第45話 王子様と剣(1)

(1)

 翌朝、リョウとセイは、レニングランド沖のクルーンストーン海の遠征から帰ってきたばかりの第二国王と第一王子と会う為、サンタウルス正規軍本部に招かれていた。

 リョウとセイから見て、第二国王と第一王子は、それぞれ叔父と従姉弟に当たる。

「あー、頭痛い」

案の定、リョウは二日酔いに悩まされていた。例によって、セイの方は「ざまァ見やがれ」と鼻で笑って澄ましている。リョウは弟を睨んでみたものの、かえって頭痛が増すばかりで何の特にもならなかった。

 リナとフィアルはサンタバーレ城内にある吏員図書館で、例の「禁じられた区域(フォヴィドゥンエリア)」について調べるそうだ。神託が出ているとはいえ、本当に調べる価値があるのかは博打のネタである。


 革靴の音が一つ、応接室に近付いて来た。

 リョウは頭痛に耐えながら、背筋をピンと伸ばし、起立した。

 丁度、扉を開けた者を深く一礼して迎える格好となる。こんな時の作法が全く分からないセイは、リョウの動きを倣う為、微妙に遅れながら繕っている。所作は実に雑だが無礼には至らないだけ、セイにしては上出来である。

「大分待たせてしまったみたいだな。済まなかったね」

先ずそう詫びて挨拶に応えたのは第二国王・サンタバルト3世である。高齢の第一国王・サンタバルト1世に代わって、国事行為の全てを息子である彼がこなす。双子達の母親に当たるレジェスの弟、つまり、リョウとセイの叔父に当たる人物であるのは既述の通りだが、3親等離れると髪の色さえ違うから面白い。

「初めまして。遠征お疲れさまです」

リョウは母親の弟であるという第二国王を労う。この高貴な人物が自ら戦地へ赴くことにも驚かされたのだが、同じく戦士である自分やセイと比較してもがっしりとした体つきをしていて、戦士としての風格がある。

「有難う。君達の話は聞いているよ。レニングランドからここまで、大変な旅だったろう? 及ばずながら、光の民として、私も力を尽くしたいと思っていてね」

そう話す彼の立ち振る舞いは、王族というよりは騎士に近い。彼が望んでそう振舞っているのだろう。

「双子か。成程、よく出来ているなァ」

リョウとセイに着席を促した第二国王は、珍しそうにリョウとセイを見つめた。

「君たちほど立派な息子を授かった姉は、幸運者だ」

そんな事を言っていた第二国王だったが、どうも彼は、双子を珍しがったというよりは、双子達が彼の姉・レジェスの面影を強く残していることが嬉しいようだった。彼の表情が穏やかなのも、その所為であろう。

 しかし、勿論、母親の事などリョウとセイは知らない。そうなると話すことも無いので、第二国王の話に相槌を討つことくらいしかできない。

「姉の夢は文筆家になって世界中を飛び回ることだった。勿論、私も父も猛反対したよ。しかし、彼女も頑固な性格の持ち主でね。結局振り切られてしまったよ」

母親の話は、リョウもセイも初めて聞くことばかりなので退屈はしない。ただ、

「君達の父さんのセレス君とは、そんな旅の最中に偶然出会ったらしいが――彼も彼で生真面目な性格だ。なかなか結婚に踏み切れなくてね。こっちはヤキモキしてしまったよ」

両親の昔話は聞いているだけで何となく気恥ずかしかった。そんな事はお構いなく、親戚というものは身内の思い出話を進めてしまうものである。勿論、それは、親の顔も知らない自分達を気遣ってのことなのだと思われたので、リョウは甘んじてそれを引き受けることにした。その小さな使命感から、リョウは横から小さく聞こえる弟の溜息の音などかき消さんばかりの相槌を逐一返す。

 叔父としては、病で亡くなったという姉・レジェスの命を救えなかったことが心残りだったのだろう、叔父のする母の話は、なかなか尽きることがなかった。

「君達をどうしても無事に産みたかったんだろうな。“クスリは毒だから”と言って、姉は、全く薬に口を付けようとしなかった」

母親が病気で死んだということだけはリョウもセイもよく知っていた。薬などでは決して治ることは無い、不治の病だったと聞かされていた。

「お陰で、オレも弟も健康的にやっていけてます」

リョウは、横目でセイを見る。せめて頷くくらいすればいいのだが、彼の目は右斜め上を睨みつけただけだった。

「それは何よりだ。姉も天国で喜んでいるだろうな」

第二国王が満足そうに天井を仰いだ。

 ふと、ノックの音が聞こえた。

「……遅れてすみません」

遠慮がちに入ってきたのは、リョウ達と殆ど年齢も近い少年だった。父である第二国王と同系の黒鹿毛色の髪の短い、大きな目をした好青年だった。従姉弟に当たるリョウやセイと顔立ちが近いが、父親やリョウ、セイと比べると、あまりにも大人しく見える。

「紹介します。息子のサラン・ヴューです」

父親に背を押され、サランは漸く、

「あ、ヨロシクどうぞ」

と、小声で言って、深々とお辞儀をした。

「(シャイボーイか)」

目が合った瞬間、すぐに逸らされてしまい、リョウは苦笑してしまった。

「サランは、君たちと同じくらいの年齢だったか」

第二国王は溜息混じりで切り出した。

「どうだろう、剣技のイロハをこの子に教えてやってはくれまいか?」

それは唐突過ぎる依頼だった。

「私も無理やり戦いに連れては行くが、どうもこの子は大人し過ぎて……」

父親にそう言われても、サランは決まり悪そうに笑っているだけだった。

「(筋金入りだな)」

傍らで呆れ返ってしまっているセイを足して二で割ると丁度良いだろうか――そんなことを云う訳には行かず、

「まぁ、王子はそれくらいの方が平和的で良いんじゃないでしょうか」

リョウはフォローを試みた。

「いやいや、もうこの子もいい歳だし、身分的には君達とも大差は無い。このまま無定見なまま王位についてしまうと、光の民を指導する器の無いまま政治を動かさなければならなくなる。それは民にとって悲劇だ」

確かに、闇の民との共生を図ろうと画策した第一国王や、第一線で剣を取って魔王軍の進軍を食い止めている第二国王の器と比較してしまうと、サランは控えめか。

「頼む。この通りだ。蹴っても殴っても、この子の根性を鍛え上げて頂きたい!」

それにしても、どうしてこの父をしてこの子なのだろう、と首を傾げてしまいそうになる。リョウは何とか同意したが、少しサランが気の毒な気もした。

「あ!」

リョウは閃いた。その先行きに思いを馳せてニヤリと笑ったリョウは、セイを横目で見た。丁度、不審がったセイと目が合った。これに、危機を察して目を見開いたセイに構わず、リョウは提案する。

「剣は、オレよか、弟の方が得意ですよ」

第二国王の標的は、人あたりの良いリョウから無口なセイに完全に移る。

「――っ!(リョウ、テメェこの野郎!)」

「ね?(だってホントのコトじゃん!)」

セイは恐る恐る第二国王を見た。第二国王の大きな目がギラリと光り、紅潮していた頬骨が上ずる。マズイ! とセイは思った。

「頼んだぞ、セイ君!」

セイの肩をポンと叩く第二国王。

「は?(まだ何も言ってねェ!)」

いわゆる「押し」には徹底して牙を向くセイであるが、「押しの押し」にはめっぽう弱い。彼の運命は強引に決定されていた。

(2)

 「あの二人、別々に暮らしていたの?」

フィアルが驚愕の声を上げた。

「ああ。旅立つ前の頃なんて、ろくに話もしたこと無かったよ」

リナは古い本をめくり、適度に斜めに読み飛ばしながら会話に応じている。

「リョウは居候気分で遠慮してたし、セイは万物にまるで関心無かったし」

近くに居ると気付き難いが、兄弟仲はだいぶマシになっただろうか。課題は依然多いが。

「そのお陰かな。魔王軍は、セレスには子供がいないと思い込んでいた」

フィアルは、仲間となった今だからこそ、リナにそう打ち明けた。

「ディストがセレスを抹殺した当日、その周辺をファリスが洗っていたんだ」

「ファリスが?」

リナはぞっとしてしまった。たまたまその時だけは、幼い双子達が父親との別れを悲しんで大泣きする事が予想されたので、他所に預けていたのだ。その時は残酷だったような気もしていたが、かえって良策であったようだ。

「きっと、あの二人は何か大きなチカラで守られているんだろうね」

そうとしか思えないほどの偶然が重なって、あの双子達は今まで生かされている。リナは頷いた。それだけに、果たさなければならない使命はとてつもなく大きい。

「何にしても、」

リナは活字に疲れた目を一度擦って深く息を吐いた。

「チカラをこれ以上持て余す状態が続くのは良くない」

双子達がチカラを持て余している大きな原因は、単に魔法技術の未成熟ということだけではない。フィアルもそれについて同意した。一度、リョウとセイと戦ってみた彼にはピンと来るものがあったのだ。

「何かこう、バラバラというか、チグハグというか……」

フィアルの用いた擬態語が全てだった。結合しなければならない光と闇の純粋な魔法分子が反発し合って、かえって相殺し合っているのだ。

「あれじゃあ魔法分子が結晶になる前に、術者(ユーザー)がチカラの逆流を受けてダメージを食らうだけだ」

現に、フィアルとの戦いで結合呪文を使ったリョウとセイは左右逆方向に弾き飛ばされ、それぞれ気を失うほどの強いダメージを受けている。

「“勇者”になるには幼すぎるんだろうね」

リナがぽつりと言った。それはそうだ。リョウとセイは世界の条理も不条理も分からない17歳の子供なのだ。

「気の毒といえば、気の毒だな」

フィアルは目を伏せた――リョウにしろセイにしろ、戦いながら傷を負ってきた。不特定多数の『平和』の為に。


 フォビドゥンエリアに関する文献は、サンタバーレ王立吏員図書館の中でさえも少ない。そしてどの蔵書にも、『多くの名のあるユーザーが島の結界を解かんとして数限りない研究を重ねた』という記載はあり、しかしそれだけに留まる。何せ、誰も足を踏み入れたことの無い島だ――有史以来人の立ち入りを「禁じられた区域」と呼ばれるだけのことはある。

「せめて、誰か結界を解いた人でもいればなァ」

フィアルは嘆く。皇子と呼ばれていた時代から、活字を見る事を嫌っていた彼にとって、蔵書検索は絶望的な課題だった。

「そうだね。ここにある本で何とかなっていたら、とっくの昔に誰かが解いているわけか」

リナは静かに本を閉じた。行き着く先が全く見えて来やしない。

二人が途方に暮れていた、正にその時だった。

「作業は順調かね?」

何と、図書館に第一国王が入ってきたのだった。

「いや、なかなか……」

低く唸って首を横に振ったリナを見た国王は、「やはりそうか」と呟いた。そのまま、一つ二つ頷くと、ニッコリ笑った。

「どうやら、私もランダ殿との約束を果たす時が来たようだ」

リナとフィアルが首を傾げる中、国王は従者から杖を受け取ると人払いをした。

「付いて参られよ」

国王は先頭に立つと、奥の方へと二人を案内した。

(3)

 そして、セイもまた途方に暮れていた。

「おい、セイ、」

リョウは小声でセイに話し掛けた。

「あんまり睨むと、サラン王子が怖がっちまうだろ」

「そこまで面倒見れねェよ」

双子達は、サンタウルス正規軍付属の傭兵訓練施設の特別練習室にいるサランを見ていた。

 向かってくる簡易魔法球を剣で防御するか、直接魔法球を切りつけることで、実践的な動きを身に付けられる施設である。その筈だが――

「うわああああああっ!」

聞こえてくるのは崩れる魔法分子結晶の音ではなく、逃げ惑う王子の悲鳴のみである。

「オイオイ、いきなり帰るなセイっ!」

リョウは脱走を試みた弟に気付いて止めにかかる。

「お前がやりゃあ良いだろ!」

まだセイの機嫌は直らない。彼にしてみれば、兄に厄介を押し付けられたような気がしてならないのだろう。実際、その通りである。

「だって、オレよかお前の方が剣得意じゃねェか」

このリョウの反論も、実際その通りである。師・マオ立会の下、修行でも何度となくセイと試合をしたが、十中八九リョウは負けている。そうでない場合でも辛うじて引き分けたという程度である。こと剣に関しては、この年の差すら無い兄弟間で明らかな差が出てしまうのだった。しかし、

「オレは、一々剣を教わったことはねェんだよ」

セイは溜息をついた。「ご冗談を」と首を傾げた兄に、「本当だ」と少し困った表情を返した彼は、頭を掻いて次のように続けた。

「剣を取ったその日から魔物を切りに森に入っていた」

気が付けば、教えることは無いと言われるようになっていた――セイは小さく舌打ちした。そういえば、こんな話をするのも初めてだったのだ。

「お前ってつくづく、バケモノじみてるな」

それがリョウの素直な感想である――バカにはできないが褒めてもいない。凄いとは思うが羨ましくはない。「うるせぇ」とお約束を返したセイは、詮方なく第一皇子を眺めている。

「(あの頃は、このバケモノがおっかなかったんだけどな)」

今だから、リョウは解る。セイにとって剣とは、ただ、怒りとかやり切れなさの捌け口でしかなかったのだ。

 やっと、サランが練習室から出てきた。

「やっぱり、僕、才能無いですか?」

幾つか魔法分子が当たったのか、第一王子の衣服が所々ボロボロになっていた。

「大丈夫。才能なんて、鍛錬の前ではお菓子のおまけみたいなもんだから」

これは、剣の鍛錬の前によくマオに言われたことである。リョウは、苦笑した。

「王子は、きっと御父上が立派な戦士だから焦っているんじゃない?」

戸惑うサランの慰めになれば、と親切なリョウは逃げ道を作っておいたのだ。自分だって、既に無敵と評されていた弟との剣の実力の差を目の当たりにせざるを得ない剣の修行に、何度嫌気がさしたか知れない。

「剣を取らないに越したことは無いよ。そもそも、オレ達は誰も剣を取る必要が無くなるように戦っているんだから」

背を向けていたセイが、一度だけ、リョウを見た。

「でも、」

と、サランは不安そうな眼差しをリョウに向けた。

「それであの父が許してくれるでしょうか?」

「うー、ん……」

無理だなァ、とリョウは思ったが口に出来なかった。

「何とかしなきゃいけないのは分かるんです。遠征については行っても、今、何もさせてもらえなくて」

大きくうなだれたサランの辛さが、リョウには少し分かる気がした。

 光のチカラを扱えるようになるまで、リョウだって、誰の助けにもなれない無力感に苛まれていたからだ。

「(やっぱり、誰かの為になりたいと思うから――)」

少し、リョウは安心した。

 そこに、

「たわけ」

と稲妻が走った。セイである。セイのこの一声で場の空気が一気に凍りついたのだ。

「坊ちゃんは大人しく部屋で本でも読んでやがれ」

とうとう、セイの猛毒が高貴なる人達にまで炸裂してしまった。リョウは弟の暴挙を嘆く。

「でも――!」

しかし、意外にも、サランが食い下がってきた。「おや?」と、リョウも思った。

「でも僕も、貴方達みたいに強くなりたい!」

せめて思いを伝えたくて、サランはセイの目を真っすぐに見た。

「僕にも、人を守る為の剣が欲しいんです」

数多の憂いを絶って来た『勇者』の剣が欲しい、と彼は言うのだ。

「守る?」

セイは冷笑を返した。サランが頷いた、その瞬間だった――

「ひっ!」

サランが悲鳴を上げる間もなく、セイから振り出された剣の切っ先が、王子の鼻先寸前でぴたりと止まっていた。

「守るも何も、これは凶器だ。覚えとけ」

抑揚のないセイの声が、やたらと刺々しい。生唾を飲む音まで聞こえてきそうなくらい、辺りは静まり返ってしまった。

「可愛い自分の身も守れない坊ちゃんが、あまつさえ赤の他人を守るなんて一丁前なセリフ吐いてんじゃねェよ」

唯々セイの育ちの悪さが惜しげもなく露呈されたところ、サランは勿論、ロイヤルガードまでも呆然としてしまっている。

「(あーあ)」

生物学上の兄、慣習法上の監督義務者として、リョウは天を仰いだ。

「戦なんざ止めておけ。お前に出られちゃ無駄に死人が増えるだけだ」

セイは更に追い討ちをかけてきた。

「――。」

リョウは、しかし、口元を緩めた。

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