第48話 リンチ(2)

(1)

 「くッ!」

セイは後ろから掴みかかっている傭兵くずれの男の両腕を強引に掴むと、諸共に前転して、前方から殴りかかってきた男達の攻撃をかいくぐる。掴みかかっていた男は地面に叩きつけられ仰向けに倒れた。

「野郎!」

怒声を発して背後から棍棒を持った傭兵の一人が殴りかかってきたが、凶器による単調な攻撃の応戦など、セイにとってはライフワークである。振り下ろされる棍棒めがけて右の拳を突き出したセイは、殆ど慣性で召喚した闇魔法分子から瞬く間に負のチカラを導くと、あっという間に凶器を木っ端微塵に変えた。

「オイ、何だよ、話が違うじゃねえかよ!」

戦士として、圧倒的な能力の差を見せ付けられた男達は既に尻込み始めている。まともに戦って勝てる相手ではない。だからこそ、最初に釘を刺しておいたのだ。「お前は光の民を守るべく戦う“勇者”である筈だ」と。しかし、彼等には誤算があった。即ち、

「どんなガセ掴まされたのかは知らんが、」

よりにもよって、相手が喧嘩上等啖呵満貫ドロッパー・セイであったことである。

「悪いな。オレは、仕事と私事は分けて考える主義なんだ」

セイは冷笑を浮かべた。セイの周りの空気が闇魔法分子との摩擦で鈍く発光し始める。

「口封じは面倒だな。……この場の全員殺っちまって良いな?」

彼に、いわゆる勇者らしさが微塵も感じられないのはなかなか残念だが、陰で様子を窺っているリョウとフィアルは、セイの無事について、一応安心した。

(2)

 「やってられるかよ!」「俺は降りるぞ!」などとケツまくることも無く、薄情な傭兵達はあっさりと退散して行った。リョウ(正確には、セイ)からの報復を恐れたリョウの養父は、たまらず、セイが持ち込んだ短刀を手に取った。

「チッ! 使えんグズ共め!」

鞘を抜いたリョウの養父がセイと対峙した。

「全くだな。同情するぞ」

セイは冷ややかにリョウの養父を見つめた。一体、その短刀をどうするつもりだろうか。殺気など殆ど感じないその凶器は、振りかざされたところで目的を見失っているように、セイには見えた。

 一対一(サシ)で殺り合う事など殆ど無いだろう一般シビリアンなのだから、当然といえば当然だ。そこで、セイは彼との間合いを詰めてみた。

すると、

「――貴様、」

短刀を持つ手を震わせながら、リョウの養父が気付いた。

「貴様、リョウでは無いな?」

生温い夏の終わりの夜の風が、森の木々をざわつかせて消えた。

「やっと、お気付きか」

セイは冷ややかにリョウの養父を見つめたまま溜息をつく。

「そうだ! 貴様はリョウではない! アイツはな、貴様のようにはオレに絶対逆らえない筈だ!」

静かな森に、動転しているリョウの義父のわめき声がやたらと響く。

「……ああ」

セイは冷ややかにリョウの養父を見つめ続ける。

「アイツの身体にはな、ナイフの痛みが染み付いて残っているんだ。オレがナイフを持っただけで、アイツはオレにひざまずく! オレに忠誠を誓った優秀なペットだ! 忠犬だ、忠犬! 分かるか!?」

兄への暴言が続いているが、セイは冷徹を貫く。

「リョウを呼べ! リョウを! オレの頼みならば、アイツは喜んで金を渡すぞ! オレの小便だって飲み干すぜ!」

セイの冷徹が、やがて不気味な静寂に変わっていった――マズイ、とリョウは思った。

「リョウを、呼べ?」

決して張り上げたわけでもないセイの声が、森の暗闇に轟いて聞こえるほどの静寂である。

「――バカめ、そんな事をしにオレが来たわけじゃねェんだよ」

やっと、セイが重たい口を開いた。

「オレは、」

セイが拳を握りしめると同時に、秋口の涼しい風が戦慄を運んできた。

「兄貴のココロをぶち壊したテメェを、許しちゃおけねぇからここに来たんだよ!」

セイの右手が唸り、空を切った。その一瞬で、リョウの養父は地面に突っ伏していた。

「っ痛ぇな……」

力一杯人を殴った右手の甲を摩りながら、セイは元来た道を歩き始めた。


 しかし、間もなくセイは我が目を疑う羽目に陥る。城へ戻した筈のリョウがフィアルと共にそこにいたからだ。

「ゴメンね、セイちゃん」

フィアルはセイに詫びたものの、これで良かったのかもしれないとも思っていた。リョウにも分かった筈だ。弟が何を思ってこんなに手の込んだ事をしでかしたのか。

 ただ、セイに会心の表情はない。そればかりか、セイはこちらに近付いて来る兄から完全に目を逸らしてしまったのだ。

(3)

 フィアルは、張り詰めたその場の空気を何とか辿って双子を見守っていた。

「セイ――」

と呼びかけたリョウの表情は、フィアルが見たこともないくらい険しい。その表情のまま弟に掴みかかったリョウは、声を荒げた。

「何やってるんだよ、バカ!」

「リョウちゃん、……!」

殴り合いになる前に止めに入ろうとしたフィアルだったが、セイの表情が見え、彼はふと、それを思い留まる。リョウの説教は続いている。

「何もあそこまでしなくたって良いだろ! その辺の魔物とじゃ勝手が違いすぎるんだ! 無茶苦茶ばっかしやがって!」

リョウの言葉は、養父を殴り倒したセイを責め続けた。フィアルには、先ずそれが理解出来なかったのだが、更に難解なのがセイの態度である。

「そうだな」

リョウに強く咎めら立てられているセイがやたらと素直に非を認め、「悪ィな」と詫びさえ言ってのけたのだ。見た目は同じ二人なだけに、フィアルとしては軽く混乱するのだが、この双子の間では円く収まっているようなので、フィアルはそれ以上の深入りは避けることにした。

「二人とも、フレアフェニックスで城まで帰るといい。オレはテレポートあるし」

フィアルは炎鳥を召喚した。

「ケンカはそこでじっくりやってくれ」

フィアルはニッと笑って双子達を上空へと送り出してやった。

(シ)

 「(為すべきか、為さざるべきか)」

リナは思案していた。傍らには、男が一人、伸びている。

「リョウちゃん達は、もう行ったよ?」

そこへ、フィアルが現れた。

「リナ姉も、先に行っててよ」

フィアルはリナの肩をポンと叩いた。

「フィアル……」

フィアルはリナが此処にいる理由を悟っていたし、リナはフィアルが此処にいる理由を悟っていた。

「魔族は、嫌だねェ」

リナのぼやきはあまりに真っ当である。フィアルは少しだけ笑みを返した。

「光の民より寿命が長い分、――ドライに出来てるんだろうね」

少しだけ強い風が吹いてきた。この風に乗るべく、リナは羽を広げた。「鳥」になる前に、一度、傍らで気を失っている男に視線を落としたリナは、

「フィアル、私は、引き止めないぞ」

と、言葉足らずなこの台詞を、あえてわざわざ口にした。

「ああ」

互いの意思を確認したフィアルは、口の端を緩めて白い翼を見送った。

「ホント、魔族はドライで嫌だね」

そうして闇に呟いてみた彼は、倒れているその男に視線を落とした。


 「うぅ……おのれ……リョウの分際で……」

地面に突っ伏していた男が痛みに呻き声を上げた。亜麻色の髪をした長身の男は、大きな溜息を一つついて、事に当たる為に相応しい「心構え」を作る。そうして事に当たる為に神に祈り、その許しを請うた彼は、騒々しく喚き叫ぶ男の傍らに控えて見下ろした。

「貴様の罪を燃やしてやろう」

亜麻色の髪が風に揺れ、炎属性を帯びた魔法分子がこの辺り一帯に集約する。

「……後は冥途で、オレを恨み続けるが良い」


 ――今、黒き森が静寂を取り戻した。


(5)

 「聞いていたんだな」

サンタバーレ城に帰り着き、部屋に戻る途中というところで、やっとリョウが口を開いた。どこか気持ちが動揺していたセイは、咄嗟の会話に上手く対応できずに黙り込んでしまう。

「――惨めなもんだろ? オレ」

リョウはそんなことを言って笑って見せた。かなり無理を押して笑っていることくらい、セイにも分かる。セイはまた返す言葉に窮してしまい、会話が途切れてしまった。いや、

「お前、」

何とか話題を見つけたのは、セイの方だった。

「金は?」

セイは、リョウが金を用意して養父に会いに行ったと思い込んでいたのだった。

「無いよ」

飄々とリョウは言ってのけた。

「だって、手持ちの金は、お前が魔物倒して稼いだ金だから。オレは、お金無いから、他当たれって、言いに行くつもりだったんだ」

セイは、今度は、絶句してしまった――あの精神状態で、リョウは、何とか心の傷を克服しようとしていたのだということに。

「でもまさか、」

リョウの表情が、刹那に陰る。

「アイツが傭兵雇ってたなんて、オレ、思いもしなかったな。話せば分かってくれると思ってたし、気の済むまで殴られればそれで終わるって……」

聞くに耐えないくらい、リョウの声から動揺が伝わってくる。この困惑した顔を見られないよう、セイはリョウの後ろを歩くことにした。

「アイツ、オレが音を上げるまで、カモるつもりだったんだろうな」

リョウに与えられた部屋の前である。リョウは足を止めてドアノブに手をかけた。

「あんな奴でも、少しは、オレのコト、息子だと思ってくれてるんだと思ってた」

リョウの手が触れたドアノブがカタカタと音を立てて震えている。見兼ねたセイが代わりにドアを開け、もう崩れそうな兄を支えて部屋へと入れてやった。

 リョウは信じていたのだ。養父の事を――何度も何度も傷付けられてボロボロになってしまったココロで。怯えや疑念と戦いながら。しかし、今日もまた、リョウのココロは裏切られてしまった。

「……甘チャンって言いたいのか? ハハ、そりゃ、そうだよなァ」

落ち着いたのか自棄なのかは分からないが、ベッドにうずくまったリョウからは、乾いた笑い声まで聞こえてきた。

「ってか、……」

セイは、リョウと並ぶようにゆっくりベッドに腰を下ろした。ウォーターベッドのグニャグニャする感触は、少しでも負った傷を癒してくれれば良いのだが、今のところ確かめる手立ては無い。

「……ゲロ甘チャン」

漸く何とか伝えたい言葉を見つけたセイは、リョウから視線を逸らした。「そいつはどーも」とムッとして見せたリョウは、うつ伏せから仰向けに姿勢を変えたところである。

 息が詰まるほど沈黙しているこの部屋は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。この重苦しさに為す術もなく、セイは、すっかり痛みも消し飛んでしまった右の拳をもう一度摩った。

「(多分、)」

セイは思った。リョウもリョウの養父も、何所かで互いに負い目は感じているのだろう。短刀を手に取りかざして見せたリョウの養父は、怯えて許しを請う義理の息子の姿を探しているようでもあったし、リョウの左手の親指に滲んでいるまだ新しい血の痕は、どうも彼が(意識的にしろ、無意識的にしろ)自分で自分にかけた呪いであるようだ。

 「なァ、セイ、」

リョウは赤く腫れた目元を手のひらで覆い、虚空をぼんやりと見つめたまま問うてみた。

「愛されないのは、オレの所為なんかなァ?」

仕事に明け暮れ、殆どベルシオラスの家を空けていた養父に、リョウは人見知りし、泣き出したことがある――懐かぬ子と誹られたのは、その時からのことだった。

「お前は、」

セイは言った。言ってやった。

「お前は、理想が高すぎる」

暴君のような育ての父親から愛されようとするところも、人を食らう人魚から愛されようとするところも、父の仇も弟のどちらも救おうとするところも、ニンゲンとマゾクのどちらにも平和をもたらしたいと願うところも――

「一度、身の程を知れ」

もう一度「ゲロ甘チャン」と言い放ったところ、兄が「こんな時くらい慰めやがれ」と失笑したが、セイは構わず続けた。

「お前の甘ったるい理想に、命も未来も懸けてるバカが何人もいるんだよ」

リョウはセイを見上げた。「双子だと指を差されるのが煩わしい」と言い続けてきたセイが、今日は全くリョウと同じ格好をしていた。

「そうだな」

リョウは口元を緩めた。幸い、自分には沢山の保護者がいるし、亡き両親から授かったものも託されたものも沢山ある。多分一連の段取りを仕組んだであろうリナもいるし、それにきちんと付き合ってくれる頼りがいのある親友フィアルもいるし、今、舌打ちしながら兄と同じ分け目のクセを付けた髪を元に戻したセイも……

「また此処から仕切り直すとするか」

左手を天井にかざしたリョウは、真新しい親指の爪辺りの傷に、やっと回復呪文(ヒール)を施したところである。


 長居は無用、と部屋を立ち去ろうとしたセイに、リョウが声をかけた。

「そのオレの服は洗って返せよな」

こういう時にまで笑っていられるリョウは、つくづく、滑稽な野郎だとセイは思う。口が裂けても言わないが。

「着る前に消毒滅菌してやったんだから十分だろ」

代わりに毒でも吐いて、セイは日常に戻ることにした。

「人をバイキン呼ばわりするんじゃねェ!」

「立派な低能菌じゃねえかよ!」

「誰が低能だコラァ!」


 漸く部屋から聞こえて来始めた怒鳴り声を部屋の外から鑑賞しつつ、リナとフィアルはホッと一息ついた。

「一件落着ってとこかな」

フィアルは苦笑した。

「まぁ、そうだな」

リナは溜息をついて言った。

「なーんか、良いな。兄弟って」

フィアルの目には、そう映り始めていた。

(6)

 サンタバーレ城での日々が緩やかに過ぎてゆく。

 飛空艇の操縦訓練(といっても、数ヶ所あるボタンの位置と機能を覚えるだけだったが)をリョウとリナが受けている間に、セイはサランに剣術を指導する。フィアルは当初、魔王の息子という身分を気にしてか、城の中をうろつく事を避けていたが、城内の家政婦達の間では持ち前の明るさと、サンタバーレ地方では珍しい亜麻色の髪が人気で、あちこちから声がかかっていた。それとは別に、宰相の経験がある城務大臣・ファルツとも親しくなり、難しい政治学や行政学の話をしているところを何度かリョウに詰られていた。

 魔王・リノロイドとの決戦が現実味を帯びてきた中、フィアルの中ではかなり真剣に政治機構の改革案ができつつあるようだ。勿論、その構想が現実のものになるか否かは、これからの戦いの趨向に委ねられているのだが。

 「何だと、もう一度言ってみろ!」

リョウの怒号が部屋中に轟く。

「何度でも言ってやるさ、この低能低能低能!」

セイの、いつにも増して尖った声が空間を更に険悪にする。

「上等だ! 表に出やがれ!」

「100年早ェんだよ!」

――本日も双子達は戦闘に突入しかけていた。

「止めんか、大バカ者共!」

リナの一喝で、辺りは静まり返った。

「ハハ、ハハハ……」

やはりこの険悪極まりない兄弟仲は問題である、とは言い出せない代わりに、フィアルは苦笑する。

「明日は、フォビドゥンエリアに行くんだ。アンタ達がそんな調子でどうするんだい?」

――そう、明日はいよいよ『禁じられた区域』に足を踏み入れることになっていた。

「そんなことよりも、さっさとアンドローズに行った方が良いんじゃねェか?」

やはりセイはフォビドゥンエリアに向かうことに有益性を感じていないようだ。レニングランドの戦況を心配しているのだろうし、一刻も早くアンドローズで『結果』を出したいのだろう。

「此処まで来て、まだそれを言うか?」

リョウは『絶対元素』の可能性に戦いの行く末を委ねていた。できるだけ多くの民が報われる為にはどうすれば良いのか、その方法を探りたいのだ。そしてそれはいつかカナッサが言った、「勝ち取る事をしない」と言う事の意味では無いか、と思っている。

 舌打ちしたセイが、とうとう部屋を出ていってしまった。いつも不機嫌ではあるのだが、いつにも増して、この日の彼の機嫌は悪かった――フォビドゥンエリアに「行く」、「行かない」を大きく越えた、別のところに問題があるようだ。

「セイ?」

その理由に見当がつかないリョウは、戸惑うばかりである。

「リナ姉、良いのかい?」

リョウ同様、気になったフィアルは、リナに耳打ちをする。

「ま、アイツもガキじゃないんだし、大丈夫さ」

戸惑いはあるがその理由に見当が無くもないリナは、この場ではあえて冷静に明日のスケジュールについての説明を始めることにした。

(7)

 大きな溜息をついて、セイはベッドに仰向けになる。

“君のカルテを見せてもらったよ”

先程、あらゆるモノが白く塗りつぶされたような部屋で「医師」と称する男とした会話を、セイは思い返していたところだ。

“このまま魔法分子を扱い続けると、5年前のカルテの数値は半分にまで下がってしまうだろう”

「それがどうした?」

先程は言い返せなかったこの言葉を、セイは闇に呟いた。

“今は良いかも知れんが、『その時』になってからではもう手遅れになってしまうぞ?”

「そんなことくらい、分かってた」

だとしたら、何だろう、この苛立ちは――セイは強く目を閉じた。

 そんな折りである。

「セイ?」

ノックの音と声が遠くから聞こえてきた。セイは少し迷ったままベッドから這い上がる。

 声の主が兄だったなら居留守を使っただろう。

 フィアルだったなら明日の事を聞きだす為に、開けざるを得なかっただろう。

 しかし、扉の向こうにやって来たのはリナだった。

 祈るような気持ちで、セイは扉を開けた。

「眠っていたのか?」

明かりの無い暗い部屋を見て、リナは尋ねた。「まあな」と嘘をついたセイは、一応照明を点す。

「私も、レニングランドの戦況が気になってるからね。お前の焦りくらい分かるさ」

リナは口元を緩めて、扉を閉めた。その閉ざされた扉を、セイは何とはなく見つめていた。

「でも、今回の件はランダ様やセレス様が秘密裏に調べていたことを十分に考慮する必要がある。むしろ、これもお前達の使命だと思ってくれ」

返事が無かった為か、リナは更に念を押してきた。

「良いな?」

「あ? ……ああ」

扉から視線を移したセイは、一度頭を掻いて明日の概要を問う。

「フォビドゥンエリアには飛空艇で向かう。トゥザナ、ラーバード上空を通り、ローレンダー海に出るコースだ。どんなに急いでも12時間は飛空艇の中にいることになる。日のあるうちにフォビドゥンエリアの探索をしたいから、明日は日の出の刻には出立したいのだが……」

リナの流暢な説明を、セイはぼんやりと聞いていた。

「セイ?」

やはりだいぶ上の空に見えているのだろう、リナは理解を問うてきた。

「何か質問は無いか?」

セイは首を横に振る。

「要するに、今日は早く寝ろってコトだろ?」

「ま、それだけ分かってりゃ十分だね」

リナは少しだけ笑っただろうか。

「じゃ、オレはもう寝る」

セイはリナを此処から追い出そうとした。しかし、やはり、彼女はセイの予想以上に世話焼きで小賢しかった。

「やはり、私に聞かれたくない質問があるようだね?」

リナはそう切り出してきた。何時になくあからさまに動揺してしまったので、直ぐに図星であると彼女には分かってしまったようだ。

「でもな、セイ、私はそれを追究するために此処に来たんだ」

セイは大きな溜息を一つついた。扉を開ける前から、何となく、こうなるような気がしていたのに……

「じゃあ、単刀直入に聞こうか」

回りくどいことは嫌いだと知られているだけに、この手のリナの「質問」の切れ味は鋭い。セイは覚悟を決めて視線を落とした。

「メディカルチェックで、何があったんだ?」

あまりにも音を立てるものが無い所為か、隣の部屋のリョウとフィアルの談笑が聞こえてきた。屈託の無い笑い声が、何故だかどんどん遠ざかっていく――そんな錯覚さえ感じたセイは、目の前の白い壁から目を逸らせずにいた。

「セイ?」

リナの詰問は、依然として続いている。セイは、観念した。

「旅立つずっと前から、気付いていたことだ」

セイは「診断書」と題する書面をリナに差し出した。わざわざ濃く、わざわざ赤く記されている数値と同じ色で記されている「危険」という文字を見たリナは、目を見開いて声にならない声を上げた。

「今更逃げ出す気は無え――だから、リョウ達には黙っておいてくれ」

自分とリョウ達との間には、大きな白い壁がある。それは丁度そういうことだった。

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