第43話 首都・サンタバーレにて

(1)

 「流石、首都だなァ」

何かにかこつけてはそんな事を呟いて、リョウは辺りを見回しながら歩く。いかにもストレンジャーだ。

 人も店も、これまでに訪れたどの町よりも活気がある。比較的治安の良かったレニングランドの町と比べてもその差は歴然としている。

 更に、この町には他の人間居住区(サンタウルス)の都市と比べても大きく違うところがあった。

「何だか魔族専住地(サテナスヴァリエ)に戻ったみたいだな」

フィアルは内心ホッとしているようだ。それというのも、サンタバーレは他都市と比べ、公道を行き交う闇の民の割合が相対的に高いのである。因みに、サテナスヴァリエ首都・アンドローズでは、光の民は一切立入を禁止されている。

「サンタバーレは随分見識が広いな」

フィアルはそうぼやいた後で、「王の出来が違うということか」と、溜息をついてしまった。きっと、サンタバーレ国王と母・リノロイドと比較してしまったのだろう。

「此処は自由がモットーなんだ。だから、闇の民も全然拒まない」

リナは身内のストレンジャー達に説明する。道行く人に闇の民がいようと目立つことのない今日は、彼女もヒトの容(かたち)をしていた。

「この町が闇の民を拒まないのは、ランダ様の同志が闇の民だったってことが大きい」

だから、闇の民というだけで直ちに害悪となるワケでは無いことを知っているんだ、とリナは続けた。

「フィアル、お前も魔王になったら頼むよ」

フィアルに檄を飛ばすリョウ。

「よしっ! オレ、頑張る!」

リョウの言葉に巧く乗るフィアル。

「せいぜい長生きするんだな」

リョウの言葉に巧く乗ったフィアルを、巧く奈落の底に突き落とすセイ――道中幾度となく繰り返される、まるでコメディのようなこの三人の会話をリナは楽しんでいた。彼等にはそのつもりがないかもしれないが、この明るさに彼女も救われているところは大きい。

「リナ姉、オレ達は何処に向かって歩いてるんだ?」

フィアルの脳内ではどうやら「姉さん」という渾名が定着しつつあるらしいリナは、「ああ、言ってなかったな」と頬をかいた。メインストリートを外れて歩いているのだから、少なからず皆に不安感を与えていたのだろう。

「サンタバーレ城だ」

淡々とリナは答えた。

 時に、すぐそこの果物屋の店頭で客が釣り銭を落としたらしく、婦人達が必死になって地面を這い蹲って小銭を探している。その向かいの土産物屋には仲の良い主婦同士だろうか、近所の金持ちの噂をしていた。

 ふっと、フィアルは立ち止まった。

「え? お城!?」

バックストリートに立ち並ぶ狭い家の壁という壁に、フィアルの声が反響して間が抜けた。

「もう少し早めにリアクションくれよ」

リョウは突っ込んでやる。

「確か、お前が国王と知り合いだと言ったな?」

セイがリナに確認したが、当の彼女は不敵な笑みを見せ、

「今日のところは城じゃなく、私の知り合いのところに泊まるからな」

とだけ告げた。

(2)

 暗がりの王間に一匹のコウモリが舞い込んだ。そのコウモリの名はファリスである。魔王はそれに気が付くと、読んでいた本にしおりを挟んで机の上に置いた。

「報告を聞こうか、ファリス」

主君・リノロイドの命に従い、ファリスはヒトの容(かたち)となった。

「先ず、レニングランドの事案について報告します」

ファリスは顔を上げた。

「先日提出した調査書の通り、アレス元帥が然るべく措置を取りました」

そこで一度、魔王の意思表示を確認したファリスに、魔王は「報告を続けよ」と命じ、ファリスはそれに従った。

「ランダの同志達により撃破されたフェンリルの細胞は、アレス元帥が回収し、既に甲号体を生成する作業を開始している模様です」

リノロイドが満足そうな笑みを浮かべたのを確認して、ファリスは更に報告を続けた。

「レンジャビッチに於ける、……例の案件ですが、」

その件を報告する前に、ファリスは一旦言葉を止め、周りに誰も居ないことを確認した。

「ミッションはクリア。現在のところ、標的との同調もクリア。信号も正常です」

あえて主語は除いて報告したが、主君にはそれで充分な報告となったようだ。主君はファリスにこの件を一任する事を決め、ファリスもそれに従った。しかし、ファリスからの報告にはまだ続きがあった。

「やはり、」

とファリスが表情を曇らせた。

「リナは、魔王軍には戻るつもりは無いとのことでした」

「そうか」

そんな事も訊いていたとは、とリノロイドは笑って見せた。その主君の表情を確認したファリスは、「僭越ながら、」と恐縮しながらも、次のように願い出た。

「彼女への抹殺命令を、どうか私に下さいませんか?」

しかし、暫く待っても魔王から返事は無かった。

「――考えておこう」

やっと魔王から出た言葉はそれだけだった。


 ファリスを任務へ送り出した魔王は、緋色に暮れる西の空を眺めて息を吐いた。

「リナ――リナ・ダイノ・ヴェラ、か」

リノロイドは読みかけの本に手を伸ばしたが、読み進める気にもなれず、暫く王座から見える空を眺めていた。「リナ」とは、魔王軍が保有していたダイノのデータとサンプルを全て抹消した女の名である。いや、ファリスだけを残してしまったが。

「(これも、運命だというのだろうか)」

この計画を推し進めていたダイノ博士はリノロイド自身で処刑した。彼は自分の二人の娘にも被験者として手術を施させていたからだ。そしてその二人の娘とリノロイドは懇意な間柄だった。一人はファリスという名で、今はその記憶すら残さないままに、魔王の片腕となっている。もう一人は「ヴェラ」という名であった。

 なお、施術によって、被験者の過去はリセットされるという。親友や姉妹の名なども含めて、全部。

(3)

 サンタバーレでの移動は専ら馬車での移動となるので、リョウ達4人にとってはやや退屈となる。丁度、サンタバーレC-46区と呼ばれる地域に到着した。そこはサンタバーレ城の城下町である。4人はそこで馬車を降りた。

「リナの知り合いって、この近くに住んでるの?」

先程まで馬車内で眠っていたリョウは欠伸涙を拭いつつ聞いた。

「ああ。彼女が宿をやっているんだ。勿論、闇の民だよ」

リナは口元を緩めた。リナの友人の名はカルナという名の女性だという。

「光の民の町で商売する闇の民か」

フィアルは「ここは平和だな」と呟き、関節を伸ばした。

「平和過ぎるのも考えものだが」

そんな黒い台詞をさらりと吐いたセイは、手のひらの10ゴールド硬貨を見て、ニヤリと笑った。

「セイ、お前まさか……」

ちなみに、10ゴールドは馬車の料金と同額である。

「聞くな。要らん心配事が増えるだけだぞ」


――真相は闇に葬られた。


 この町は観光客を対象としているようだ。宿と土産物屋がやたらと多い。聞けば、祭りやパレードが盛んに行われる町なのだそうだ。

「リナ姉のお友達か」

一つ唸ったフィアルがリョウとセイに囁く。

「やっぱ、羽のあるお友達かな?」

「いや、やっぱ、喋る鳥だろ?」

リョウも想像力を膨らませる。

「鳥とは限らん」

セイが異論を出した。

「え? じゃあ、喋る犬、猫、リス?」

それは素敵なことであるとリョウの目が輝き始める。

「まとめると、喋る犬、猫、リスでもって羽がついていらっしゃると」

フィアルは想像力が豊かだった。

「傑作だな!」

リョウとセイは思わず笑ってしまう。

「着いたぞ、メルヘン3人組!」

リナの顔は笑っていたが、引きつっていた。

(4)

 小ぢんまりとした赤い煉瓦のその宿は、何の変哲も無い外観であったが、青銅の凝った装飾が所々に施されている、雰囲気の良い佇まいだった。

久しぶりだな、と呟いたリナの顔はいつに無く穏やかだ。きっと友人に会うのが楽しみなのだろう、とリョウは解釈した。

「どういう関係での知り合い?」

フィアルが尋ねた。それは、丁度、リョウも聞きたかったことである。

「そうだな――」

リナは穏やかな表情のまま、暫く、言葉を探している様だった。

「私が、魔王軍にいたときからの知り合いだ」

やっと出たリナの回答に、リョウがすぐに声を上げる。

「リナって、魔王軍にいたの?」

彼は素直に驚いていたのだが、

「いや、魔王軍に“いた”っていうのは、あまり正しくはないかもな」

リナの言葉はいつになく歯切れが悪い。これは答えたくないのだろうと察したリョウは、これに関する追究を避けた。今、リナから視線を逸らしたセイと、リョウは一度目を合わせておいたところである。

「(ひょっとして……)」

最近まで魔王軍に所属していたフィアルにはピンと来るものがあったが、確証が無いので今は何も言わないことにした。

 そういえば、とリナは半ば強引に話題を変える。

「リョウとセイも、一度カルナとは会ったことがあるんだよ?」

アンタ達が生まれてすぐの頃だけどね、と微笑んだ彼女は、その宿の扉を開けた。カラン、と音がしてすぐに「いらっしゃいませ」とハスキーな声が飛んできた。

「何だい! リナじゃないか!」

フロントにいた長い黒髪の女性が、手を振った友に気付いて駆けて来た。まつ毛の長い、二重瞼のくっきりとした綺麗な女性だった。クセッ毛の跳ねた髪の間から覗く長い耳は、彼女が魔族である事を物語っていた。

「やっぱ鳥?」

「だから、鳥とは限らないって!」

「誰か変身できるかどうか聞いてみろよ?」

男三人はまだこの話題から抜けきれていなかったが、リナが睨みをきかせた為、三人は押し黙る。

「リナ、ひょっとして、この子達が……」

カルナも気が付いたようだ。

「そう。コイツ等が……」

リナが紹介を始める前に、

「勇者と魔王(次期)でーす!」

と、リョウとフィアルが麗女・カルナに猛アピールし始めた。「元気良いねェ」と呆気に取られるカルナに、リナは彼等を放っておくよう促し、大きく溜息をついた。

 案内された部屋は、スイートルームであった。煌びやかではないが、品の良い、そして十分な広さのある部屋だった。

「サービスだよ。何せ、“勇者と魔王”をお泊めしなきゃならないからねえ」

ニッと笑ってカルナがそう言ってくれた。言わずもがなのことだが、親友が久しぶりに訪れてくれたのだから、ということのようだ。

 そのリナはカルナと共に、再びカウンタールームへと戻って行ってしまった。これから明日にかけて、尽きぬ思い出話に花を咲かせるのだろう。連日連戦のリナにとっては良い休養になる。

 リナだけではなく、勿論、皆疲れていた。久々のベッドに、フィアルはいち早くダイブし、そのまま寝入ってしまったくらいである。

「秒眠、いや、瞬眠か」

まるでそういう玩具のようだ、とセイは呆れながら荷を降ろした。

「仕方ないよな。フィアルには何かと気疲れする旅なんだろうから」

リョウはフィアルの荷も床に下ろして整理してやった。

「(友達か)」

正直、リョウは、少しだけリナが羨ましかった。青春時代の殆ど全てを修行に費やしていた彼等には、古くからの友達という者はいない。しかし、

「(オレ達にとっては、此処にいるフィアルとか、セラフィネシスのウルヴィスとか、レンジャビッチのフォーリュさんとか……)」

この旅を通して、良き友に出会うことなら出来た。

「ウルヴィスとか、何してるんだろな?」

セイが口を開いた。どうやら、リョウと同じ事を考えていたらしい。

「そうだな」

リョウは口元を緩めた。

(5)

 カルナは宿の看板を下げた。今日はもう客を取らないのだという。

「リナ、アンタ、もの凄いパーティ組んだんだね」

燻した豆を挽いた芳ばしい香りが漂う部屋で、湯を張る鍋がコトコト鳴った。

「私が仕組んだんじゃないよ」

この台所の使い勝手が染み付いているリナは、「客」という立場を放棄して、鍋を焜炉から下げる。

「あの子達の人柄さ。出会ってすぐに、仲良くなっていたんだ。私の方が驚いたよ」

ヴァルザード皇子が仲間にいるメリットはかなり大きい。リナはカップにコーヒーを注ぐ――レニングランド郊外の森にヴァルザード皇子が潜伏していたことにも驚かされたが、彼が個人的にリョウとセイに興味を持ち話しかけてくれた偶然と、人当たりが良く楽観的なリョウの友好的姿勢と、絶対的不利を瞬時に判断し余計な攻撃の一切を避けたセイの状況分析がもたらした奇跡の財産である。

「流石、ランダ君の家系の子だね」

カルナは唸る。ランダもぞろぞろと魔族を引き連れていたし、実は、こうして笑っているカルナだってその仲間の一人である。

「でも、安心したよ、」

リナから差し出されたコーヒーを一口飲んで、カルナは続けた。

「アンタが楽しそうで」

こういう親友・カルナの思いやりは、リナには新鮮だった。

「……そう見えているんだな」

リナは苦笑した。そうだとしたら、理由は単純である。何せ、現在のリナの話し相手は、難しいことが大の苦手なあの三人なのだ。良し悪しはさて置いて、毎日思い悩むなんて、やっていられない。

「ランダ君やセレス君が死んだ時のアンタ――正直、見てられなかったもんな」

風が路地を行き過ぎる音がさらさらと涼しい。この秋の風が運んできた幼子達のはしゃぐ声は、行き過ぎて消えていった時の流れさえも彷彿とさせて、戦士達の心を少しだけ感傷的にした。リナはゆっくり椅子に座り、「あれから17年か」と呟いた。

 ランダという英雄が亡くなってからは色々ありすぎて、長かったのか短かったのかの判断も付かないくらいだ。ただ、人が変わるには充分な長さだろう。

「(もう戦うまいと思っていたが、こうしてまた戦いに身を投じているのだから)」

リナはやっと、自分が淹れたコーヒーに口をつけた。

「カルナは、変わらないな」

そのリナの言葉を待っていたかのように、カルナは白い歯を見せてニッと笑った。

「そうコロコロ変わっていられないよ。何せ、激務だ」

激務とは、宿屋の仕事のことではない。

「やはり、まだ現役中だったのか」

リナも口元を緩めた。カルナの宿屋の女将は、言わば“副業”であるのだ。声を潜めて、カルナは切り出した。

「――魔王軍は次々とサンタウルスから撤退している」

カルナが話し始めたのは魔王軍の最新情報である。彼女はサンタバーレ王国の正規軍しか知りえない情報に精通しているのだ。

「数日中に遠征に行っていた第二国王と第一王子が城に戻ってくる。アンタ達は丁度良いタイミングでここに来たんだね」

折角だから取り次いでやるよと、カルナは席を立った。もう一口だけコーヒーを飲むと、ビードロのような、透き通った丸い石を取り出す。“ホーン”と呼ばれる通話術の際に用いる隠密道具の一つである。遠く離れた場所にいる者と会話する手段だ。ホーンが帯びている特殊な魔法分子に音波を共鳴させて、相手のホーン目掛けて放つだけである。

 カルナの送ったメッセージは次の通りである。


――カルナから国王へ『御迎えヨロシク』


(6)

 翌朝、人々のざわめく声と音でリョウ達は目を覚ました。

「何?」

朝の弱いリョウは重たい瞼で窓の外を見た。

「ヒトがいっぱい来てるけど、何かあったかな?」

フィアルは興味津々でそのヒトの群れを観察している。

「ま、首都だしね」

リョウは窓枠に寄りかかって再び夢の中へ戻ろうとしたが、セイに邪魔された。

「それにしても、多過ぎる」

外はまるで祭りのような騒ぎである。気にならない方が気が触れているとセイだって思うのだが、

「良いんじゃない、賑やかで」

リョウはまだ寝ぼけていた。ならば、起こすまでである。

「――起きろ、低能!」

リョウの耳元でセイが怒鳴った。

「鼓膜が……ッ!」

のた打ち回るリョウをよそに、「よし、起きたな」と健やかにセイの一日が始まった。

「(見てて飽きない兄弟だなァ)」

フィアルは、苦笑混じりでリョウの介抱に当たる。

 暫くしないうちに、リナが部屋に入ってきた。

「お? 流石に起きていたな」

彼女は外の喧騒を特に何の疑問にも思っていないようだった。

「姉さん、外で何かあったのか?」

フィアルは尋ねてみた。

「ああ、」

リナは不敵な笑みを見せて一つ頷くと、まだ寝起きの三人に次のように言い放った。

「もうじきここに城からお迎えが来るから、さっさと身支度しときなよ」

「へ? お迎え? ここに?!」

リョウは更に目が覚めてしまった。

「そんなこと急に言われても!」

フィアルは寝癖直しに洗面台へ走る。

「え――服ってどれが良いんカナ?」

リョウは荷をあさる。

「大体どれも似たようなものじゃねえかよ」

セイが剣の手入れをしながら突っ込む。

「お前こそ、城へ行くのに剣の手入れは要らないんじゃないの?」

リョウも服をベッドの上に広げながら突っ込む。

「リナ、アンタ、この子達に何にも言ってないんじゃないの?」

彼等の慌てようを観察していたカルナが小声でリナに確認した。

「分かるか?」

その方が面白いんだ、とリナは笑っているのだった。

 人々のざわめきが急に大きくなった。遠く、馬の蹄の音が聞こえてきて、やがてそれも静まった。

「お迎えが来たようだね」

人々のざわめきは更に増してきた。それはどれも勇者を賛美するもので、この宿の周り、いや、サンタバーレの町中が今や遅しとランダの子孫を一目見ようと待ち構えていた。

「羊が一匹、羊が二匹……」

リョウはパニックに陥っている。

「リョウちゃん、それは違うって。緊張する時は、ガーゴイルを味噌で炊いて……」

「それ、何処の宗教だよ?」

慌てふためく男性陣をよそに、リナは面白そうにそれを煽る。

「ホラ、さっさと行くよ。王室だって暇じゃないんだから」

廊下から、扉に近付いて来る音が聞こえてきた。カルナである。

 馬車が到着した。

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