第44話 ロイヤルファミリー

(1)

 宿のロビーにて、白金の鎧の眩しい王宮騎士が一行を迎えてくれた。

 皆、王宮騎士を見るのは初めてである。リョウもセイも、白地に金色が縁取る荘厳な馬車を目の前に、表情は硬い。

 騎士に促されるまま、リョウ達は馬車の扉へと進む。

 白い歯を見せてニッと笑った、その赤い鎧の騎士と目が合う。胸部か肩にかけて黒の塗料でサンタバーレの紋章が刻まれていた。長い剣を携えている彼女は、

「え? カルナさん?」

宿屋の女将とは思えないほど凛々しいカルナは、呆気に取られているリョウ達に敬礼して見せた。

「宿屋の女将は副業さ」

リナがそう耳打ちしてさっさと馬車に乗り込んだ。

「リナめ、知ってて黙ってたのか」

セイもリナの後に続く。リョウとフィアルが慌ててその後に続く。

 

 割れんばかりの歓声。降りそそぐ紙吹雪……どれもこれも勇者を祝福するものだった。出会ったことも無い人々がリョウとセイの名を口にし、剣を取らない者達が平和をどうのと言っている。

 その中に、昨日あれほど多く目に付いた闇の民の姿は無かった。

「これよりパレスに向かう! 総員配置に着け!」

カルナの声が高らかに響く。

(2)

 サンタバーレ城が位置するA-1区。

 家々が疎らになり始め、建物一つが荘厳なものに移り変わっていく窓の外――リョウ達はそれら一つ一つを観光客のような気分で眺め回していた。

 森を抜けた大きな丘の上に、赤い屋根と白い壁のその城は建っていた。赤絨毯を髣髴とさせる赤い色素の砂を固めた石畳が白い城門まで続いていて、馬車は威風堂々とその上を進む。やがで、太陽が南中に達した頃、リョウ達の前に白い城壁の周りの堀が見えてきた。

 青い空に真っ白な城壁と赤い屋根は美しく映え、晴天の下の城はいっそう煌びやかなものに見えた。所々風化している赤煉瓦は歴史の重みを醸し出し、白壁は正義と潔白を象徴している。その白壁に埋め込まれているレリーフは、サンタバーレの紋章であるドラゴンをモチーフにしたものである。高貴で謙虚なその城を、ドラゴンが守護しているようであった。

 城門を通過し、沢山の人が見えてきた。ゲートキーパー、ロイヤルガード、メイドなどの城務従事者だ。彼らは城下町の人々のように騒ぎ立てることも無く、ただ畏まって控えていた。


 馬車が止まった。

 リョウ達が緊張しながら馬車を降りると、一人の老紳士がすぐに歩み寄ってきた。先ずは片膝を地に付け、リョウ達に挨拶する。

「初めまして。サンタバーレ王国城務大臣のファルツと申します」

あまりにも丁寧な挨拶を受け、逆にリョウ達の方が恐縮してしまった。

「お忙しい中、このような御配慮、御親切に、感謝痛み入る次第です」

このような場面には慣れてしまっているフィアルだけがさらりと返事をした。

「(流石、育ちが違う!)」

感心しているリョウとセイ。リナもそう思っているらしく、小さく拍手をしていたが、当のフィアルからは、

「いや、言ってるオレ自身、意味分からないんだけどな」

との驚愕の返事が返ってきた。「台無し」だとリョウが嘆いている間に、リナは大臣・ファルツと話を進めていた。

 なかなか混沌としている周囲を、セイはただ黙って見つめていた。例えば、ふざけあっているリョウとフィアル。例えば、歓談しているリナとファルツ大臣。例えば、談笑しているカルナとその部下達――光と闇は垣根無くそこに在る。

「(『勇者』など、)」

セイは思った――『勇者』など、必要無いのではないだろうか。まして、光か闇を淘汰するというだけの存在ならば。

「セイ、どうした?」

不意に、セイは兄に呼びかけられた。見ると、もうリナ達は城の中へと歩き始めていた。

「さてはビビっちまったのか?」

「たわけ低能」

セイもゆっくり歩き始めた。

(3)

 サンタバーレ城に到着したリョウ達は、何と、このまますぐに国王と謁見することになっているらしい。

「今すぐにでも皆さんにお会いしたいという、国王たっての希望です」

ファルツ大臣はそう教えてくれた。初老の彼の穏やかな口調と朗らかな微笑みが、幾らか緊張を解(ほぐ)してはくれるのだが、そうは言っても、作法の何一つも心得ていないリョウとセイは、所在なく隅に佇んでは促されるまで身動きもままならない。ファルツ大臣は、玉間へと続く階段に一行を案内して、そこに控えた。

「この階段を昇って三階にございます。」

「有難う、ファルツ。」

リナはどうやらこの老紳士と仲が良いらしく、先程から親しそうに話している。

「(リナめ。まだ何か隠してやがるな?)」

セイもそこまでは察していた。しかし、彼の想像力で今後の展開を予測するのは無理というものである。苛立ちを感じながら、セイは階段を見上げた。

「行こうか」

そのリナが先頭に立って歩く。リョウ達は畏まったまま、彼女の後ろをゾロゾロとついて行くしかなかった。おっかねえ、と唸っては、リョウが冷や汗を何度も拭っている。

「リョウちゃん、一応勇者なんだから堂々としなきゃ」

フィアルは足取りの重いリョウの背を押してやった。畏まるとはいえ、喧しさは藪の中でも城の中でも変わりはしない。藪の中での立ち位置同様、最後尾のセイは、前二人の喧騒に乗っかりもせず、咎めもせず、ただ左手の壁に飾られている絵画の類を観るでもなく、眺めるでもなく、していた。

 赤い絨毯に金の刺繍が施してある階段を上る一行の左手側の白い壁の側面には、大小様々な絵画が並んでいた。風景画や抽象画も幾つかあったが、目立って多いのは人物画である。勇壮な戦士達の絵や、美しい女性の絵、そして――

「見てごらん」

リナはその中の一枚を指差した。『ラマクレドス(神の都)の戦士達』という題のその絵画には、5人の戦士たちが描かれていた。とりわけ目立って大きく描かれている赤い髪の少年戦士の顔には、額から左頬に傷がある。どこか力強く、しかし温かみのあるその少年は、何処かで見たことのある顔だった。

「あ、分かった!」

フィアルはそう言ってニヤリと笑ってリョウとセイを見た。

「え?」

顔を見合わせる双子達に、リナが解説を入れた。

「この絵はね、私達なんだ」

リナもニッと笑った。

「リナ達?」

リョウはその絵をじっと見た。青白い崩れかかった神殿の円筒形の大きな柱をバックに、陽光に向かって剣を突き上げている赤毛の少年、その少年を支えるように控えている黒髪の男性と女性。その更に後ろに剣を構えている金髪の女剣士。微笑みながら、彼等を見つめている天使。

「あ! そうだ! これリナだ!」

リョウは歓声を上げた。

「面影無えな。やっぱ老けたか」

セイはマオらしき人物を指差して言ってのけた。

「オイオイ、マオさん泣くぞ」

一応義理の息子として、リョウは弟の失言を糺す。

「こっちの絵は?」

フィアルが別の絵を指差した。ランダにも似ているが少し違う。『最後の戦士』という題の付いたその絵の主人公は、ランダと同じく赤毛であったが、その目は切れ長で、優しさというよりは威厳のある、精悍な顔立ちの青年だった。

「――親父(セレス)、か」

一番に気付き、そう呟いたのはセイだった。その絵に描かれている剣は、少し前まで自分が持っていたものと酷似していたからだ。もっとも、今となってはジェフズ海の底に沈んでしまっているが。

「正解」

とリナが微笑む。『最後の戦士』というこの表題は、敵を撹乱させる為のものなのだろうか。やたらと意味深でセイは目を伏せた。

「リョウとセイを守る為に犠牲となった彼の肖像画のタイトルとしては似つかわしくないかもな」

“最後の戦士”は、何とかここにこうしているリョウとセイに譲られたのだから――リナはそう言ってくれたが、

「オレはこれで良いと思う」

リョウは父親の肖像画を見据えてぽつりと呟いた。

「セレスは戦って死んだんだから」

視線を上げたセイは、双子の兄を一瞥した。彼は続ける。

「――オレ達は、生きて帰る。そんで、絵にもならないそこらのジジイにでもなってから、ある日あっさり、ぽっくりと死ぬんだ」

リョウは絵画から目を背けた。色んな迷いや葛藤はあるだろうが、彼にとって確かな思いはこれ一つなのだろう。毒も吐けず、しかし相槌も打てず、セイは小さく拳を握りしめて一切の言葉を飲み込んだ。

「それにしても、」

フィアルはセレスの絵とリョウとセイを交互に見て笑った。

「流石親子だな、そっくり!」

(4)

 サテナスヴァリエ首都・アンドローズは夕の刻を迎えようとしていた。魔王軍の内部統制機構が大きく変わった昨今の事情もあり、王間にはこの日もファリスが召喚されていて、彼女が遂行中の隠密活動の報告を行っている。

「現在、ランダの子孫達はサンタバーレ城に居ると思われます」

推量形で結んだファリスの報告に魔王・リノロイドは首を傾げて見せた。「より詳細な説明を」と言われぬ内に、ファリスは根拠を明らかにした。

「標的の魔法分子の追跡が不能状態です。追跡に気付かれたとは考え難い為、闇魔法分子の一切を結界で遮断しているサンタバーレ城に入ったと考える方が自然でしょう。標的の進行方向とも合致します」

リノロイドは溜息と一緒に煙草の煙を吐いた。

「サンタバーレ城は、城そのものが結界のようなものだったな」

リノロイドは眉を顰めた。ランダの子孫がサンタバーレ城に行く理由とは――

「成程。サテナスヴァリエに踏み込む為の飛空艇の免状か」

リノロイドは薄く笑った。

「空からとなると、我々の想定以上に間合いを詰められる危険もありますね」

ファリスの気がかりはそこであった。彼女は今、標的を「罠」にはめる為に様々な工夫を凝らしているところである。費用対効果を天秤にかければ、「罠」を張らねばならない領域は、狭いに越したことはないのである。その懸念は、魔王も共有していた。

「そうだな」

魔王は天窓から見える橙色の陽光を見つめた。そして、決断した。

「では、我自ら、『勇者』とやらを迎えようでは無いか」

しかし、主君の決断にファリスは動揺を見せた。

「畏れながら、主君にそこまでさせては、魔王勅命軍の存在意義にも係わります」

魔王に万が一のことがあれば、闇の民の安寧秩序を揺るがす大事態となる。しかし、

「案ずることは無い」

魔王は薄く笑った。

「戦うまでも無いだろう。優れた臣下が多いのでな」

恐縮したまま、ファリスは南で停戦の為の指揮をとっているアレス元帥の補佐へ向かった。劣勢だからではない。優勢というわけでもない。だが、『四天王』のうち3人が抜けてしまった軍の動揺を軽くしなければならない状況になっていた。

 “今に、貴様は孤立するぞ”

リノロイドは、最後に息子からかけられた言葉を思い出していた。

「(孤立、か)」

煙草の煙がゆっくりと昇っていく。歴史は自分を優れた女王と記すだろうか、悪の女王と記すだろうか。

「(どちらにしても――)」

独り。

「(いや、)」

この身体は少なくとも娘・バラーダのものである。

「(お前は、私を許してくれるか?)」

返事は無い。当たり前のことだが。

何故、ランダの一族は闇の民を惹きつける魅力を持っているのだろう――魔王の苛立ちは募るばかりである。

「(光と闇は、決して相容れぬ存在だ。まして、両種の共存など、それだけで災悪!)」

いつしか、魔王の握りしめた拳から炎が巻き起こっていた。

「(ランダよ、お前とて、それを認めたではないか!)」

煙管は二つに折れていた。

(5)

 サンタバーレロイヤルガードに促されて、一行は大きな扉の中へ通された。赤く光沢のある布地の上に金糸で刺繍が施され宝石がちりばめられている絨毯は、踏んで歩くのもはばかられるほど煌びやかだった。

室内のロイヤルガードが来賓を告げる間もなく、奥の方から、しわがれた声で、

「早くお通ししなさい」

と急かす声が聞こえてきた。間違いない。この声はサンタバーレ国王・サンタバルト1世。リョウ達は恐縮してしまい、なかなか一歩を踏み出せない。

「ほら、さっさと進みなよ」

リナ一人だけがいつもと変わらずリラックスしていて、先頭に立って歩く。

「さ、早くこちらへ。私にその顔を見せておくれ」

想像以上に優しい声がかけられた。リョウ達はぞろぞろと国王の前に歩み寄る。礼儀作法など知らないリョウとセイは、何となく、フィアルの真似をして取り繕いながら控えた。

「待っていたぞ、諸君。そして、リナ、御苦労様だったな」

穏やかな口調でそう労ってくれた国王を一目見たくて、リョウはつい、顔を上げる。眩い色の王座から身を乗り出し、ゆっくりと立ち上がって迎え入れようとしてくれた国王を、ロイヤルガードが支えていた。白地に金の刺繍の法衣を引きずる音に、慌てて頭を下げたリョウの緊張感は更に増してしまったが、上品で、気高い王室のイメージというよりは、もっと心に温かいものを感じた。長く伸びた白髪を黄金のティアラで留めた堀の深い顔には、想像以上に深い皺が入っている。その皺は、高々17年生きて来たに過ぎないリョウとセイの哲学など、すぐに抱き込んでしまうだろう。

「久しぶりだな、サンタバルト」

その大国の王に、リナはなんとタメ口で話し掛けたので、男3人は仰け反ってしまった。

「(知り合いだとは聞いていたけど!)」

それにしても、大胆過ぎると全員が思っていた。ただ、この国王よりはリナのほうが長く生きているからでもあろう、と妥協もできた。

「リナ、元気そうで何よりだ。こうしてお前に会えることが出来て……私も無駄に長生きしていた甲斐があったというものだ」

国王も感慨深そうに話す。そしてその会話は暫く続いた。年を取ったの、いや変わらないだの、そんな話である。加えてリナは、マオやイザリアやラディンの近況にも触れたので、どうもランダの同志達と国王が知り合いであるといったところだろうか。

「それにしても、二人は何故そんなに畏まっているのだ?」

やがて、国王はリョウとセイにも話し掛けた。緊張で言葉にならない二人を見兼ね、リナが代わりに言った。

「それは、私が何も説明していないからさ」

リナが笑った。

「何と! それで皆固まってしまっていたのか!」

国王は白髭を撫でて苦笑した。

「顔を上げなさい、リョウ、セイ、そしてフィアル殿……いや、ヴァルザード殿とお呼びした方が良いかね?」

どうやら、サンタバーレ国王はその辺の経緯も良く知っているようだ。

「フィアルで結構です」

国王が余りにも経緯に詳しいので、フィアルの方は動揺してしまった。

「では、私から説明しようか」

国王は一つ咳払いをしてからこう切り出した。

「リョウ、セイ、君達の母親であるレジェスは、私の娘なのだ」

「は!?」

つい、声を上げて驚いてしまったセイに、リョウはまだ首をかしげたまま、

「何? どういうこと?」

と、パニックしてセイに掴みかかってしまう。

「アホ。つまりオレ達は、サンタバーレ王家の人間だったってことだ」

ちなみに、目の前の国王はリョウとセイの祖父に当たる。

「ええぇっ!?」

喫驚したリョウの声はフロア中に轟いていたという。

「やっぱ、反応良いねえ」

リナは笑い転げている。これを見たくて、数か月間、真相に触れずにいたのだから、一入であろう。

「成る程、なかなか面白い子達だ。しかし、教えないお前もヒトの悪い……」

かく言う国王も失笑していた。

「リョウ・サンタバーレ、そしてセイ・サンタバーレ、アンタ達はサンタバーレ王国の第二、第三王子なんだから、ちょっとは気高くなりなよ?」

まだ茫然としている双子達に追い討ちをかけるように、リナは茶化してやった。

「すごい出世だね、リョウちゃん、セイちゃん!」

フィアルもリョウとセイの肩を軽く叩いた。

「え? でも、……え?」

「……。(夢かこれ?)」

リョウとセイは驚きのあまり、それぞれ言葉を失ってしまっていた。

 

 サンタバーレ城――そこは、リョウとセイの亡き母の面影が残る場所である。双子達は時間をかけ、ゆっくりと、唯一残った肉親の思い出の輪郭に触れることになるだろう。

「リョウ、セイ、これまで人々の柱となり、よく戦ってくれた。何より、よく無事でいてくれた! 王としてではなく、君達の祖父として、こんなに嬉しいことは無い!」

祖父から言われたこの言葉は、双子達の戦いの傷に素直に浸透していった。

「君達は、レジェスにも、セレスにも――そしてやはりランダ殿にも似ている。私は君達を心から誇りに思う」

そのように孫を称えた国王は、双子達を強く抱きしめた。その温もりは、双子達の戦いに疲れた心を優しく暖めてくれた。

「良かったね、二人共」

フィアルは懐かしそうにそれを見ていたが、やがて、目を伏せた。ふと、「羨ましいか?」とリナに話し掛けられた。

「羨ましい……正直、そうだね。でも、」

フィアルはリナに笑みを返して見せた。

「オレには、もう、望めないことだから」

彼の肉親である母・リノロイドは、彼にとっては最早、殲滅の対象である。

「そう、だな」

リナは同意してあげることしか出来なかった。

(7)

 気が付けばもう夜だった。

 リョウとセイの目の前を見たことも無い奢侈的なものが往来しては消えていく。斬新な分、疲れてしまった。

 一部屋ずつ与えられたベッドの中央に、セイは思わず倒れこんでしまう。人に気を遣う機会が少なかった、レニングランドという片田舎の町で生まれ育った彼には、今日一日の時間がとんでもなく長いものに感じられてしまうのだった。

「長ェな」

つい、セイは暗闇に愚痴る。何せ、此処でしなければならないことは多い。飛空艇の手配と操縦技術の習得。戦況の整理と装備・物資の充実。フォビドゥンエリアについての情報収集と結界の解除手段の探索……

「(長過ぎる!)」

恐らく、2,3週間は此処に留まる事になるだろう。人づてに聞くレニングランドの戦況を慮るとぐずぐずしてはいられない。時間が惜しい! が、それにしても、

「(フォビドゥンエリア、か)」

一体何処まで強くなればリノロイドを倒せるのだろうか。それよりも、この戦いで何かが変わるのだろうか――リノロイドを討てば、また人間は魔族を淘汰しようと南へと侵略を開始するだろうし、それに抵抗する魔族との戦いがまた始まるだけだろう。

 逆に、リノロイドに敗北すると、彼女が人間を淘汰し続けるだけであろう。ともすれば、人間は絶滅するかもしれない。

「(ランダ、)」

ふと、セイは曽祖父の事を考えていた。彼はリノロイドを殺さず、封印しただけに留めた。討たなかったのだろうか、それとも討てなかったのだろうか。だとしたら、それは何故だろうか。

「(――お前は、何を考えていた?)」

教えてもらえるなら、教えて欲しかった。

 ふと、

「セイ、いる?」

ノックも無く、リョウが入ってきた。

「何だ?」

考え事をしていたせいだろう。ノックが無かった事を咎めるのを、セイは忘れてしまった。

「オレ、今日此処で寝る」

見れば、リョウはシーツと枕を持ってきていた。

「は? 何かあったのか?」

「いや。でも――」

数ヶ月の野宿生活に、今や慣れてしまった彼には、シャンデリアの付いた20畳の部屋やぷよぷよしたウォーターベットが落ち着かないのだ。丁度そこに、

「あ、いたいた。ハイ、雑魚寝グッズ」

フィアルもひょっこり現れた。シーツと枕は勿論のこと、ちゃっかり夕食の時に出た果酒のボトルを2本持ち込んでいた。

「オレも持ってきたゼィ」

リョウはへそくりで買い集めたお菓子を大量に包んだシーツの中から取り出した。

「(誰も了解しちゃ無ぇだろ?)」

セイは勝手に床にシーツを広げ始めたリョウとフィアルを見て、大きく溜息をついた。

「(ケド、)」

セイはベッドからシーツを剥がした。つまるところ、皆、一人では考え事が多すぎて眠れないのだろう。それはよく分かる。

「ま、バカに付き合うのも一興か」

入念に毒を吐いたセイも、その一興に加担することにした。


 夜が更ける。

 用意した酒は無くなってしまった。大した量では無いが、軽い睡眠導入剤にはなるだろうか。

 こんな時、大体先に眠ってしまうのはフィアルだ。彼は突然眠るのだ。起きているときに無理が多すぎるからだとリョウは言う。酔う感覚が好きになれないセイはあまり酒を口にしなかったが、傍らの兄は相当飲んだようだ。今にも眠ってしまいそうなほどに――

「あー酔ってる! 久々だもんなァ。無理、ないか」

リョウはシーツを敷き詰めた床に横になった。

「案ずるな。明日胃がムカついて、頭が痛いだけだ」

兄が酒に強い方では無い事を、セイはよく知っていた。

「二日酔い決定!……ってか」

リョウはこの日も低能に徹していた。だから丁度良かった。

「なァ、」

思い切って、セイは切り出した。何故このタイミングだったのかは、彼にも全く分らない。

「何故、お前は“平気”なんだ?」

この質問はあまりにも言葉か不足し過ぎているので、セイ自身は、明確な回答を期待していなかったのかもしれない。しかし、

「何で、そんな事?」

そこは双子だからだろうか、リョウには質問の趣旨が分かってしまったらしい。

「……酔ってんだよ、低能」

セイは兄から顔を背けてしまった。確かに、素面(シラフ)でこんな質問はしないだろう。彼は、自分も酒に強い方ではないこともよく知っていた。

「そうだな――」

リョウは寝返りを打ってセイに背を向けた。セイは、リョウの背中から声を聞いた。

「だってさ、つまんねェ顔してるより、笑ってた方がずっと楽だ。そうだろ?」

セイはリョウの背中ばかりを見ていた。

「ま、そういう意味じゃあ、」

リョウは一度欠伸をした。

「――ひねくれてるのは、オレの方かも、な」

すぐにリョウの寝息が聞こえてきた。

「チッ……」

セイは、ベッドに置き去りになっていたシーツをリョウに放る。


「クソ兄貴め」

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