第42話 セカンドエネミー
(1)
時の勇者達は「ゴーント」と呼ばれる地域に入っていた。
ゴーントは、丁度、レンジャビッチとサンタバーレの中間に当たる場所だ。かつては、サンタバーレで色々とワケがあって住み辛くなった者達がひそやかに生活する職人町であったそうだ。
しかし、百年程前、このゴーントという町は、魔王軍がサンタバーレを陥とす拠点にしようと攻め込み、今では単なる荒野になってしまったのだという。
「よく、サラ地になっただけで済んだな」
セイがぼやく。もし魔王軍の基地が建てられていたら、いくらサンタバーレとて無事では済まなかっただろう。
「サンタバーレは魔法核弾の製造に成功したらしいという情報があったから、迂闊に手が出せなかったんだろうが、」
リナは、リョウとフィアルの後ろ姿に溜息を送ると、とりあえず続けた。
「もっとも、本当にそんなものが存在するかってところも怪しいらしい」
魔法核弾――魔法バケ学の傑作らしいが、要は度を超えた大量殺戮兵器なのだろう。リナの説明の殆どを聞き流したセイは、
「まぁ、オレだったら公表せずにアンドローズにぶち込むな」
とまとめて冷笑を浮かべた。
「……だろうな」
リナは納得せざるを得ずに苦笑する。
「一番有力な説はな、」
リナは、先ほどから全く動こうともしないリョウとフィアルの背中から、セイへと視線を移した。
「ランダ様がここに駐屯していた魔王軍全部を殲滅させた、って説だ」
セイはリナを見た。大概の話には大体無関心を決め込む彼だが、曽祖父ランダについて、あらゆる話を聞くにしてもどうも聖人めいた話しか聞かないので、その話には若干の興味があったのだ。
「勿論、私は信じてないけれど」
リナはそう言ったが、セイは事実だろうと思った。ランダの育った町が、このゴーントだというなら、なおさらである。
「(もしも、レニングランドがゴーントと同じ目に遭ったなら……)」
自分も、闇の民を殲滅したいと思うだろうか――セイは剣の柄を握りしめて口角を引き締めた。
「ともかく、」
リナはもう一つだけ溜息をついて、あらためてリョウとフィアルを見た。
「早くサンタバーレに行きたいんだがなぁ!」
リナの気持ちをセイが代弁した。
「リョウ、フィアル、さっさと行くぞ!」
リナもとうとう切り出した。
「あぁ、もうちょっと待って!」
殺伐とした戦いが続く道中突然目の前に現れた心のオアシス、もといリスを見つけたリョウとフィアルは、彼女らひととき戯れているところだった。
「リョウちゃん、見て、もう一匹出てきた!」
世界が慄く魔族の皇子・フィアルもリョウに感化されて齧歯(げっし)目のお友達にテンションを上げていた。
「おいでー! あやしくないからー」
無論、巨漢二人が小路にかがんで小動物と戯れる図は、端から見ると、十分に怪しいことは言うまでも無い。
「リナ、無駄だ。もう行くぞ」
“勇者”でなければ巷の問題児・セイはさっさと歩き始めてしまう。
「独りではダメだ、此処からサンタバーレまで迷い易い」
すっかり保護責任者的地位が板についたリナがセイを引き止めにかかる。
「迷い易い? もうこの際その方が都合が良い」
セイはそう吐き捨てて、なおも先に行こうとするが、
「セイちゃん、置いて行っちゃヤだ!」
フィアルはセイの足にすがりついた(100kg重)。
「だあぁっ! 離せこのバカ皇子っ!」
もがくセイをよそに、
「よしっ!」
リョウは勢いよく立ち上がった。一同、リョウに注目する。
「コイツ等をサンタバーレにご招待しよう!」
“勇者”の瞳は輝いていたという。
「……敵はここに居たか」
剣の柄を手に取るセイを、リナとフィアルが押さえ込みにかかる。
「さ、みんな行こうね」
リョウがルンルンで先頭に立って歩き始めた。
「(ランダ様、マオ様――私、くじけそうです)」
リナは天を仰いで大きく溜息をついた。
(2)
『我が四肢に宿るチカラよ、祈りに応え、凶なるものを母なる大地に封じ込めよ!』
ラディンは攻撃魔法を扱えない為、結界を張ってフェンリルの動きを封じる。
「二人とも、今です!」
ラディンの声と同時に、マオとイザリアが飛び出した!
『邪なる魂に正義の審判を(ゴッドパニッシュ)!』
『邪悪なる王の溜息(ヘルズブレス)!』
マオの炎魔法属性がイザリアの大地魔法属性の魔法分子結晶を更にコーティングし、大きな結晶を作り出した。その発現と共に大地が割れて、轟音と共に鋭い岩を幾つか切り出した。まるで隕石の如きそれはフェンリル目掛けて一斉に突き刺さり、銀色の毛並みはピンク色に染まってしまった。
「少しは効いたか?」
マオは地面に座り込んでしまう。剣を使わない戦いは、体力的には楽でもあるが、魔法の連続使用は精神力の面でユーザーに大きな負担をかける。
「そうだと良いわね」
早く楽になってしまえば良いのに……イザリアは思わず溜息をついてしまった。生物兵器は一見すると普通の動物だが、防衛本能で襲い掛かってくる一般の魔物とは違い、訳も分からず死ぬまで戦い続ける。それがかえって悲劇的なのだ。
「まだ、ですね」
とラディンが分析した通り、フェンリルは強い光を放ち、より耐性を上げて再生した。咆哮をあげるその姿は、雄々しいというよりは痛々しい。彼は、先ほどから自分を苦しめる術者(ユーザー)達を食らわんとしていたが、ラディンの結界が架けられたままで、上手く動き出せないようだ。
「!」
しかし、その結界も破れかかっている。逆流し始めた結界呪文の魔法分子がユーザーの元へ戻ろうとして、ラディンの皮膚を切り裂いた。
「ラディン、平気か?」
マオは血の滲んでいるラディンの腕を気にしながら、次の攻撃の機会に使用する攻撃呪文の詠唱に備え、魔力吸収呪文(エナジードレイン)を施した。
「大丈夫。腕さえ伸ばせれば結界くらい張れますよ」
笑ってそう言ったラディンの傍らにイザリアが控え、一度、回復呪文をかける。
「剣が持てなくなっても知らないわよ?」
剣は、攻撃呪文の無いラディンの唯一の攻撃手段である。イザリアはそれを失うことを案じていた。
「そんなもの、今に必要なくなります」
ラディンはいつもの柔和な笑みを見せた。リョウとセイが目的を遂げれば――俄然、マオのモチベーションが上がる。
「強化魔法球(ブラスト)を」
傷の減った腕を伸ばしたままで、ラディンは言った。
「二人でブラストを撃ってみて」
そう、魔法は合成させればさせるほど爆発的なチカラを生み出すことが出来る。実は、サンタバーレにあるという魔法核弾もこの事を理論上応用したものであるらしい。
「僕が抑えていられる今のうちに、完全にフェンリルの成長を止める必要があります」
ならば、時間をかける必要は無い。
『我等が父・ガイアよ――我が祈りに応え給え』
マオとイザリアは再び呪文の詠唱を開始した。魔法分子がどんどん集まってくる。
「うっ……!」
大きな血管を切ったらしく、ラディンの腕から鮮血が吹き出してきた。これを失敗すれば、本当にレニングランドが危ない!
「頼みましたよ、二人とも!」
貧血と疲労の所為か、意識が朦朧としてきたのだろう。ラディンは地面に倒れ込みそうになっている身体を、何とか両膝で支えている。
「任せとけ!」
いち早く詠唱を終えたマオが力強く言った。
「あの子達が帰ってくるまで、此処は渡さない!」
彼女自身、ベストの体調では無い。気力だけで持てるチカラの120パーセントを引き出そうとしている。
二人が無理を重ねている事を知っているイザリアも慣れない攻撃魔法の成功率を高める為に詠唱に詠唱を重ねた。
「ランダの同志の名にかけて」
此処で敗北するわけには行かないのだ。
『強化魔法球(ブラスト)!』
魔法分子の強烈な光が空気を引っ張ってバケモノに伸びていく。螺旋状になった魔法分子は丁度スクリューとなって風を巻き込む。推進力と破壊力を伴ったそれは、爆発と呼ぶに等しい膨大なエネルギーを次から次へと創出させている。
「あ……」
ラディンは東の空をじっと見つめた。同じようにブラストを詠唱する声が聞こえる――イザリアとマオも並んで上方を見た。
(3)
突然現れた黒服の2人から放たれたのもやはりブラストであった。
それはマオとイザリアが合成した魔法分子の結晶に巧く溶け込むと、巨大な結晶を構成し、強烈な負のエネルギーを放出しながらフェンリルに向かって突進していったのだった。
そのインパクトで爆風が巻き起こり、荒野の岩々を削り、石飛礫を巻き上げた。
丁度竜巻のごとき風圧がフェンリルを押し潰し、バラバラに引き裂くと、強力な負のチカラを帯びた魔法分子がそれらを灼き尽くし、肉や骨の塊を残しただけとなった。
「どうやら……終わったみたいですね」
負傷した腕を庇いながら、ゆっくりラディンは座り込んでしまった。イザリアはそのすぐ隣に控えながら、あの黒服の三人を目で追っていた。
「まさか――」
マオはずっとその三人を見ていた。大きな蟲に乗っている黒髪の女性は見たことの無い顔だったが、その蟲を追い越して、いち早くこちらに向かって来る天馬に乗っているブロンドの青年は……
「ディスト!」
マオは待ちきれずに駆け出した。
「姉さん!」
ディストは風天馬から飛び降りると、駆け寄ってきた姉をしっかり胸で抱きとめた。ランダの同志と、魔王軍幹部――この姉弟は、ただの一度の擦れ違いで正反対の運命を辿ってきた。
「心配かけて、ゴメン」
ディストの言葉はそこで止まってしまった。ここに至る複雑な経緯くらい、姉はちゃんと分かってやれた。例えば、耳を隠す為に伸ばしてある長い髪、気の強い筈のこの弟の目に光る涙……
「もう、良いから」
ディストに勝てなかったセレスを侮辱する声も、セレスを殺害したディストを罵倒する声も、マオには聞くに堪えない程の苦痛を与えるものでしかなかった。こうなっては、再会を望んではならないと自分自身に言い聞かせ、それでもリョウとセイには真実を伝えられないまま送り出してしまった。
「あの双子達のお陰で、」
泣き崩れたマオを支えて、ディストは続けた。
「ここにこうして来る動機と覚悟ができました」
丁度、ソニアも到着したところである。
「セレスや、光の民達への償いを、ここでさせて頂けませんか?」
それは危険過ぎるのではないかとイザリアもラディンも思ったが、彼等もマオの弟の捜索に長い年月をかけていたので、むしろこの再会の喜びの方が勝ってしまう。
「勿論、助かるよ」
涙でうまく言葉が出てこないマオの代わりに、ラディンが言ってあげた。魔王軍の『四天王』だった彼等を、住民が受け入れるかどうかは微妙だということも含めて。
その時である。
「危ない!」
強い殺気にいち早く気付いたディストが、ソニアを庇う形でその死角に回り込んだ。
「ディスト!?」
突然攻撃を受けてワケが分からないソニアは動転し、負傷したディストに駆け寄る。
ディストの胸部を防御していたプレートアーマーに強度の衝撃を受けた痕跡が残っている。誰かが何処かからかソニアを暗殺する機会を窺っていたのは事実である。
「大丈夫です。それより、」
この手の不意打ちには慣れているディストも困惑していた。
「敵を見失いました。かなりの使い手と見て良いでしょう」
ディストは左胸を抑えたまま気配を辿る。
「ディスト君、……」
負傷した両腕を動かせないラディンが、ディストに黙視で敵の居場所を伝えた。
「誰だ!?」
ディストはラディンが示した左手の樅(もみ)の木にダガーナイフを投げつけた。すると、赤毛の女性がヒラリと宙に現れ、観念したのか、潜伏を諦めて着地した。
「ファリス殿!」
ディストは、彼女のことをよく知っていた。
(4)
ファリスは、ディストとも隠密業務で何度か同行したことがある人物だ。
執行命令に忠実に仕事をこなし、冷徹に職務を遂行する彼女は、まるで精密機械のようだった。彼女がどのような任務を遂行しているのかにも拠るが、戦うことになれば最も厄介な人物である。強化魔法球合成呪文というハイレベルの魔法を使った為に体力を酷使してしまったこのメンバーでは、死人が出かねない――ディストは息を呑んだ。
「お久しぶりです。ディスト殿、ソニア殿」
ファリスはニヤリと笑った。
「貴女ですか? この町にオオカミのバケモノ送り込んだのは」
ソニアはファリスを睨みつけた。正直、ろくに話したこともなったが、四天王として軍にいた時には想像さえしなかった。まさか自分が魔王・リノロイドの筆頭側近であるファリスに命を狙われることになろうとは――彼女は、魔王軍へ反旗を翻すことの意味を再確認し、改めて気を引き締めた。
ファリスはソニアを見、わざとらしくニヤリと笑った。
「ここにフェンリルを送り付けるなんて大きな仕事は私でなく、元帥・アレス殿の管轄に決まっているではありませんか」
彼女のこの発言は、アレスの親友であったソニアの動揺を誘おうとしていることが明確であった。それに気付いたディストは、ソニアの前に出て彼女を落ち着かせた。
「あら、本当のことですよ? 私はただ、多忙なアレス殿に代わって、謀反者を処刑に赴いただけのこと」
ファリスは淡々と続けた。
「気を悪くなさらないで。何せ、魔王軍の誇る『四天王』のお二人が相次いで軍を離れた昨今の事情もあるので、軍人を信用するなどというハイリスクは避けたいという中枢の意向がありましてね」
嫌味たっぷりでファリスが言った。
「させるもんですか!」
ソニアは大きく体力を落としているランダの同士達を庇う為に両腕を広げた。
「ファリス殿、お引取りください」
ディストは槍を召喚した。
「いくら貴女とて、この数を相手に無事では済まない」
マオもソニアの横に控えた。ラディンとイザリアも立ち上がった。
「フフ、相変わらず、お優しいんですね、ディスト殿」
しかし、ファリスには余裕があるようだった。
「でも、お優しいだけに、誰一人欠けても甚く悲しまれることでしょう」
ファリスは冷笑を浮かべる。彼等が既に戦闘不能に近い状態であることくらい、彼女は知っているのだ。
(5)
鋭い殺気が交錯し、ジリジリと闇魔法分子が音を立て始めた。
一触即発という、そのテンションを分断したのは、彼等の誰ともまた違う女声であった。
「無益な戦いは、我等が主君を悩ませるだけであるとお思いになりませんか?」
聞き馴染んだ声に、ソニアは振り返った。ファリスとは対角から現れた飴色の髪の女性は、ウェーブのかかった長い髪を揺らしながらこちらへやってきた。
「アレス!」
ソニアの声は震え、ディストは表情を曇らせた。
「どういう意味です、アレス殿?」
ファリスはディストとソニアを睨んだまま魔王軍元帥・アレスに事の顛末を報告した。
「この二人は、今まさに、フェンリル掃討に加担しました。ここで一掃しておかないと、我々にとって、今後大きな邪魔になりましょう?」
その報告を聞いていたアレスが少しだけ笑って見せた。
「その二人への回収命令は、主君より、私に一任されております」
ファリスは閉口したまま空を仰いだ。構わず、アレスは続けた。
「ここでの戦いは、無益と私が判断したまでのこと」
「貴女は、甘い。現に、実害も出ているのですよ?」
ファリスは反論を試みたが、アレスは簡単にそれを一蹴して見せた。
「フェンリルへの攻撃がそれに当たるのだとおっしゃっているのなら、それは違います。フェンリルは私の個人管轄ですので、私の方からリノロイド様に釈明しておきましょう」
流石、知将と呼ばれる人物だ。ファリスはぐうの音も出ずにこれ以上の反論を止めた――ディストもソニアも胸をなでおろした。
「当面の目標は軍の再編成です」
ランダの同胞達を前に、アレスはこれ以上多くを語る事を嫌い、事態は強引に収束された。不服そうではあるが、軍の再編成を最優先に掲げたアレスの意見はもっともであるため、「分かりました」とファリスも一応納得の上、アンドローズへ飛んだ。
(6)
風が穏やかに吹いていた。秋口の涼しい風だ。アレスは暫くファリスを見送るように東北東の空を眺めていたが、一つだけ溜息をついておもむろに口を開いた。
「次、ここに刺客として現れるのは、私かも知れませんね」
あながち遠くは無い将来予測をしたアレスは、微笑むのも辛いのか、目を伏せてしまった。
「アレス、助かったわ。でも、……」
ソニアはうつむいた。もう、自分は彼女に何もしてあげられないということだけが痛切に解るのである。
「戦い続ける為には――戦う自分を正当化する為には、あらゆる大義名分で自分自身を説得し続けなければなりません」
それは時に憎悪と呼ばれたり、時に宗教や哲学やイデオロギーと呼ばれたりするのだろう――アレスが告げた言葉で、それぞれが、それを確認したところであった。
「貴方達が感化されたというランダやその子孫に、私の妹は殺されました」
アレスのその言葉に動揺したのは、マオ達の方だった。
「本気でそう思っているの?」
彼女が修道女であり、人を憎まぬ哲学を持っているのをソニアはよく知っていただけに、今のアレスの発言は看過できないものがあった。
「そう思わないと、いけなくなりました」
“戦えない”と言えば虚しくなるだけだったので、アレスは言葉を飲み込む。相当な無理が窺えたが、ソニアが救済策を見つける前に、アレスがその話を避けようと話題を変えた。
「そう言えば、皇子がいないようですね?」
アレスは敢えて皇子と呼んだ。勿論フィアルのことである。誰を指しているのかが判らず、きょとんとしているソニアの横で、フィアルも魔王軍を脱退したのだと察したディストが答えた。
「彼は、恐らくランダの子孫達と一緒でしょう。どうあっても、リノロイド様を失脚させたいようでしたから」
雁金が聞こえる。そのくらいの沈黙があった。
「でも、」
ふと、ディストは気が付いてしまった。
「彼とも、敵対することになりますよ?」
敵対どころか、直接対決の可能性も高い。アレスは小さく鼻を鳴らして、「それは好機」と断言したが、見え透いた嘘であることは明白であった。
「これ以上の長居は無用」であるとアレスも撤退する。
飛空騎が飛ぶ。戦士達はそれが見えなくなるまで送り出すことしか出来なかった。
「アレスと戦うなんて……!」
それを想像してしまって、思わず泣き崩れそうになったソニアを、ディストが支えてあげている。
「敵か味方かは、」
ポツリとマオが言った。
「――運だよな」
何故、自分はランダの同志になったのか。それは、弟を探しに行く旅の行き先がたまたまランダ達と一緒だっただけ。彼女は、その気まぐれでのせいで、今の今まで弟には会えなかったのだ。
「今は、」
ディストは言った。
「今はリョウさんとセイさんを信じましょう」
まるで隠れるようにして、ディストとソニアはレニングランド郊外のキャンプに「入隊」した。レニングランドが劣勢という「マイナス」は、元魔王軍四天王のこの二人を概ね歓迎するという「プラス」に転じた。
「一体何が幸いするか、分からないね」
不謹慎といえば不謹慎だが、これがマオの率直な感想だから仕方が無い。
マオは、先ほど弟がファリスから受けた左胸の傷を治療してやっているところだ。浅い傷ではなかったが、ディストが自ら中程度の回復呪文を使える上、上級程度の回復呪文が扱えるソニアは重傷患者の治療に行くべきだと、ディストが自粛した為である。
「それにしても、暫く見ないうちに、ひどい傷が増えてるね」
マオは思わず唸り声をあげてしまった。
「一応治ったんですよ。これでも」
ディストは苦笑した。
魔王軍時代よりも、魔王軍に入隊するまでの空白時代の創傷の方が、ディストにとっては多い。放浪、捕獲、収容、売却、監禁、逃亡、そしてまた放浪――彼の“端麗な容姿”という「プラス」は、人身売買斡旋業者からの格好のターゲットになったという「マイナス」に転じていた。何をされても不条理を感じなくなるほどの惨めな歳月が縷々続いたのだという。
「副脳……そんなものを移植されても、正直、別に、何の感情もなくて」
だから、この世界で唯一副脳を外すことが出来るランダの子孫と戦うことが出来て、結局、副脳は外れた。
「一体何が幸いするか、分からないねえ」
もう一度そのように唸ったマオは、先程から鳴りっぱなしの弟の通信機器を眺めた。
魔王軍を脱退した、とは知っているだろうに、第二部隊の構成員達は、前隊長・ディストの安否をまだ案じてくれているらしい。
「おかげ様で、不幸に浸る必要は無いと知りました」
ディストは通信機器を手に取ると、悲痛な声で安否を問う元部下の問いかけに、次のように応答した。
「――ちゃんと働きなさいね」
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