」

(5)

 “賢者”とは、神の意を知る者。世を導く者にして、聖者。――リナは、いつか読んだ書物にこのような記載があったのを思い出した。

「貴女が、賢者である、と?」

リナはためらいがちに尋ねた。その女性にはリナをそうさせるだけの威圧感が漂っていて、口を聞くのが畏れ多く思われてしまうのであった。

「賢者と呼ぶ者もいる」

眉一つ動かさない無表情で賢者は言った。

「ケンジャ?」

勿論、男3人は蚊帳の外である。

「貴女が絶対元素をくれるんですか?」

リョウは試しに聞いてみると「否」と簡単な返事が返ってきただけだった。しかし、これから何が起ころうとしているのかは、簡単に教えてくれた。

 賢者が杖を召喚して、上に掲げると同時に、光の柱が地中から天空へ伸び、古代紀の文字が掘り込まれている大きな石の塔が現れたのだった。何処からとも無く立方体状の岩々が現れ、塔を守る砦となり、今まで森だと思っていた場所は簡単に石の下へ沈んでしまった。そうしているうちに、宙に煌めいていた二つの光はそれぞれリョウとセイの元に戻って来た。

「あ、これは!」

リョウとセイはピンと来た。これなら見覚えがあったのだ。

「神の都の入り口である」

賢者が応えたのと同時に塔のゲートが開いた。そう、数ヶ月前にリョウとセイが絶対元素と盟約を交わした際にも、このゲートを通過している。召喚術者(サマナー)イザリアはこの塔のゲートだけを召喚したのだろう。

「アミューは?」

リョウはあの、大きな目で、体中黒いふわふわの毛で覆われていた、一頭身の小さい門番(確か、「暗黒獣」という名の神獣だったか、とリョウは記憶している)を探していた。が、リョウ達の目の前に現れたのは、黒い皮膚がウロコで覆われた爪と牙の鋭い、竜のような生物だった。

「セイの記憶を喰って育った、アミュディラスヴェーゼア、完全体だ」

賢者はそう説明した。

「道理で、可愛らしさが微塵もなくなっちまった!」

リョウはこの不幸を嘆いたが、間も無く弟に剣の柄で殴打された。

「君達は、ここでその器を試されるであろう」

睨み合う双子達をよそに、賢者は話を進める。

「即ち、伝説の“双子の勇者”たり得る器か否かである」

「オレ達が?!」

まさかとは思っていたが、リョウとセイは再び顔を見合わせてしまった。

「うーん。(あれ? セイ、ニキビ増えてる。野菜食えコノ)」

「……。(見飽きたツラ)」

本日も双子達の歯車は見事なくらい完璧に食い違っていたという。

「『神』により与えられた高貴なる使命を持つ双子の勇者である」

この聊か貧相な双子達を指して賢者はそう言ってくれたが、

「……?(高貴? サンタバーレの王子様になっちゃってたって意味か?)」

「……?(双子? バカ言え。オレはリョウなんかとは絶対似てねえ)」

狂い続ける歯車はさておき、人違いではないか、と思わずリョウが問うが、またも「否」と断言されてしまった。

「(こりゃあ世界最大の不幸カモ)」

彼等の親友にしてよき理解者であるフィアルさえ、苦笑してしまう程である。

「絶対元素のチカラを使い、世界の患いを絶つこと。君達の使命であり、資格である」

彼女は、まだ幼い双子達に厳しく「宣告」した。

「本当にそんなことできるのか?」

セイの方が聞きたかった。どうすればそんな大それた事をできるのかを。

「為さねば、君達の存在理由が無い」

後は死ぬだけである、と賢者は冷徹にそれだけ言った。双子達は息を呑んだ――それはそれで、嫌だ! という点では一致した。

「君達は、今、一つの“テーゼ”を持っている」

“テーゼ”と賢者に言われて、リョウはハッとした。


“ただ、貴方達には、一つだけ大きなテーゼ(命題)を提示させて頂きますよ?”


かつて、明護神使がリョウにそう忠告していたのだ。

 その時はまだ単純に、魔王を倒せば平和が訪れるのだと思い込んでいた。しかし、それは余りにも重大な錯誤だった。

 記憶を失ったセイが指摘した通り、魔王を封じた曽祖父ランダでさえ、戦争を終結させることはできなかったという前例があった。

 かつてソニアから言われた通り、「闇の民は光の民を、光の民は闇の民を憎むことしかできない」のだということなのかも知れない。そしてその憎しみの連鎖は終わらない戦争の原因となった。

 だからリノロイドは、「光の民の殲滅」という形をとることによって、終わりの無かった戦争にケリを付けようとしている。

「(でも、)」

それでは余りにも悲劇的過ぎる。まして、闇の民は決して光の民を殲滅させて喜ぶような冷血な民族では無い事を知っている。リナやフィアル、そしてソニアやアレスやディスト……皆、深く傷を負いながら戦ってきた者達だ。そして、自分達だって。

「更なる“テーゼ”は此処にある」

賢者がやっと優しく微笑んでくれた。

「見つけに行くが良い」

リョウとセイは息を呑んだ。

「行ってらっしゃい、二人とも」

リナは勇者の背を押した。

「何年でも待ってるから、」

フィアルはニッと笑って見せた。

「ちゃんと『勇者』になって戻って来いよ」

 日が沈む。薄紫色に染まってしまった空に宵の明星が強く輝いていた――それぞれが、新たな”命題”を見つけられねば戻らない覚悟を、したところである。

「行ってくるよ」

リョウは手を振りながら、セイは振り返らずにゲートへと足を進める。

 17歳の彼等には重たすぎる任務ではあるが、しかし、恐れている暇は無いのも確かである。双子達はそれぞれ、恐怖を払拭するかのように、勢いよくゲートに向けて走り出した。

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