第37話 ダークプリンス(2)
(1)
戦い始めて、1刻という時間が経過した。
「死ぬよ?」とかなんとか煽られ続けてはいるものの、戦うに戦えず、フィアルの攻撃を迎えて躱すだけの双子達にも、段々疲れが見えてきた。
「熱ッ! うわっ! 服に火がッ!?」
リョウは今、巷で流行している広目の外套を装備している。彼の「黄金の逃げ足(命名;リョウ)」を殺さぬため、軽さとファッション性をとことん追求した挙句、さほど耐火性を備えていないその外套は、セイの言葉を借りると「邪魔」でしかない。
フィアルから繰り出される炎魔法分子を存分に帯びた簡易魔法球は、掠めただけであらゆるモノを燃やしてしまうため、防御ではなく「躱し切る」ことに全神経を融通させなければならなかった。
「熱ッ! アっちィって!」
それはそれとして、地面をのた打ち回る兄を見て、一体何のスイッチが入るのか、セイは薄く笑っていた。
「おやおやセイちゃん、笑ってる場合かね?」
フィアルは簡易魔法球を連射する。それらはまるで火炎銃の弾と見紛うばかりの様相を呈してセイを襲うも、セイは舌打ちしただけの薄いリアクションで横に跳び、それらを難なく躱わしていった。
「体格の割にはかなりのバネだな!」
なかなか仕留めきれない双子達に、フィアルも小さく唸ったところである。
「フィアル、なーんかセイに優しくねえか?」
別の意味で不満げなリョウ。
「身の程を知ったか?」
兄に追い討ちをかけるセイは、ファッションよりも機能重視。むしろ外套も必要時以外は銀の止め具で縛り上げていた。
「先ず、お前との決着からつけてやった方が良さそうだな!」
むしろ、リョウにとって、眼前の敵より敵らしく見えたのは身内であった。
「ケッ、望むところだ」
そう感じているのはセイも同じだったので、当然便乗した。
「あ、の、さぁ、」
フィアルの声に、双子達はハッとした。フィアルの頭上には、いつの間にかおびただしいほどの量の魔法分子が集結している。その深紅の炎の塊は攻撃のチャンスを窺っていた。フィアルはニヤリと笑った。
「二人の仲が良いのは、お兄さんもよーく知ってるんだけど、」
「それは断じて違う!」
「それは断じて違う!」
双子達は同時という奇跡のタイミングで同じ言葉を言い放った。
「あ?」
「あ?」
双子達は再び睨み合う。
「あ、そうそう、言うの忘れてたんだけど、」
フィアルの言葉に、双子達は再びハッとした。
「一応、この魔法、オレの中では最強呪文クラスだから、単なる防御やバリアくらいじゃ死んじゃうかなァ……なんて」
「何だと!?」
「何だと!?」
双子達は同時という奇跡のタイミングで同調しながら驚愕した。
「あぁ?」
「あぁ?」
流石に互いに鬱陶しく、更に双子は睨み合う。セイが舌打ちして現実問題と対峙し直した。
「ケッ、バカやってる場合じゃねェな」
セイは溜息をついた。実は、これは魔法を繰るサインだ。
「オレはとっくにそう思ってたケドな」
いつの間にやらリョウは右手拳に、光魔法分子を集めていた。セイは眉間にしわを寄せる。
「何だ? またオレの真似か?」
セイの右手にも闇魔法分子が集結していた。
「真似はそっちだろ?」
リョウも眉間に皺を寄せた。つくづく鬱陶しい、と互いに思っているのだろう。
「覚悟は良いかい?」
フィアルから笑みが消えた。緊迫、という場面展開に何とか対応した双子達の攻撃対象へのベクトルの方向が、漸く一致したところである。
『闇よ、その黒き殲滅のチカラを経て、今ここに降臨せよ!』
『光よ、その白き掃滅のチカラを経て、今ここに降臨せよ!』
――光と闇が、一つになろうとしていた。
合成呪文は、この仲の悪い双子にとってさえも、初めての事ではなかった。複数人で一つの魔法分子結晶を作り出さなければならないため、魔法分子の量も質も召喚速度も合わせなければならないところが難しいが、成功すればその効果は倍数にも乗数にも跳ね上がる。
一人では決して倒せない敵とも戦わなければならないだろうと、師・マオ立会いの下では、この相性最悪兄弟でも二、三度程度は魔法分子結晶の合成を成功させたことはあった。ただその時は、二人とも扱う魔法分子の属性は“光”であった。
「(何だ、これ?)」
リョウは直ぐに呪文を解除したくなった。指なんて折れてしまうのではないかと思うほど、セイの闇魔法分子から斥力を感じる。勿論、その強い斥力は、セイも感じていた。
リョウとセイの詠唱と同時に大地が震え、風がざわめき始める。それらが生み出す負のチカラは次第に強さを増し、貪欲にあらゆるものを結晶に取り込みながらどこまでも膨張し始めた。
フィアルの頭上にあった炎魔法分子の結晶も根こそぎ結合を解かれ、双子の生み出した大きな魔法分子結晶の一部に組み込まれてしまった。
「へぇ……」
フィアルは、その異常な負のチカラの暴走を確かめるように見ていたが、頃合いを見計らって、瞬間移動呪文を発動した。
それと同時か、リョウとセイは何か別の大きなチカラによって引っ張られるように、それぞれ弾き飛ばされてしまったのだ。
(2)
「……ョウ。……リョウ、起きろ」
リナが呼んでいる声がして、リョウは、ふっと目を開けた。
おはよう、などと微笑むリナは相変わらず美人で穏やかである。いや、穏やかであって良いものか――リョウは飛び起きた。
「あ……っれ? フィアルは?」
飛び起きたところ、其処は背の高い夏草の生い茂る楠のある平原である。焚き火が長閑に揺れる橙に伸びた光が、何とも言えずに間抜けである。
確か自分は刺客としてやってきたフィアルと戦っており、自分とセイが合成した魔法分子結晶の惹き起した莫大な負のチカラに弾き飛ばされていたような――
「フィアルなら、」
失笑したというリナの声が長閑を更に助長した。
「そこだ」
リナの指差した方に吊られるように視線を動かしたリョウの眼前には、
「おはよ、リョウちゃん」
フィアルだ! 先刻の殺気が想像できない位に穏やかだ! しかも、白湯を啜っている!
「え? 何? どうなってるんだ?」
訳の分からないリョウに、不機嫌そうなセイの声が飛んできて答えをくれた。
「リナとフィアルが組んでやがったのさ」
それこそが、いつの間にか空になっていた水筒の答えだった。
フィアルが予めリナにこの試合を申し込み、リナもそれを了承した。彼女が席を外す口実作りのため、水筒の水を捨てていたのだ。
「なーんだぁ……」
リョウは、肩の力が一気に抜けてしまった。内心、彼と戦わずに済んでホッとしたのだ。
「で、何の為の小芝居だ?」
回りくどさが気に入らないのだろう、セイはまだピリピリしている。剣の手入れを進める彼の眼光は、戦闘中と変わらないくらい鋭いものがあった。
「そうだな、……」
そう言ったっきり、フィアルは答え難そうにしていたので、リョウが簡単に2択に摩り替えた。
「敵情視察ってヤツ?」
リョウの機転は功を奏し、直ぐに答えが返ってきた。
「いや、実はさ、」
幾らか思うところもあったようだが、フィアルは吹っ切ったようだ。
「――もう、お前達とは敵じゃあなくなったんだ」
彼の告白に、リョウとセイは顔を見合わせた。
「魔王軍、辞めたんだ。ついこの間」
フィアルは笑った。そういえば、彼の耳は相変わらずピアスだらけだったが、魔王軍の高官に与えられる金のピアスが見当たらない。
「お前達に、本当にリノロイドを倒せるだけの力があるか試したかったんだ」
それでリナに勧試してみたのだとフィアルは言う。
「丁度、私もそう思っていた折でね、彼に協力したってワケ」
お陰で大収穫があった、とリナも笑った。
「アンタ達も分かっただろ? アンタ達は、リノロイドを倒すだけのチカラを秘めてはいるけど、そのチカラをまだ扱いきれてはいない」
リナの正しい指摘に、リョウもセイも黙り込んでしまった。
すっかり重苦しくなってしまった場の空気を変えてやりたくて、フィアルが口を開いた。
「オレも、これからリノロイドを倒す戦いを始める」
力強いその声は、いつも飄々としている彼のイメージとは違っていた。フィアルはゆっくり立ち上がると、リョウとセイに向き直った。
「お前達も、是非、頑張ってくれよ」
立ち去ろうとしたフィアルを引き止めたのはリナだった。
「――まだ、話す事はあるだろ? ヴァルザード」
リナは、フィアルをあえて「ヴァルザード」と呼んだ。きょとんとしている双子達に、彼は困ったような表情を見せた。
「そっか、リナ姉さんはランダの同志でもあったんだよな」
フィアルは溜息をついた。話に付いて行けずに顔を見合わせた双子達に自己紹介する為に、彼は言葉を一つずつ選ぶ。
「実は、オレは個人的に、ランダには借りがあってね」
フィアルは先ずそう切り出した。
魔王・リノロイドに政敵と看做されていたフィアルは、リノロイドが封建体制を引き締めていた旧時代、リノロイドにより封印・幽閉されていた時期があるらしい。その封印を破ったのが、他でもない、ランダである。
「その時当時、オレはヴァルザードと名乗っていたんだ」
ヴァルザード・ラダミーラ・リノロイヅ――世界中の誰もが知っている名前だ。リョウとセイはハッとした。
まさか……
「お気付きかい? オレ、リノロイドんとこのドラ息子で、ちょっと前まで第一王位継承者・次期魔王だったんだ」
「えぇっ!?」
仰け反るリョウ。硬直するセイ。その二人の反応を見て思わず笑ってしまうリナ。
「でも、え? リノロイドを倒すって……」
それでは自分の母親と敵対することになる。リョウはそこに疑問を抱いたが、フィアルは、それ以上は何も語ろうとはしない。この若い「勇者」は、自分と母親との政治的対立の歴史など知りはしないだろうし、それはそれで構わないし、今後知る必要もないと考えているからだ。
しかし、その沈黙は意外な人物に破られた。
「フィアル、」
と切り出したのは、セイである。
「オレ達は、交通手段も徒歩だし、野宿ばっかりだし、川が無いと水浴みさえできない日もあるが――それで構わないなら、一緒に来ないか?」
相も変わらず目つきは悪く、剣の手入れをしながらで、全く目を合わさずにだが、セイは言った。
「それが良いよ! 大勢の方が旅も楽しいだろうしさ!」
リョウも賛成し、リナも同意した。
「正直、こちらとしても、魔王軍や闇の民の内情に詳しいお前がいると助かる。リョウもセイも、光の民が淘汰する社会を望んでいるわけじゃないからね」
思わぬオファーに、フィアルは驚いたようだ。
「オレは、……いわゆる魔族だ。サンタウルスにはオレ達に殺された光の民の遺族もたくさんいる。お前達にも迷惑かけるかもしれないよ?」
「でも、」
リョウは言った。
「オレ、お前に会ってから、闇の民がみんな悪い奴ってワケじゃないんだって知ったんだ。きっとお前なら、オレ達以外の光の民にだって理解してもらえると思うよ?」
(3)
アレスが去ったアンドローズ城・王間にて、人払いをしたまま、時の魔王は、少し開けた窓の色玻璃越しに弱弱しい西日を見つめていた。
フィアルは失踪中のヴァルザード皇子ではないか、とアレスは感付いていた。
何時から悟っていたか、などと野暮なことはあえて問わなかったが、賢明過ぎると悩みも増えるだろうにと魔王は思う。
風が吹きつける音がし、窓から黒いコウモリが入ってきた。いや、それは所謂コウモリではないようだ。
「リノロイド様、」
黒いコウモリが差し伸ばされた魔王の指に導かれ、止まる。
「アレス殿モ、裏切ルノデハ?」
コウモリの問いに、リノロイドは溜息をついて首を振った。
「あの子には無理だ。守るものが大き過ぎるからな」
アレスは修道院とは名ばかりの孤児院の出身であることはリノロイドも知っている。血の繋がりの無い沢山の「兄弟」達がアレスを慕い、彼女もまた激務の合間を縫ってそれらに応えているという。
今般、アレスに元帥の地位を与えたことにより、その声はますます強まるだろうし、部下達から彼女へ寄せる期待とプレッシャーは更に増すことになるだろう。
「既ニ手詰マリトイウワケデスネ」
コウモリの喋りはかなり流暢だった。
「全ては我が思惑通りに進んでくれているが、どうも、些細なバグが増えてしまったな」
リノロイドはゆっくり腕を下ろす。コウモリは階下に着地すると、見る見るうちに女性の容となって主君に跪いた。
「お前を表舞台に引きずり出したくは無かったが、哀れな修道女の為にも、少し、余力が欲しい」
そう協力を願い出た魔王に、コウモリ、もとい女性は「喜んで」と頭を垂れ、
「何なりと申し付けください」
と申し述べた。
アンドローズ地方は曇天になりつつあるようだ。
忙しなく雲の流れる音がこの玉間にも轟いていた。日が暮れる前に、驟雨くらいはあるかも知れない。
「ヴァルザードは、ランダの子孫と接触するだろう」
リノロイドは薄く笑った。
「き奴との戦いも、“勇者”との戦いも、――これで最後にしたい」
ランプの炎が揺らめいて、不気味な静寂を作り出した。
「奴等がサテナスヴァリエの地を踏んだ時が最期だ」
リノロイドは拳を握りしめた。
「――我等の栄光の為に!」
女も口元を緩め、女王に勝利と栄光を齎さんことを誓った。
(4)
「おーい、リョウちゃん、朝だよ」
フィアルは傍らの青年を起こそうとした。が、
「オイ、誰や? ワイのスリーピングタイムを邪魔しよってからに。何や? ワレ、ワイにケンカ吹っかけとるんかぁ? 怒るでえしかし」
リョウは寝ぼけたまま宙を睨みつけ、怪しい“西部なまり”で宙をドツキ回しながら、再び爆睡し始めた。
「……なんだこりゃ?」
フィアルは、リョウの安らかな寝顔を見て溜息をついた。
「無駄だ。コイツの寝起きは凄まじく悪い。後で水でもぶっかける」
こちらも寝起きだが、セイの方は、寝起きはしっかりしていた。
「セイちゃんは、朝型の方か」
リョウとセイ――しゃべり始めれば区別が出来るが、実はまだ、フィアルはどちらが誰なのか見た目ではよく分かってもいなかった。
「オレを“ちゃん”付けて呼ぶんじゃねぇよ」
構わず、セイは旅支度を開始した。
「別に良いじゃん。減るものじゃないんだからさ」
フィアルはリョウを起こすのを諦めて、セイの手伝いを始めた。それを見てセイが気付いた。
「お前、結構野営に慣れてんな?」
「まぁ、オレもゲリラ業界長いからねェ」
「(業界?)」
セイはまだフィアルのペースをつかめていない。この先、つかめる見込みも無いし、つかむ努力をするつもりも無いだろう。今度はフィアルが切り出した。
「なぁ、セイちゃん、」
「“ちゃん”付けは止めろと言っただろ?」
「何で、オレを仲間に入れてくれるって言ったんだ?」
フィアルはチラッとセイを見た――無表情で話しかけにくいことこの上ない。勇者でなければ一体どんな問題児だっただろうかとヒヤヒヤするくらいだ。
「低知能の相手には、お前みたいなのが丁度良いと思ったんだよ」
セイは未だに寝息を立てている兄を親指で差した。
「胸にグサッと気持ちいいなあ」
フィアルは苦笑した。
「でも、良い兄ちゃんじゃないか」
それはフィアルの率直な感想なのだが、実の弟からは忌々しそうな表情で「虫唾が走る」と突き返された。
敷布をたたむという単純な作業が今日は少しだけ楽しいのは気のせいだろうか。そんな事を口走ろうものなら、またこの問題児に怪訝な顔をされそうなのでフィアルは何とか飲み込む。
「お前こそ、」
ふと、セイが切り出した。訊くべきか、訊くならどう訊くべきかを考えているのだろう。若干の間ができた。そのおかげで、訊かれそうなことが何となく判ったフィアルは、質問される前にうっかり口元を緩めてしまった。
「お前こそ、何故リノロイドと対立した?」
セイのその問に答えるのはやぶさかではなかったが、何だが少し勿体無い気がしたので、フィアルは回答を留保した。
「お前がホントの理由を教えてくれたら、オレも教えたげる」
野鳥の鳴き声が遠くから聞こえてきた。
「……好きにしろよ」
セイはその鳥を目で追うように遠くを見て、面白くなさそうに大げさに溜息をついた。
「セイちゃんってさ、」
フィアルは朝の伸びやかな光を浴びるように、ゆっくりと背伸びをした。曰く。
「――案外、優しいな」
「だから、オレを“ちゃん”付けて呼ぶんじゃねェよ」
世界は朝を迎えたところだった。
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